第82話 名案
そんなこんなで勝負開始。
イツモフさん、ミライ、クリストフさんが、それぞれが自身の屋台に向かう。
三人とも、焼きそばをメニューとして用意しているらしい。
三人とも、焼きそばをユニコーソの角の丸焼きより高い値段で売って、ユニコーソの角の値段を安く感じさせようとしていたのだから、末恐ろしい。
というより、そこまで思考が同じなら、三人仲よく一緒に商売したらどうなの?
とりあえず、俺はミライの隣に向かう。
「この勝負、本当に大丈夫なのか?」
「はい。心配いりません。この試合、はじまる前から勝負はついています。誠道さんは大船に乗ったつもりでいてください」
「泥舟の間違いじゃない?」
「ひどいです。そんなに心配なんですか? 誠道さんが毎日食べている料理を作っているのはこの私ですよ。もしかして、私の作る料理はおいしくなかったですか?」
不満げに唇を尖らせるミライ。
「いや、すごくおいしいし、毎日作ってくれていることにも感謝してる」
「誠道さん……」
ミライの顔がぽわっと赤くなる。
なんか少し恥ずかしいけど、そういうことじゃなくてさ。
「でもさ、この状況を見たら誰だって不安がると思うんだけど」
「だから、どうしてですか?」
「だってミライ、なにもしてないじゃん」
そうなのだ。
イツモフさんとクリストフさんはせっせと作業をしているのに、ミライだけその場に突っ立っているだけ。
なにもしていない。
なんなら気だるそうにうちわで顔を仰いでおり、完全なるだらけムード。
「誠道さんの目は節穴ですか? なにもしていないって、本当に私がなにもしていないように見えるんですか?」
「はい。なにもしていないように見えます」
「心外ですね。私はこうして待っているじゃないですか」
「だから料理をしろ! 待っているはなにもやってないのと同じなんだよ!」
「……はっ!」
人生観が変わった! みたいに感銘を受けたような表情を浮かべるミライ。
「すみません。たしかにそうですね。待っていればいつか誰かが助け出してくれると思っていた引きこもりの誠道さんに言われると、説得力が違いますね」
「どうして俺が傷つけられているのかな?」
「紛れもない真実では?」
「正論はどんなときでも人を傷つけるって本当なんだね……」
アア、セイロンコワイ。
「とにかく! そんなことはどうでもいいので!」
ミライはコホンと咳払いをしてから、得意げに口角を上げる。
「今、私がこうして待っているのは、歴とした作戦なんです。必勝法なんです」
「だったらその解説をしてもらおうか。料理勝負なのに料理をしないで勝てるからくりをな!」
もし本当にそれができるなら、これからはどんどんミライをカジノに連れていくぞ。
正直者の俺と、天才詐欺師のミライでぼろ儲けだ!
赤いリンゴでも椅子取りゲームでもなんでもござれ!
「ではお教えいたしましょう」
ミライがぱちんと指を鳴らす。
「まず、私たちの店には焼きそばのメニューがありますが、そもそも私はこの勝負がなくても焼きそばを作る気はありませんでした。なんなら材料すら買っていませんので、どうやったって私は焼きそばを作れません!」
「イツモフさん、クリストフさん、すみません。やっぱりこの勝負なしにしてもらっていいですか?」
「人の話を最後まで聞いてください! 敵に情けは無用です」
「情けをかけられるのは焼きそばを作れない俺たちの方なの!」
「ですから! ここからが重要なんです!」
真剣なミライを信じて、俺は話を聞きに戻る。
「焼きそばを作る気はありませんが、焼きそばを売る気は大いにあります。では、どうやってその焼きそばを入手するのか」
それは……。
ミライが口でセルフドラムロールを鳴らす。
「ででででででででででん! ズバリ! 注文が入った段階で誠道さんが他店の焼きそばを買いに走る! です」
「ふざけんな!」
一言でぶった切る。
信じた俺がバカだった。
そんなことだろうとは思ったけどさ。
「そんなことするくらいならな、最初から焼きそばをメニューに入れんなよ!」
「……え? どうして誠道さんは私の意見を聞いて『すごい名案だぁ! ミライはものすごく頭が冴えるな!』って感動しないんですか?」
「普通しねぇよ!」
「もしかしてあれですか? 小学生が相対性理論を説明されても理解できないってあれですか?」
「どうして俺が念仏を説かれる馬なんだよ!」
「私たちの屋台では、焼きそばを高めの値段設定にして販売しております。他店の焼きそばよりはるかに高い値段です。なので、他店の安い焼きそばを買って、それをこの店で高額で売れば絶対に利益が出る、しかも在庫はないので売れ残る可能性もゼロ。一石二鳥なのです」
「本当は?」
「焼きそばって作るの面倒なんですよ」
「やっぱりな!」
「私は誠道さんを支援する存在ですよ。誠道さん以外の人に料理なんか作りたくありません!」
「そんなんでときめくと思ったか!」
内心ちょっとときめいているけどね。
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