第55話 私の大切な人

「ミライを傷つけたこと、後悔しても遅いからな」


 誠道さんがそう言った瞬間、彼のまとう空気が変わった。


 目が鋭すぎて、少し怖い。


 彼の体から放出されているすべての怒りが、一身に大度出へと注がれている。


 傷だらけの体から真っ赤な蒸気が立ち上っている。


 普通じゃない。


 誠道さんの中で、なにかが起こったのだということだけはわかる。


「ステータス【新偉人ニート】保有者の『大切な人が傷つけられ、怒りが頂点に』達しました。特殊条件を満たしたため、【無敵の人間インヴィジブルパーソン】が発動します」


 そして、誠道さんは一瞬だけ私を見て、優しく微笑んでくれた。




 ――見捨てるわけ、ないだろ。




 そう言われた気がした。


「今さらなにやったっておせぇんだよ!」


 大度出が誠道さんに向かって叫ぶ――瞬間、大度出の拳が鋼色に変わった。


 固有ステータスで得た必殺技のひとつだろう。


 これまで彼は本気を出していなかったのだ。


 


 ――でも、そんなんじゃ、誠道さんには敵わない。




 私は謎の安心感に包まれていた。


 誠道さんが私を助けにきてくれて、見捨てないでいてくれて、私のために怒ってくれて、私のために何度も立ち上がってくれて、戦ってくれる。


 それがなにより嬉しくて。


 幸せで。


 あなたに出会えてよかったと思うことができて。


「ありがとう。誠道さん」


「いいかげんくたばれぇ! 【粉砕衝撃拳ジャイロボール】ッ!」


 大度出の鋼色の拳が誠道さんに襲いかかる。


 しかし、誠道さんは暖簾でも払うかのように、拳を簡単に弾き飛ばした。


 つづけて大度出の顔を目がけて回し蹴り。


 大度出は「ぐっあっ」と情けない声を上げながら、長椅子を巻き込んで横に吹っ飛んだ。


「なんだいったい――ぐっ」


 誠道さんが大度出の胸ぐらをつかんで持ち上げる。


 腹に一発拳をお見舞いすると、また大度出は吹っ飛んだ。


「……て、めぇ、い、ったいなに、がっ」


 横たわる大度出の腹に、誠道さんの蹴りが襲い掛かる。


「おい! 鶏真、勅使、五升! なにやってる! はや、く俺……を…………」


 わずかに持ち上げた顔をきょろきょろとさせている大度出の声が、震えながら止まる。


 彼の仲間だったはずの三人からの返事は……当然ない。


 だって彼らは、すでに誠道さんに恐れをなして逃げ出した後なのだから。


「な、んで」


 彼らのつながりなんて、そんなもんだ。


 恐怖による支配なんて、そんなもんだ。


 少しは私のご主人様を見習え。


 誠道さんは、どれだけ惨めに殴られつづけようと、私のために逃げずに立ち向かってくれる。


 あんたたちが霞むほどの強さと優しさを持っているのだ。


 大度出さん。


 あなたはずっと、独りぼっちだったんですよ。


「くそがぁあああ!」


 喚きながら大度出が立ち上がるも、すぐに誠道さんに足を払われ、額を床にぶつけた。


 誠道さんが左手で大度出の髪の毛をつかんで、強引に上半身を持ち上げる。


 右手の握り拳は、真っ赤に発光していた。


「石川ぁ、てめぇ、ふざ、けんなよ」


 誠道さんの拳に宿った光が炎に、龍の形に変わっていく。


 前歯が二本とも折れている大度出は、この期に及んでもなお上から目線で。


「お、い。お前……こんなことしてただで済むと思ってんのか」


「ミライを傷つけやがって、お前の顔なんか、もう見たくもねぇ」


 しかし、誠道さんが睨みを利かせた瞬間、すぐにその強がりは怯えに変わった。


「わ、悪かったって。ゆ、赦せよ。もうしない。おまえらにも近づかねぇ、から。だから、赦してくだ――」


「【炎鬼殺燃龍奥義ひきこもりゅうおうぎ炎上翔砲ゲヘナフレイム】」


 大度出の顔に、真っ赤な龍を宿した誠道さんの拳がめり込み、そこから巨大な炎が四方八方に広がっていく。


 深紅の炎に包まれた大度出の体は、廃教会の壁をぶち破って外へ飛び出し、木々を何本もなぎ倒しながらはるか遠くへ消えていった。


 私の顔にも誠道さんの炎の熱が伝わってきて、それ以上の熱が体の内側からあふれてきて。


 教会内はしんと静まり返っていた。


 私は幸せを感じていた。


「誠道、さん」


 私がそう呼びかけると、誠道さんはこちらを振り返り、片側だけにえくぼのできる、私の大好きな笑顔を見せてくれた。


「ミライ、大丈夫――かっ……」


 誠道さんの体がぐらりと傾く。


 倒れるっ! と思った私は急いで彼のもとに駆け寄ってその体を支える。


「ありがとうございます。誠道さん」


 私が誠道さんの手をぎゅっと握ると、彼はわずかに目を開けて、私の手をぎゅっと握り返してくれた。


「ミライ。ミラ……イ」


 誠道さんは、二度、私の名前を読んでから意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る