第104話 美女はずるい
カイマセヌの体が消滅――悪魔族は死ぬと体が消滅する――した後、カイマセヌの体がめり込んだ場所から地割れのような亀裂が広がっていき、ついには音を立てて壁が崩壊しはじめた。
その事実が、イツモフさんが愛する弟のために放った一撃の威力を物語っている。
「ってかどうすんだよ。このままじゃ押しつぶされる」
すでに崩壊は遺跡全体に及んでいる。
俺は動けないし、ミライも気絶中。
このままだと瓦礫に押しつぶされる――
「誠道くん。お金持ってませんか? 私はもう使い切ってしまって」
そのとき、イツモフさんの声が飛んできた。
「お金? 財布ならポケットに入ってるけど」
「じゃあそれを下さい!」
ジツハフくんを背負ったイツモフさんが俺のもとに駆け寄ってきて、ポケットから財布を抜き取る。
その財布はすぐに消滅した。
そういうことか。
なんとなく察する。
きっとこの財布は、別次元の金庫の中に送られたのだろう。
イツモフさんの【金の亡者】によって覚えた技は、お金がないと使えないのだ。
さっき全財産と言っていたから、イツモフさんは今、無一文。
だから、お金を必要としていたのだ。
「これでいける! 誠道くん、ありがとう」
その後、イツモフさんが身体能力強化の技を発動させ、ジツハフと俺とミライを抱え、崩れゆく遺跡からの脱出に成功した。
「ありがとう。イツモフさん。イツモフさんがきてくれなかったら今ごろどうなっていたか」
遺跡脱出後、森の木を背もたれにして休むイツモフさんに感謝の言葉を伝える。
ちなみに、ミライはまだ気絶中。
ジツハフくんは安心したのか、イツモフさんに膝枕されてすやすやと眠っている。
「ありがとうなんて、むしろ私は誠道くんたちに謝罪しなければいけません」
「俺たちに謝罪?」
意味がわからない。
イツモフさんがトラウマに打ち勝ってこの場所にこなければ、俺たちは確実にカイマセヌにやられていた。
彼女の一撃で遺跡を壊してしまって死にかけたことを謝罪したいのなら、それもお門違いだ。
カイマセヌを倒すために、ジツハフくんを守るために、イツモフさんは必死だったのだから。
「先ほどの戦いで見たとは思いますが、私は【金の亡者】という固有ステータスを持っています。私は、私が所有するお金を消費して戦う系お姉ちゃんなんです」
深刻そうに告げるイツモフさん。
彼女が非合法じみた手段を用いてお金を貯めていたのは、その力でジツハフをなにがなんでも守るためだった。
「そして、実は私、カイマセヌを倒すための一撃に全財産を使ってしまったので、一文無しになってしまいました」
「まあ、想像はついてたよ」
俺はイツモフさんがなにを謝ろうとしているのか全くわからなかった。
ジツハフくんを守るためにためたお金を、文字通りジツハフくんを守るために全部使った。
なにも悪いことはないと思うのだが。
「私は言いました。ジツハフを助けにいってくれたら、あなたたちに全財産を差し上げると。にもかかわらず、私の手元にはもう誠道くんたちに差し上げるお金がないんです」
「……ふふっ! なんだ、そういうことかよ」
イツモフさんには悪いと思ったが、俺は思わず笑ってしまった。
ちょっと律義すぎやしないか?
「どうして、笑うんですか?」
「だって、実際にカイマセヌを倒したのはイツモフさんだろ? 俺たちも助けられたし。もしお金があったとしても、イツモフさんからもらえるわけがないよ」
「……誠道くん。あなた、欲がなさすぎです。損な性格してますね」
イツモフさんは呆れたような笑みを浮かべていたが。
「ん? でも待ってください」
急に手を顎に当てて、なにかを考えはじめた。
あれ? なんか変な流れが生まれたぞ。
「状況を整理してみましょう。まず私がカイマセヌを倒してくれと誠道くんたちに頼んだ。それで誠道くんたちはカイマセヌを倒しにいって、返り討ちにあった。そしてそのカイマセヌを私が倒した。これで間違いないですよね?」
「まあ間違いはないけど、それがどうしたんだよ」
「いや、だってこれって私の強さを見せつけるために、誠道くんたちを噛ませ犬にしたのと同じじゃないですか。これはやっぱり謝罪すべきですね。私の強さの引き立て役にしてしまってすみませんでした!」
「結局バカにされんのかよ! なんかいい雰囲気だったのにふざけんな!」
なんか俺、噛ませ犬噛ませ犬ってばかにされるカイマセヌの気持ちがわかった気がするなぁ。
いや、あいつは買いませぬってバカにされる方を嫌っていたんだったか。
などと、気持ちよく終われなかったことを心の中で嘆いていると。
「んんん、お姉ちゃん、助けてくれてありがとう……大好き」
イツモフさんの太ももを枕にして寝ているジツハフくんが、はっきりと寝言をしゃべった。
お姉ちゃんのそばに居られて、安心しきっているのだろう。
ものすごく幸せそうな寝顔をしている。
「ジツハフ。お姉ちゃんも、あなたのことが大好きよ」
イツモフさんがすやすやと寝息を立てる弟を愛おしそうに見つめつつ、その頭を優しくなでている。
なんとも微笑ましい光景だ。
彼らの互いを思い合う心が、今回の勝利の一番の立役者だと言っていい。
「んん、誠道お兄ちゃんも、助けにきてくれて、ありがとう」
つづけてジツハフくんは俺のことについても言及してくれた。
まったく、どんな夢を見ているんだか。
悪い気はしない。
「格好よかったよ。僕も大きくなったら絶対に誠道お兄ちゃんみたいになりたいなぁ」
本当に、ジツハフくんはいい子だ。
格好いいなんて照れるじゃねぇか。
その言葉を聞けただけで、命を張って助けにいったかいがあるってもんだ。
「と思ったけど引きこもりだからやっぱりなりたくない」
「おいてめぇ絶対起きてるだろ。俺をからかいたいだけだろ」
前言撤回。
こいつはただ俺をからかいたいだけのクソガキだ。
思わずジツハフくんの頭をはたこうとした俺だったが、イツモフさんにその手首を掴まれて阻まれる。
「弟を傷つける人は何人たりとも許しませんけど」
ぎろりと睨まれる。
おいおい、その目、カイマセヌに向けていたのと同じじゃないですか?
超怖いんですけど。
「目が本気すぎだって。冗談に決まってるだろ」
「ふふふ、わかってますよ」
まだ目がマジですよ。本当にわかっていますか?
「誠道くんの言葉が私を変えてくれた。本当に感謝しているんです」
ですから。
ふわりと笑ったイツモフさんが、掴んでいた俺の手首を引っ張る。
バランスを崩して前のめりになった俺の頬に、イツモフさんの顔が近づいてきて。
「…………え」
唇が触れていた。
一瞬の出来事に、俺はなにも考えられなくなる。
頬にキスをされた?
イツモフさんに?
気がつけば、俺は柔らかな唇がふれていた頬を手のひらでさすっていた。
「今回の感謝の気持ちです」
イツモフさんは花を咲かすような笑みを浮かべた後、立てた人差し指を唇に押しつけ、右目だけを閉じ。
「ミライさんには内緒ですよ」
とても素敵な笑顔だと思った。
俺も思わず頬が緩む。
「ったく。美女はこういうところがずるいよなぁ」
「お金がなかったので体で払いました」
「語弊のある言い方すんなよ!」
「んんん、お姉ちゃんは僕が悪い男から守る……」
「だからジツハフは絶対起きてるだろ。タイミングよすぎなんだよ」
「んんん、誠道さん。浮気は許しませんよ」
「ミライも絶対起きてるだろ!」
俺ただでさえ疲れてるんだから、ツッコみ疲れまで感じさせないでくれます?
「くふふっ。本当にミライさんは苦労しそうですね」
「いや、明らかに俺の方が苦労しまくってるんだが?」
いったいこれまでのなにを見てきたらその言葉が出てくるんですかねぇイツモフさん!
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