第241話 恨んでいるから

「なぁ、ホンアちゃん。嘘をつくのはもうやめて、アイドルやりたいなら、つづけたいならそう言えばいいだけの」


「嘘な、もんか」


 ホンアちゃんの目が鋭くゆがむ。


「だって私は、アイドルが大嫌いなんだ! この世で一番憎い存在なんだ!」


「でも、めちゃくちゃキラキラしてたよ。それを見て俺の心もキラキラしたよ」


 叫ぶホンアちゃんを宥めるように俺は、俺が感じたことを正直に話す。


「俺はアイドルなんてくそくらえ、二次元最高! っていう男だったけど、ホンアちゃんのパフォーマンスに心惹かれて、すごいって思って、興奮させられて。応援したいって思えるほどで」


「そんなの気のせいに決まってる! それに、それに……私は! だって! 私の家族はアイドルに壊されたからっ!」


 ホンアちゃんの目じりから涙が流しはじめる。


 彼女の悲痛な声が、俺の体を震わせる。


「私のお父さんは、クソみたいなアイドルにはまっちゃって、お金をつぎ込んで、そのせいで家庭は滅茶苦茶でっ! なのにそのアイドルはっ、ぽっとでのイケメン冒険者と結婚しちゃって、お父さんは空っぽになって……だからっ、私はっ、私みたいな不幸な境遇の人を出さないために、私が最強のアイドルになって、壮大なスキャンダルを露見させて、アイドルの幻想を打ち崩さないとって、取り返しのつかなくなる前にアイドルファンなんか無駄だって、やめさせない取って。だから、ここまで頑張って、大人気アイドルになって、本当はっ、このスキャンダルだって」


「なるほど、それで、か」


 これですべての行動に合点がいった。


「じゃあホンアちゃんがわざと見つかりにいってたのは、背徳感のためじゃなくてファンにショックを与えるためだったんだね」


「……背徳感もほしかったですけど、大体合ってます」


 そこは全力で肯定してほしかったけど、まあいい。


 どうしてホンアちゃんが、何度もフードを外し、ファンがいる場所に敢えて向かったのか。


 それは、このスキャンダルを自ら作り出してファンを裏切り、絶望を与えるためだったのだ。


「ごめんなさい。理由はどうあれ、私の身勝手な目的のために、ナルチーの恋心を弄んで」


「俺はファンとして応援していただけで惚れてないから、事実を捏造しないでくれるかな」


 ほらまた、話を逸らそうとする。


 でも、無駄だ。


 俺は何度だって、ホンアちゃんに真実を突きつけつづける。


 だって、俺がまたホンアちゃんのライブを見たいから。


 応援したいから。


「結局のところ、ホンアちゃんはファンを裏切って、アイドルという存在に失望してもらって、アイドルファンを卒業してもらいたいわけだよね?」


「そうだって言ってるじゃないですか」


「だったらどうしてここへの籠城をつづけてるの?」


 そう尋ねると、ホンアちゃんの眉間にしわが寄った。


「……それは」


「ホンアちゃんの言うことが正しいのであれば、ファンにさらなるショックを与えるために、俺と一緒にいるところをファンに見せびらかす方がいいんじゃない? こんな簡単なこと、思いつかないわけないよね?」


「そんなことできるわけっ! ……あっ」


 ホンアちゃんが自分の口を手で押さえる。


 なにかを飲み込むようにホンアちゃんの喉が動いたあと、ぼそぼそと呟くように。


「それは、これからやろうと思っていたところです。いつやろうかなぁって毎日、背徳感を感じて楽しんで」


「楽しい? ホンアちゃんは、いまものすごくつらそうに見えるけど?」


「さっきから私の感情を勝手に決めつけないでください」


「じゃあ聞くけど、いま、ホンアちゃんはアイドルをやれなくなってつらくないの?」

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