第193話 ぽろぽろ

「おーい、大丈夫か? 現実を見ろー」


 そんな傷心状態のコハクちゃんを煽るように、テツカさんが言い放つ。


「ほーら。まずは深呼吸だぞー。吸ってー、吐いてー。すぅー、はぁー。そんなに母親が心配なら会わせてやるぞー」


 テツカさんが右側の口角だけを吊り上げてにやりと笑う。


 後ろの岩場まで歩いていき、一旦その後ろに隠れた。


「ほーら、コハクの大事な大事なお母さんですよー」


 バカにしたような声で言いながら、テツカさんは岩場の背後からハクナさんの手首を掴んで引きずり出す。


 ハクナさんの顔には無数のあざがあり、体中ボロボロだった。


「ほーら、感動の再開ですよー」


 テツカさんは傷だらけのハクナさんの体を無慈悲に蹴飛ばす。


 ハクナさんは短い悲鳴をあげながら、地面の上を転がった。


「っ……、お母さんっ」


 コハクちゃんがふらふらと左右によろめきながら立ち上がり、傷だらけのお母さんに歩み寄ろうと一歩目を踏み出し――。


「――いいかげんにしてよ」


 ハクナさんがコハクちゃんを睨みつけた。


「アンタのバカさ、本当に反吐が出るわ。アンタのせいでっ、アンタなんか見つけちゃったから、私はこんな目に」


「え……おかあ、さん?」


 ハクナさんの恨みの視線を受けたコハクちゃんの足が止まる。


 ハクナさんは口から血を吐いて、あざだらけの顔を歪ませて嗤った。


「私がアンタのお母さん? 気持ち悪っ。……ふざけないでよ」


「……そん、な」


 コハクちゃんが膝から崩れ落ちると、テツカさんが額に手を当てながら面白おかしそうに哄笑する。


「はははは。ハクナはもうおかしくなってんだよ。俺に騙されて、裏切られてなぁ。本当にバカなやつだよ。金を貯めて、それから俺とずっと一緒に暮らすなんて嘘を……信じてさぁ。本当に面白かったぜぇ」


「お母さん、テツカさん。嘘だよね? なにかの、これはっ、絶対に、なにかの……」


「ええ、この人の言う通り、最初から、すべて嘘よ」


 ハクナさんが死んだ魚のような目をコハクちゃんに向け、けらけらとバカにしたような笑い声を上げる。


「不治の病も、あんたを愛してるっていう言葉も、全部、独りぼっちのアンタが騙しやすい格好の獲物だったから。あんたが無駄に強かったから。あんたはね、いまも昔も、ずっと独りぼっちのさみしいおバカさんなのよ」


「……おかあ、さん、そんな」


「俺とハクナはなぁ、お前を利用して金儲けをしていたんだ。不治の病もその進行を抑える薬も真っ赤な嘘。なのにお前は……俺が請求する薬代を毎回毎回健気に払ってくれたなぁ。ちょっとそそのかしてやったら冒険者を襲うようにもなって……ほんと扱いやすいバカだったよ。んで、まあ金が稼ぎづらくなってきたから、お前はもう用済み。ほら、仮に俺たちが逃げたとしてお前が生きていたら、いつ復讐にやってくるかわからねぇだろ? そんな不安におびえながら生きていくのは面倒だろ?」


「そんな……私は、ずっと私は……」


 座り込んでいるコハクちゃんは、呆然と、ハクナさんを見つめながら泣いていた。


「お母さん、嘘だよね」


 ぽろぽろ。


 ぽろぽろ。


「お母さん、お母さんっ!」


 泣きじゃくるコハクちゃんに駆け寄ったミライが、コハクちゃんの震える背中をさする。


「コハクさん、まずは落ち着いてください」


 ミライが声をかけてもコハクちゃんは「お母さん、お母さん」とつぶやきつづけるだけ。


 壊れてしまったコハクちゃんを見て、テツカさんは頬を赤らめながらほくそ笑む。


「いいねぇ、その表情。そうだ、絶望しろぉ。もっと悲しめ、この世のすべてを、己のバカさを、自分の運命を呪えぇ!!」

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