第129話 最悪の打開策

「くそぉっ…………」


 俺は床に膝をついてうなだれていた。


 もう【無敵の人間インヴィジブル・パーソン】状態すら維持できない。


 感じている痛みが、マーズにやられたことによる痛みなのか、【無敵の人間】による副作用の痛みなのかわからない。


「誠道さんっ! 誠道さんっ!」


 ミライが氷の中から叫んでくれる。


 どうしよう。


 このままではミライが危ない。


 殺されてしまう。


 マーズが求めているのはドMの俺だけで、ミライはいらないのだ。


 俺はドMじゃないけど。


「【氷の調教鎖アイスエンドチェーン】」


 冷徹で、それでいてどこか興奮しているような声がする。


 マーズから無慈悲な攻撃が放たれ、俺は氷の鎖で締め上げられた。


「誠道さんを縛っていいのは、私だけだって言ってるでしょう!」


 ミライの悲痛の叫びが胸に刺さる。


 そうだな。


 たしかに、もし仮に縛られるのならミライの方がいい。


 もしも縛られるなら、ね。


「あなたの意見なんかどうでもいいの。この男は、すぐに私色に染めてあげるから」


「おい、マーズとか言ったな」


 俺は一つの賭けに出る。


 ミライを救い出すための、たった一つの方法だ。


「悪いが、俺はお前に服従する気は絶対にない。お前色に染まるような根性なしでもない」


 マーズを睨むと、彼女は嬉しそうに笑った。


「まだ張れる威勢を持っていたなんてねぇ。もっと痛めつける必要があるのかしら」


「よく話を聞け。俺は絶対に服従はしないが、ミライをこのまま無傷で返してくれるなら、お前のペットにでもなんでもなってやる」


「誠道さんっ。それは……」


 ミライの悲しそうな声が聞こえるが、断腸の思いで無視をする。


 こうするしかないんだ。


 いまはこいつに形だけ従っておいて、隙をついて倒すか逃げる。


 それしか、ミライが助かる道はない。


「へぇ。なんでも、ねぇ」


 マーズが俺の体を舐めるように見ていく。


「ああ、なんでも、だ」


 本当に悔しい。


 俺が弱いばかりに、こんな道しか取ることができないなんて。


「わかったわ。あなたの涙に免じて許してあげることにしましょう」


「ありがとう……って、涙?」


 まさか、俺は悔しくて泣いていたのか。


 情けない。


 情けなさすぎる。


「これは違う。泣いてなんかない。お前の氷が溶けただだけ――」


 ――ゴリ、ゴリ、ゴリ。


 そのとき、右横から巨大なコンクリートが削られるような、鈍い音が聞こえてきた。


 ゴリ、ゴリ、ゴリ、と謎の空間の壁が、まるでプロレスラーが分厚い雑誌でも破いているかのように破れていく。


 そして、そこから現れたのは。


「オムツ……おじさん」


 裸にオムツ姿のダンディなおじさまだった。


「こちらの部屋から、ドMの悲鳴が聞こえてたのでな」


 この部屋を見回した後でオムツおじさんは小さく笑うと、ミライ、俺、マーズと順に見ていく。


「なぁ、君たちよ。わんわんと無邪気に泣いていいのは赤ちゃんだけなのだ。だから、赤ちゃんヒーローの私が大人の涙をあやしにきた」


 うん。


 言っていることはよくわからないが、俺たちを助けにきてくれたことだけはわかった。


 そして、その立ち姿から放たれる威圧感で、相当の強者であることも。

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