第182話 冒険者の目にも涙

 テツカさんが去ったあと、俺たちはライオン? トラ? の凶悪な魔物の情報収集をすることにした。


 戦力的には楽勝だと思うが、こう思うことこそがフラグに繋がる。


 油断や過信は禁物。


 気を引き締めて、できることはすべてやってから戦いに挑みたい。


 戦ったことがある人物がいるのに、話を聞かずに戦いにいくような博打を打つ必要がない。


 俺とミライは昨夜、該当の魔物にやられたという冒険者たちが入院している病院――テツカさんに教えてもらった――へ向かうことにした。


 マーズは里の人たちへの聞き込み調査を担当するため別行動だ。


 病院につくと、そこで働いていた看護師に


「今夜モンスター討伐にいくので情報収集がしたい」


 と正直に説明し、冒険者たちがいる病室に案内してもらった。


 部屋の中には、三人の男の冒険者たちがいた。


 三人ともぐったりとした様子でベッドの上で寝ている。


 体のどこかしらに包帯が巻かれてあり、武器や防具は見当たらない。


 おそらくあの魔物にやられたときに戦利品として持っていかれたのだろう。


 どことなく陰鬱というか、葬式中の様な空気が漂っている。


「なんだ、お前たちは」


 中央のベッドにいる、頭と右腕に包帯を巻かれた大柄の男が、部屋に入ってきた俺たちを睨むように見た。


 看護師から名前と特徴は聞いていたので、おそらくこいつはホクトという名の冒険者だろう。


 ってことは、両脇のベッド上にいる怪訝な顔をしている二人が、シチセとイーだな。


「すみません。突然おうかがいして。俺は誠道。こっちはミライです」


「誠道さんにお仕えしております、ミライと申します」


 ミライが恭しく一礼すると、ホクトは舌打ちで相槌を打った。


「お前らの名前なんかどうでもいい。なんの用だって聞いてんだ」


 大柄の男、ホクトはモンスターに負けて身ぐるみを剥がされたせいで気が立っているようだ。


「俺たちは情報収集にきたんです。昨日、あなた方が戦った魔物についてなんでもいいから教えてほしいんですが」


「お前ら、あいつと戦うつもりなのか?」


 ホクトの目が開かれる。


 俺がそのつもりですとうなずくと、三人は顔を見合わせて、悲壮さを漂わせた。


「悪いが、それはやめておいた方がいい」


 ホクトが肩をすくめる。


「誇張なしに言うが、あいつはものすごく強かった。いまの俺たちのように身ぐるみを剥がされて、惨めを晒すだけだ」


「それにかんしては問題ありません」


 ミライが一歩前に出て、体を開いてから俺を自慢げにびしっと指さす。


「誠道さんは、負けて身ぐるみを剝がされるようなクソ雑魚惨めなあなた方とは違いますから」


「おい! そこの女いまなんつった!」


「なにいきなり煽ってんだよミライっ!」


 俺は慌ててミライの口を押える。


 なんでそんなこと言うんだよ。


 ホクトの目が鋭すぎて、冷汗だらだらです。


「たしかにこいつらは昨日負けて身ぐるみを剥がされた。そして俺は最近めちゃくちゃ強くなってるし、しかもマーズもいるから戦力的に楽勝だろうけど、念には念を入れてってことで話を聞きにきたんじゃないか。それなのに機嫌を損ねるようなことしてどうする!」


「ちょっと、誠道さん!」


「だからぁ!」


 ミライが口を押さえている俺の手をどけて、なおも言い返そうとしてきたので、俺はこれ以上ホクトたちが気分を害さないように言葉を重ねる。


「俺たちはこいつらみたいにやられて身ぐるみ剥がされるなんていう下手を打つほど弱くないけど、それを自慢げに誇張してやるなって! ただ煽ってるようにしか聞こえないから! わかったな? ミライはもうしゃべるなよ」


「だからっ! さっきから誠道さんの方が煽りまくっているんですって!」


「はっ?」


 こいつ、俺に全責任をなすりつけやがった!


「煽ってたのはミライだろ。俺はこいつらの二の舞にはならないっていう真実を言ってるだけで」


「ほらまた! 自覚ないんですか。後ろの人たちの有様を見てくださいよ」


「後ろって……」


 さっきミライが煽ったせいで、ホクトから睨まれてるんだぞ。


 なんでミライに向けられている怒りを、俺が代わりに受けて立たなきゃいけないんだ――あれ?


 背中に突き刺さるような視線が、いつの間にやらなくなってるんですけど。


 おかしいなぁ?


 恐るおそる振り返ると、そこには卑屈さに取りつかれたのか、肩を落としてうつむく男たちしかいなかった。


 ホクトがなにやら小声でぶつくさつぶやいている。


「ああ、俺たちもうここからいなくなりたい。そこまで言わなくてもいいじゃん。たしかに負けたけどさ、身ぐるみ剥がされたけどさ」


 ……え? なんでこの人たちいきなり落ち込んでんの?


 ミライの煽りが時間差で心に突き刺さったとか?


 そんなに緩急効いてた?


 ボディーブローじみてた?


「それに、私はこの人たちを煽るつもりなんか微塵もありませんでした。誠道さんなら身ぐるみを剥がされてもドMだからむしろご褒美。そういう意味で、あなたたちとは違うと言ったんです!」


「紛らわしい言い方するんじゃねぇ! いや紛らわしいもなにも俺はドMじゃねぇ!」


「ああ、俺たちはこんな変態ドM男にバカにされるような存在なんだ……。もう実家に帰って家業の畑をつごう……」


「ええぇ!? だからなんで俺がバカにしたことになってんの?」


「ほらぁ、誠道さんのせいで引退まで考えはじめちゃったじゃないですかぁ」


 ミライに非難の目を向けられる。


「なんで俺のせいなんだよ。俺はなにも悪くねぇからな!」


「そこの女、もう同情はいいよ。この変態ドM男の言う通りだ。すべては身ぐるみを剥がされて一文無しになるような弱い俺たちのせいなんだぁ」


「お前らはさっさと自虐をやめろっ! ただモンスターに負けて身ぐるみ剥がされただけだろうが!」


 俺がそう励ましたあと、なぜかホクトたちは子供のようにわんわん泣きはじめた。


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