第150話 絶体絶命

 氷の巨兵を倒した聖ちゃんと心出たちも、倒れたままのネコさんを呆然と見ている。


「……あっ、…………いや、そんな、避けられる、はずで」


 マーズは頭を抱えて項垂れていたが。


「……違う。あいつはネコたんじゃない。ネコたんを、私の最愛の人を騙るなんて、私たちに対する冒涜だ……」


 こめかみを抑えながら乾いた笑い声を垂れ流すマーズ。


 ただ、彼女の虚な瞳はずっと倒れているネコさんに向けられている。


「そうだ、私は……ネコたんはもう死んだんだから」


 マーズはネコさんを睨みつけながら、ぽろりと涙を流した。


「次は……お前だ、石川誠道。私はドSのマーズ。だから、ドMのお前は私にひれ伏せ。私を愛するネコたんはもういないのだから!」


「おい、マーズ」


 俺は自分を抑えられなかった。


 ネコさんの強い思いに感化され、ネコさんの思いを一向に受け取ろうとしないマーズに腹が立った。


「あんたは姿形が変わったくらいで最愛の人を見失うのかよ! あんたの愛はそんなもんかよ! いまのあんたの方が、あんたたちの過去を、あんたたちの愛を冒涜してる!」


「うるさいうるさいうるさい!」


 彼女の怒鳴り声と同時に、俺たちの頭上に水色の巨大な魔法陣が出現する。


「みんな押し潰されればいいのよ! 【氷の終焉殺劇アイスジエンド】」


 その魔法陣から超巨大な氷が現れる。


 しかも吊り天井の罠みたいに、真下にいる俺たちを串刺しにするための氷柱が無数についている。


 マズい。


 こんなのくらったらみんな死んでしまう。


 逃げ場もない。


 ってかマーズだって死ぬだろこれ――いや、相手はリッチーだから死なないのか。


「リッチーだからこその攻撃かよ」


 残された道はただひとつ。


 あの超巨大な氷を消滅させるしかない。


「くそがぁ! 【炎舞龍夢エンブレム】ッ! 【炎舞龍夢エンブレム】ッ! 【炎舞龍夢エンブレム】ッ!」


 俺は炎龍を超巨大な氷に向けて放ちつづける。


 炎龍は次々に巨大氷とぶつかり、徐々に超巨大な氷を砕き溶かしていく。


 こんなところで死んでたまるかよ。


 ミライを死なせてたまるかよ。


 みんなを死なせてたまるかよ。


「うおおおおおぁぁあああ! 【炎舞龍夢エンブレム】ッッ!」


 そして。


「…………やっ、た」


 巨大な氷は俺たちを押しつぶすことなく、完全に消滅した。


 聖ちゃんたちが歓声をあげる。


 持てる力をすべて出し尽くした俺は、ミライの隣にどさっと倒れた。


「やった、ミライ……」


 俺は隣で眠るミライの手を握る――が。


「うそ、だろ」


 俺たちの目の前に、超巨大なアイスゴーレムが立っていた。


「……もう、俺は」


無敵の人間インヴィジブル・パーソン】状態も保てていない。


 というより指の一本も動かせない。


 アイスゴーレムがその巨大な足をあげる。


 ……くそ。


 踏みつけられるのはご褒美ってか。


 ドMじゃないけど。


 俺は最後の力を振り絞って、意味はないかもしれないけど、ミライの上に覆い被さった。


「ミライ……死ぬな」


 アイスゴーレムの足が下りてきて、俺たちは踏み潰され――


「させません」


「……っ。聖、ちゃん」


 顔を上げると、聖ちゃんが聖剣ジャンヌダルクで、アイスゴーレムの足を押しとどめていた。


「引きこもりの誠道さんに守られただけとあっては、【愉悦の睾丸女帝】の名が廃れますからっ……」


 聖ちゃんの両足はプルプルと震えている。


 無理をしているのは明らかだ。


「あと、できればこのお礼として誠道さんの睾丸を」


「それはいやだ」


 ああ、聖ちゃんはやっぱりこんな状況でもぶれないですねぇ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る