第4章 ミライと謎の猫娘

第132話 寝坊のミライ

 元悪魔軍四天王、氷の大魔法使いマーズ・シィとの戦いで傷を負った俺たちは、一週間コンヨクテンゴクで療養させてもらうことになった。


 俺たちがいた森はフーユインの南西にある森だったのだが、わざわざそこまで従業員が迎えにきてくれた。


 オムツおじさんが手配してくれたらしい。


 さらに、今回はこちらの不祥事だからと、傷が癒えるまでタダで宿泊させてくれたのだ。


 帰り際に無料宿泊券までもらえたので、またぜひ来たいと思った。


 断じて棍棒浴、略して棍浴が気持ち良かったからじゃないぞ。


 行きと同じように彦宇木鉄道のプレミアム馬車に乗ってグランダラに帰る。


 寄り道せずにわが家へ直行、俺はすぐベッドにダイブして死んだように眠った。


 コンヨクテンゴクで療養したので傷は癒えていたが、いろいろなことがあったからか精神的な疲れがまだ取れていなかったのだ。


 そして、目を覚ますと。


「んん……うわっ、もう朝だよ」


 まさか一回も起きずに朝まで寝ることになるとは。


 引きこもりの時でもこんなに寝たことはないぞ。


 とりあえず窓を開けて、朝の日差しと爽やかな空気を取り込んで眠気をふっ飛ばす。


「食べる前にシャワー浴びるかぁ」


 体が少し汗ばんでいるので、ちょっとすっきりさせたい。


 この時間、多分ミライはキッチンで朝食を作っているはずだから、少しゆっくり準備してていいぞと伝えておくか。


「おはようミライ。今日はシャワー浴びてから…………あれ」


 しかし、キッチンには誰もいなかった。


「寝坊か? 珍しいな」


 まあ、ミライだってたまには寝過ごしてしまうこともあるだろう。


 シャワーを浴びているうちに起きてくるだろうから、無理に起こすこともない。


 そう思って、俺はシャワーを浴びてからリビングに戻ってきた。


「……まだ、か」


 ミライは起きていなかった。


 リビングはしんと静まりかえっていて、ちょっとだけ寂しさを感じる。


「なんか、変な気分だな」


 いつもだったら、朝起きてリビングにいくとミライの「おはようございます」という優しい声が聞こえてくる。


 焼けたパンのにおいが鼻腔に広がって、暖かな気持ちになることができる。


 だが、いまはなにもない。


「なにもないテーブルの上って、なんか虚しいな」


 朝起きたら朝食がすでに用意されている。


 それが俺の中で当たり前になっていたのだろう。


 毎日欠かさず用意されていた朝食がないだけで、こんなにも悲しくなるなんて。


「起こしにいくかぁ。寝坊のこと、なんてからかってやろうかなぁ」


 俺はミライの部屋の前までいって、ノックしようと手を顔の前まで上げる。


「……いや、違うのか」


 俺は首を振りながら、上げた手を元に戻した。


「これが当たり前じゃないんだ。感謝することなんだ」


 朝食が用意されていないのなら、自分で作ればいい。


 ミライだって寝坊することはある。


 朝食が用意されていないくらいで、ぐっすりと寝ている人を起こすなんておかしいのだ。


「パン、焼くだけだしな」


 いっちょやったるかなぁ、と俺は目のまわりを揉みほぐす。


 簡単な物しか作れないけど、目玉焼きと……サラダでも作ってみるか。


 キッチンに戻って食材を確認すると……うん、大丈夫だな。


 どっちも作れる。


 ミライ、俺が作ったって聞いたらどんな反応するだろうなぁ。


 楽しみだし、ちょっとだけ緊張する。


「え、引きこもりの誠道さんが料理を? 明日この世界は終わってしまうのでしょうか」


 もしくはこうか。


「あなた誰ですか? こんなの、引きこもりとしてあるまじき行為です。あなたは誠道さんじゃありませんね!」


 ……あれ?


 やっぱり全然楽しみじゃないぞ。


 バカにされる未来しか見えないぞ。


「ははは、まさか、ね」


 とりあえず作ろう。


 俺はなれない作業に四苦八苦しながらも、なんとか朝食を完成させた。


 レシピなんて見なかったけれど、サラダや目玉焼きを失敗するなんてありえない……目玉焼きの黄身が割れているのは失敗に入らないよね?


 野菜だって包丁を使うと危ないと思ったので手でちぎった。


 パンはまあ、俺は実はこういう焦げだやつが大好きなんだ。


「ミライって意外とすごいやつだったんだな」


 あんなにもおいしそうな食事を、毎日欠かさず、簡単そうに作っているのだから。


 もしくは俺が低スペックすぎてそういう錯覚を起こしているだけ――考えるのやめよ。


「……でも、さすがに遅いよなぁ」


 ミライはまだ起きてこない。


 朝食も作り終えたし、そろそろ起こしにいこう。


 一度昼夜逆転したら、生活習慣を完璧に戻すのに最低でも一週間はかかる。


 これ、引きこもりとしての経験則な。


「ミライ、起きろー。朝だぞー」


 ミライの部屋のドアをノックしながら声をかける。


 なんか新鮮。


 いつもは俺が起こされる立場だからな。


「…………」


「ミライー、ご飯もできてるぞー」


「…………」


「ミライ? さすがにそろそろ起きろー」


「…………」


 何度声をかけても反応なし。


 部屋の中から物音ひとつ聞こえない。


 どんだけぐっすり寝てんだよ。


「こうなったら……」


 ミライはいつも俺の布団をひっぺがして無理やり起こしてくるから、俺だってそれをしていいよな?


 その時に、ミライのパジャマがはだけていても仕方ないよな?


 因果応報はこの世の摂理だ。


 起きない方が悪いのだ。


「ミライさーん。入りますよー。変な格好していても知りませんからねー」


 そっとドアを開ける。


 中から漏れ出してきた空気は甘くていい匂いがした。


 さすが女の子の部屋だ。


「ミライさーん。いい加減起きて下さーい」


 抜き足差し足忍び足でベッドまで近づいていく。


 すでに声出してんのになにやってんだってツッコミはなしね。


 女の子が寝ている部屋に侵入する行為が、なんだかいけないことのような気がして勝手に抜き足差し足っちゃうんだから。


「ミライさーん。起こしますよー」


 ベッドの上には、こんもりと盛り上がった布団がある。


 ミライってきちっと寝ているってイメージがあったけど、結構寝相が悪いんだな。


 どんな格好してても知らないぞ。


 せめてお腹くらいは出していてほしいな。


 なぜか火照り始める体を無視して、なぜかばくばくしている心臓を無視して、俺は布団を掴み。


「いひかげぬ、おっきれろー」


 盛大に噛みながら布団を剥いだ。


 持ち上げた布団は床の上にどさりと投げ捨て、いよいよ無防備なちょっとえっちい寝姿のミライとの邂逅――




 ――そこにいたのは、涎を垂らして眠る見知らぬ女の子だった。




「……え? しかも、猫耳?」

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