第5章 決意と謝罪の性感帯
第142話 プライドなんて
ミライは預かった。
返してほしくば、今すぐグランダラ南の森の中にある井戸の中に飛び込め。
その手紙は、朝ご飯をテーブルに並び終えた直後に送りつけられてきた。
気がついたら俺の頭の上に乗っていたのだ。
こんなことができるのは魔法使いのマーズくらいだろう。
俺はすぐに俺の家に泊まっていた聖ちゃんと、朝帰りしてきたネコさんを起こして手紙を見せた。
「まさか、こんな行動を起こすにゃんて」
ネコさんが顔を顰める。
「ミライを探しにいかなかった俺の失態だ」
昨日、ミライは帰ってこなかったが、俺は探しにいかなかった。
喧嘩をしてしまって帰りづらいのだろう、ミライなら喧嘩にかこつけて高級ホテルに借金で止まるだろう、と高をくくっていたのだ。
リビングが重苦しい空気に包まれていく。
「誠道。我のせいで、本当に申しわけにゃい」
ネコさんはマーズが寄こした手紙をぐしゃっと握りしめる。
「いや、ネコさんのせいでは」
「恥を承知で、お前らに頼みがあるにゃ!」
顔を真っ赤にして叫んだネコさんが、いきなり膝をついて、土下座をした。
「いきなりっ! ちょっと、ネコさんっ!」
「えっ? ネコさん? どうしたんですか?」
俺も聖ちゃんも突然の出来事に対応できない。
あわあわとネコさんに向けて手を伸ばしたり、顔を見合わせたりするだけ。
「我はマーズたんを助けたいのにゃ。マーズたんに本当の自分を取り戻してほしいのにゃ」
その力強い声に、体の奥底から震えが湧き上がってきた。
土下座なんかせずに顔をあげてください、と言うべきなのだろう。
でも、俺はネコさんの土下座にどうしようもなく見惚れていた。
「本来なら我が一人で片をつけにゃならんことにゃが、我では本気のマーズたんを抑えることすらできん。にゃから、すまんがお前らにも協力してほしいのにゃ」
ネコさんは愛する人を救うため、なんのためらいもなく土下座ができた。
「我はいま猫族の姿を借りている。本当の我の姿ではない。この姿で話しかけても、マーズたんは信じてくれないかもしれん。我と話したところで、マーズたんの暴走行為が止まる保証はない」
それはすごく格好いい行動に思えた。
「マーズたんは本当に強い。氷の大魔法使いで、リッチーで、魔王軍の四天王にもなったような素敵な女性にゃ。にゃがこれだけは誓って言う。マーズたんは人を殺してはおらん。我を生き返らせる方法を調査するために魔王に近づいただけなのにゃ。いまは悲しみがゆえに、人質をとるにゃんてバカげたことをしておるから信じられないかもしれんが、マーズたんは人間の敵ではないのにゃ。本来は、心優しいドMの、どこにでもいる普通の大魔法使いの女の子なのにゃ」
ネコさんのマーズを思う気持ちがひしひしと伝わってくる。
マーズ・シィを救いたくて、そのためにはどうするのが最善か。
その一心でネコさんは動いている。
自分の安っぽいプライドなんか、最愛の人のためなら喜んで捨てられるのだ。
……ただ、普通の大魔法使いはどこにでもいないと思うよ。
普通の女の子みたいに言わないでね。
ドMの時点で普通じゃないし。
「頼む。我と一緒に来てほしいのにゃ。我にマーズと話をする機会を与えてほしいのにゃ」
そうか。
だから俺は、ネコさんが土下座する姿を俺は格好いいと思ったのだ。
俺だって、ミライを助けたい。
そのためにはどうするのが最善か。
大切な人を助けるためなら、プライドも、過去の傷も、関係ない。
「ネコさん。顔をあげてください」
俺はようやくその言葉が言えた。
ネコさんみたいになりたいと思った。
「俺だってミライを攫われているんです。それに、これは俺宛の手紙。頼まれなくたって俺はいきますよ」
「誠道、恩に着る」
顔を上げたネコさんの目には涙がたまっていた。
「だから、本来頼むのは俺の方なんですよ」
俺はネコさんの肩に手を置いたあと、ネコさんがやったように土下座をした。
「俺から二人にもお願いしたい。ミライを一緒に助けてほしい」
「ちょっと、誠道さんまでっ!」
土下座しているからわからないが、あわあわしている聖ちゃんの姿が頭に浮かんだ。
「俺は一度マーズに負けてる。だから俺一人じゃ絶対に勝てない。みんなに協力してもらえなきゃ、ミライを助けられない」
「誠道、お前は……すごい男じゃのう」
ネコさんが俺の前でしゃがんで、俺の頭を撫でてくれる。
「本当に、ミライとかいう女は幸せ者にゃ。こんな格好いいドMと出会えたにゃんて」
ま、我には到底及ばんがの。
高らかに笑いながらそう言ったネコさんが立ち上がり。
「誠道よ、これが我の返事にゃ!」
そして、俺は土下座している頭を踏まれた。
「我は喜んでお前に協力させてもらうのにゃ!」
…………。
「だから俺はドMじゃないって!」
土下座したまま叫ぶ。
頭を上げようとしたのだが、ものすごい力で踏まれていて上げられない。
「なるほど、そういうことですか」
聖ちゃんはいったいなにを察したんですか?
「だったら私も、そういう趣味はありませんが、喜んで協力させていただきます」
聖ちゃんも俺の頭に足を乗せてくる。
「誠道さんは引きこもりですけど、こういうところだけは尊敬できます。ただの引きこもりですけど」
「うん、わざわざ二回も言う必要あったかな?」
「頭を踏んであげたご褒美に、その……もしよろしければ睾丸を」
「取らせるわけねぇだろ!」
そう叫んだところで、ようやく二人は足をあげてくれた。
俺はすぐに立ち上がって、ネコさんと聖ちゃんと目配せしてから、小さくうなずき合った。
……ただ、俺にはまだ協力を仰ぐべき相手が残っている。
イツモフさんは、まだお金も貯め切っていないだろうから連れてはいけない。
でも、あいつなら。
あいつらなら。
以前の俺だったら、弱みを見せたくなくて、力を借りたくなくて、絶対に助けを求めなかっただろう相手を呼ぶため、俺はリビングの棚の中にしまっていたある物を取り出した。
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