第65話 聖ちゃん、来訪

 ミライに鞭をほどいてもらい、俺はようやく自由の身になった。


 ああ、自由に体が動かせるってこんなにも素晴らしいんだなぁ。


「ごめんなさい。私、誠道さんに喜んでほしいと思うあまり、場の空気にのまれてしまったと言いますか、修学旅行で無駄に木刀を買ってしまう男子学生の気持ちと言いますか」


 さっきまで俺を縛っていたミライは、申しわけなさそうに言葉をこぼしながら頭を下げる。


「いいよ別に。新たな技が習得できたんだし、それは喜ばしいこと」


「あれ?」


 俺の言葉を遮るようにして、ミライがこてりと首をかしげる。


「誠道さん。鞭をほどかれて、どこか残念そうにしていませんか?」


「いきなりなに言いだすんだ! そんな趣味は俺にはねぇ!」


「でも、本当に私にはそう見えるんですけど」


 俺の前まで歩み寄ってきて、至近距離からのぞき込むようにして見上げるミライ。


 彼女の真っ赤な唇を意識してしまい、顔がどうしようもなく熱くなる。


 とりあえずミライの顔から目を逸らして。


「ま、まさかそんなわけないだろー。き、気のせいだよ」


「では誠道さん、次はいつ縛られたいですか?」


「そうだなぁ。できれば今日の夜にでも……ってバカ! 次なんかないよ!」


 あぶないあぶない。


 今度は俺が場の空気にのまれるところだった。


「そうですか。残念です。……ただ」


 ミライはひどく残念そうな顔を浮かべたが、最後に言ったその接続詞はなに?


 あれ、この人また空気に流されて、修学旅行で木刀を買ってしまう系男子になってない?


「今回のように、誠道さんを縛ることでまたなにか新たな技が習得できるかもしれません。お願いします。私たちのためにまた縛らせてください」


 深々と頭を下げて懇願してくるミライ。


 その必死な姿を見て、心が揺れる。


 もう一度言う。


 縛られたいなんていう欲求は俺にはないが、ミライの必死な訴えを見て心が揺れる。


 技を覚えるためなら、俺たちにとって利益があるのなら……うん。


 仕方がない。


 苦渋の決断だ。


 それでミライが強くなって、ミライが傷つく可能性が少しでも減るのなら、うん、俺は全然やりたくないけど、縛られる快感に目覚めてなんかないけど。


「ミライがそこまで言うならまた縛られてやるよ…………とでも言うと思ったか。俺を見くびるなよ」


「チッ、後少しだったのに」


「こいつ舌打ちしやがったぞ」


「いいから私に縛らせてください! さぁ! はやく!」


 鼻息荒くしながら、じりじりと詰め寄ってくるミライ。


「おいさっきからおかしいぞ! 悪魔にでも取り憑かれてんのか!」


 そうツッコみながら、目がすわりはじめていたミライの肩を掴んで思い切り前後に振る。


 ミライの目に光が戻った。


「はっ! 私はいまなにを……本当にすみません」


 鞭を机の上に置いたミライが、さっきよりも深く頭を下げる。


「いいよ。別に」


 今のミライは本当に反省しているように見えるので、これ以上怒ろうという気持ちにはならない。


 でも、だとしたらどうしてあんな風にミライはおかしくなって、暴走してしまうのか。


 本当に悪魔に取り憑かれているんじゃないだろうか。


 この世界にエクソシストはいるのかなぁ。


 俺が思案を巡らせていると、玄関扉をノックする音が聞こえてきた。


 つづけて、


「誠道さーん。いないんですかー! 引きこもりなのでいないなんてありえないですよねー!」


 という大変失礼な言葉を叫ぶ聖ちゃんの声が聞こえる。


 うん、相変わらずで安心したけど、心が痛いね。


 ミライと二人で玄関に向かい、扉を開ける。


 立っていたのは、やはり聖ちゃんだ。


「誠道さん。ミライさん。お久しぶりです」


 礼儀正しくペコリと頭を下げる聖ちゃん。


 今日も聖ちゃんは外側だけを見ると庇護欲をそそる可愛らしい妹系女子だなぁ。


 赤いフレームの眼鏡がよく似合っている。


「久しぶり、聖ちゃん。それで今日はどうしたの?」


「はい……実は」


 なぜか恥ずかしそうに俺を上目遣いで見てくる聖ちゃん。


 ああ、ハートが貫かれそうだよ!


「誠道さんにつきあってほしくて」


「え?」


 つ、つきあう?


 そ、それってつまり。


「俺と、聖ちゃんが?」


「はい」


 聖ちゃんがこくりとうなずいた瞬間に、後ろにいるミライのまとう空気が禍々しいものに変わった気がするんだけど、気のせいかな?


「ではさっそく一緒に――――ちょっと待ってください」


 急に聖ちゃんの顔が険しいものになる。


「誠道さん。この家の中から禍々しい負の瘴気を感じます」


 それは俺の後ろにいるミライさんのことではないでしょうか。


「私、一応【剣聖者】のスキルを持ってるので、こういうのわかるんですよ。どやぁ」


 そんな自慢げに言われても。


 この状況なら俺でもわかりますよ。


 明らかにミライさんでしょ?


「とりあえず、家の中に入ってもいいですか?」


「いや、ミライならここにいるけど」


「なに言ってるんですか? ミライさんではありませんよ」


「ええっ! じゃあなに?」


 背筋がぞわりと震えた。


 ミライじゃないって……どういうこと?


 俺の家になにか地縛霊的なものが住みついてるってこと?


 心当たりなんてひとつもないけど。


 とりあえず聖ちゃんを家にあげ、負の瘴気を発しているものを探してもらう。


「ありました。この鞭です。この鞭は呪われています」


「おいクソ女神! 呪いがかかった物を用意するなんていい度胸だなぁ!」


「この呪いは複雑ですねぇ。所持者をSM女王様にする呪いがかかってます」


「そんで呪いが特殊すぎだろ!」


 でもこれでミライがおかしくなる理由がわかったね。


 一見落着だよやったーとはならねぇあのクソ女神覚えとけよ。

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