第98話 最凶の男

「ぐぁあああああああああ!」


 凶暴な叫び声とともに、カイマセヌの姿が完全に見えなくなる。


 数秒後、大型モンスターが出すような咆哮とともに、煙が一気に霧散した。


 頭から二本の角を生やし、背中には黒い翼、そして目を真っ赤に充血させた、まさに悪魔が現れた。


「覚悟しろ。この悪魔モードを見て生き残れたやつはひとりもいない」


 口から黒と赤が混じった煙を吐き出しながら、カイマセヌは威圧するように言う。


 マジかよ、それ。


 ヤバすぎる。


 やつは立っているだけなのに迫力すごいし、恐怖で俺の体は震えているし、心臓なんかもうそろそろ止まりそうだよ。


 俺たちは今から、こんな最強の生物の相手にしなきゃいけないのか。


「すみません。あなたは勇者に一度倒されたのでは?」


 そんなとき、ミライが素朴な疑問を口にした。




 ……。


 …………。




 ………………。




「てめえらどこまで俺をバカにすれば気が済むんだ!」


 ああ、カイマセヌさん完全に逆ギレしちゃったよ。


 でもミライの言う通りなんだよなぁ……ってミライは今、丸腰だ!


 唯一の武器である鞭はカイマセヌの横に転がっている。


 ヤバい!


 俺がなんとかしなければ。


 いつまでも倒れているわけにはいかないと、俺は根性で立ち上がる。カイマセヌに向けて手を伸ばし。


「喰らえ! 【リア充爆発しろ】」




 ……。


 …………。




 ……………………。




「また発生しないのかよ!」


 大度出と戦ったときと同じだ。


 カイマセヌよりリア充判定されて嬉しいけどさ、ここは強大なやつがほしかったです!


 こうなったら、出し惜しみしてられない。


無敵の人間インヴィジブル・パーソン】をやるしかない。


「なんだ? はったりか?」


 カイマセヌの真っ赤な目が俺を捉える。


「ちげぇよ。俺はまだ本気を出していないだけだ」


「敗者にお似合いの言葉だなぁ」


 見下したような笑みを浮かべて、余裕ぶっているカイマセヌ。


 だが、それほどの実力差が俺とカイマセヌには存在している。


 そもそも【無敵の人間インヴィジブル・パーソン】を使うだけで本当にカイマセヌを倒せるのか。


 実感も記憶もなくてまだ完全に信じ切れていないのだが、俺はこの力で大度出をぶっ飛ばしたらしい。


 記憶がなくなるのは怖いが、これにかけるしか道は残されていない。


 謎の他力本願! やってやるぜ。


「……ミライ。下がってろ」


「誠道さん……」


 痛む右肩を左手で押さえながら言うと、ミライはこくりとうなずいた。


 俺のやろうとしていることを理解したのだろう。


「右肩に封印している闇の炎が疼くのですね」


「俺は中二病じゃねぇ!」


「なに? 貴様そんな力を隠し持ってやがったのか」


「お前はなに信じてんだよバカか!」


 あ、やべ。


 思わずカイマセヌにバカって言っちゃったよ。


 でもしょうがないじゃん。


 本当にバカなんだから。


 俺はチラッとカイマセヌの様子をうかがう――ああ、カイマセヌの顔が憤怒に染まってるなぁ。いったい誰のせいかなぁ。


「誠道さん! 相手を煽ってどうするんですか!」


「ミライが変なこと言うからだろ!」


「てめぇら、また俺をバカにしやがって」


「お前が勝手に騙されてるだけだろうが!」


 あ、またツッコんじゃった。


 こうなったらもうやけくそだ。


 第一、これから俺はこいつと戦うのだから、気持ちで負けてどうする。


「ふざけるのも大概に……」


 拳を震わせているカイマセヌだったが、ふっとその拳を解き、嘲笑うような目を向けてきた。


「俺としたことがこんな安っぽい挑発に乗るなんてなぁ。闇の炎なんて言って、愛する女の前で格好つけたいだけの雑魚にマジになる必要なんかねぇよな」


「つべこべうるせぇなぁ。もう黙ってろ」


「誠道さん。この人もしかしたらいい人かもしれません。だって愛する女って」


「ミライももう黙ってろ」


 俺はゆっくりと息を吐き出し、気持ちを集中させる。


 頼むぞ。強くなった俺。


 どうにかしてこの男を倒していてくれ。


「【無敵の人間インヴィジブル・パーソン】」


 その瞬間、体が燃えるように熱くなった。

 

 内側から熱で溶けていくかのような痛みと、甘美なまでの興奮。


 ああ、これだ。


 あのときもたしかこんな感じだった。


 徐々に視界が薄れていき、次の瞬間には完全に意識を失っ……てないっ!?


 どうしてだ?


「意識を保てるようになった、ってことか?」


 今は理屈なんざどうでもいい。


 これはいけるんじゃないか。


 自分の体から立ち上っている赤い煙を見ながらそう思う。


 体中に力が漲っており、今ならなんだってできる気がした。

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