第240話 登山家

 俺のあそこの大きさの話題はもういいとして。


 俺はごほんと咳払いをして空気をリセット。


 うまいこと話題を変えて逃げようとしたホンアちゃんと正面から向き合う。


「ってかさ、ホンアちゃん、話を逸らそうとしても無駄だからね」


「え? ナルチーとミライさんが勝手に夫婦漫才みたいなことをしはじめたんじゃないですか」


「……」


 図星だったが、ここは勢いで押し切る。


「また話を逸らす。それ、わざわざミライの部屋から盗んだんだろ?」


 俺はホンアちゃんが着ているピンクのフリフリワンピースを指さす。


 ホンアちゃんはここに来るときにそんなもの持ってはいなかった。


「え……それは」


 ホンアちゃんは目を右往左往させて、明らかに動揺しはじめた。


「……だって、無くしたと思った衣装を回収しただけで」


「いや本物だったんかい、それ」


 どこぞやの闇商人さん、いちゃもんつけてごめんなさい。


 あなたはきちんと商売してたんですね――って盗んだ時点でアウトだわ!


「でもさ、衣装を回収するだけなら深夜に着る必要はないよね」


 ホンアちゃんは目線を下げ、じりじりと下がっていく。


「それに、こうして踊る必要も、ないよね?」


「だ、だから、それは……練習を」


「アイドルをやめようって言ってた人が? 今回のスキャンダルで全部予定がキャンセルになってるのに?」


 ホンアちゃんの背中が壁にぶつかる。


 苦しそうにうつむいているホンアちゃんを見るのは、責めるようなことを言って追い詰めていくのは、正直心が痛い。


 でも、ホンアちゃんには本当の気持ちに向き合ってほしいから。


 それが俺の勝手な推測で、ただの迷惑なおせっかいかもしれないけど、俺はもうホンアちゃんのファンになってしまったから。


「ホンアちゃん、その衣装を着て踊ってるとき、めちゃくちゃ楽しそうに笑ってたよ。めちゃくちゃキラキラしてるよ」


「そ、れは、だって笑顔はアイドルの基本で、だから癖で、ダンスだって運動不足だから、それで」


「ホンアちゃん。本当はアイドル、やめたくないんじゃないの?」


「……」


 ホンアちゃんの顔が引きつる。


 瞳が涙の膜で覆われている。


 俺は確信した。


 やっぱり、ホンアちゃんはアイドルをやめたくないのだ。


「ホンアちゃん。嘘はよくないよ。自分に正直になろうよ」


 優しい口調を意識してそう笑いかけると、隣に並んだミライがつづけた。


「まあ、アレの大きさを誤魔化す誠道さんが、嘘はよくないって言っても説得力ないですけどね」


「いまそれ言わなくてもいいだろ……ってか俺の股間をまじまじ見るな! 富士山級だって言ってんだろ」


「はいはい、じゃあいつかその富士山をじっくりたっぷり登山させてくださいね」


 軽くあしらうように言ったミライは、すぐにホンアちゃんに向き直り。


「でも、私も誠道さんと同じことを思っています。ホンアちゃん。嘘はよくないですよ」


 ミライだって説得力ないだろ、って言いたかったけど、え?


 いつか登山ってどういうこと?


 じっくりたっぷりってどういう意味?


 詳しく聞きたいんだけど……いかんいかん、いまはホンアちゃんのことに集中しろ。


 俺は性欲に負けるようなやわな男じゃないんだ。

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