第152話 氷魔法よりも

「ネコたん。ごめんなさい。私……あなたを傷つけた」


「いいのにゃ。あれは、マーズたんの我に対する熱い愛だったのにゃ」


 ネコさんとマーズの熱い抱擁はつづいている。


 二人の幸せそうな顔が、二人の感情の高ぶりを物語っていた。


「それよりも我の方こそすまにゃかった。我が死んでしまったばかりに、マーズたんをリッチーなんぞに」


「いいの。もういいの。またこうして会えたから」


「そうか。にゃら……」


 ネコさんの目にも涙が浮かんでいる。


「マーズたん。リッチーにまでなって、我を生き返らせようとしてくれて、本当にありがとう」


「ふふふ、ネコたん。それはちょっと違ってね。私がリッチーになった理由は、不死にでもならないと、いますぐあなたを追って自殺しようとしてしまうからなの」


「……なんにゃ。そうだったのかにゃ」


 ネコたんが苦笑いを浮かべる。


「私はネコたんが攫われたとき縛られたまま眠っていて、すぐ追いかけることができなかった。あのときほど自分がMであることを恨んだことはなかった。ネコたんがいない世界でどう生きていいのかわからなかった」


 だから、とマーズはネコさんの手を両手で包み込むようにして握る。


「私はあなたを生き返らせようと頑張った。だけど無理だった。私にできることは、あなたの中に私のすべてを置いていくこと。ドMの私はネコたんだけのものにして、この先は違う私として生きようと」


「その気持ちはものすごく嬉しいのにゃ」


 ネコたんは、マーズの真っ赤な頬に優しくキスをする。


「にゃが、マーズたんにはマーズたんらしく、マーズたんだからこその幸せを見つけてほしい。マーズ・シィのままで幸せになってほしい。それが……いまから消えゆく我の願いにゃ」


「……え?」


 幸せそうにはにかんでいたマーズが目を見張る。


「そう驚くでにゃい。奇跡は長くはつづかんものにゃ。我はきっと、もう一度マーズたんと話がしたかったのにゃ。最後の別れを言いたかったのにゃ。だからこうしてマーズたんの前に現れることができたのにゃ」


 よく見ると、ネコさんの体から淡い白色の光が浮かび上がっていた。


 未練がなくなって、成仏しようとしているのだろう。


「いや。……そ……んな、せっかく、会えたのに」


「泣くな。我はマーズたんの笑った顔が好きなのにゃ」


 マーズの涙をネコさんが拭ってあげている。


「我はもう死んでおるが、我はいつまでもマーズたんを愛しておる。見守っておる。にゃから、我はマーズたんには笑っていてほしい。新たな幸せを手に入れてほしいのにゃ」


「ネコ……たん。私、は……」


 マーズは鼻水をすすりながら、大粒の涙を流しながら愛した人のために笑った。


「わかったわ。私、ネコたんがうらやむくらいの素敵な恋人を、また見つけてやるんだから」


「そうにゃ、そういう健気なマーズたんにゃからこそ、またいじめたくなるのにゃ」


 ネコさんも笑顔だ。


 マーズの頭をなで、その手を頬に添え。


「ありがとう。さようなら。マーズたん」


「ネコたん。ありがとう」


 彼女たちはどちらからともなく顔を近づけ、唇を重ねた。


 そのすぐあとにネコたんの体から力が抜け、横に倒れる。


「本当にありがとう。忘れない。…………生きていくから」


 小さな声だったけれど、胸にずんと響く力強い言葉だった。


 マーズの目からはまだ涙がこぼれ落ちているけれど、晴れ渡るような笑みを浮かべているから、もう大丈夫。


「自分の心までも凍りつかせてしまった大魔法使いの氷が涙となって流れ落ちている……ってところかな」


「すみません。せっかく目を覚ましたのに、誠道さんの言葉が寒すぎて凍えてまた気を失いそうです」


「なんでだよっ! 詩的ないい表現だったろうが! ……って」


 とっさにツッコんでしまったが、俺をバカにしてきた人が誰なのかに気がついた瞬間、体が一気に熱くなった。

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