第54話 本当の強さ

「さっきからなにキメェこと言ってんだよ! どうやら死にてぇみてぇだなぁ」


 顔を真っ赤にした大度出が駆け寄ってくる。


「お前、今俺を哀れんだなぁ。ふざけんなよ。【葬乱ホームラン】ッ!」


 いつの間にか、大度出の両手に紫色に発光するバッドが握られていた。


 逃げなきゃ、と思う前に、俺はそのバッドで右肩をぶん殴られ、後方に吹っ飛ぶ。


 床の上を転がって壁に当たって止まった後、右肩に激痛が走った。


「ざけんな! ふざけたこと抜かしやがって。【酸発連続蹴ハットトリック】ッ!」


 気がつけば大度出は俺を見下ろしており、腹に一度目の蹴り、右肩に二度目の蹴り、顔に三度目の蹴りを食らう。


 蹴られた場所が燃えるように熱くなっている。


 皮膚が少し溶けているかもしれない。


「お前なんかに哀れまれてたまるかよ! このクズがっ。クソ引きこもりがっ! 【豫番死命打捨ヨバンシメイダシャ】ァァアアアッ!」


 髪をつかまれて強引に体を持ち上げられ、紫に光るバッドで腹を殴られる。内臓が焼けるような痛みが走り、大量の血を吐いた。


「俺は毎日楽しく過ごしてんだよ。お前ごときが、俺に勝ってることなんかなにひとつねぇんだよ。【惨連弐連撃トリプルダブル】ッ!」


 禍々しい紫色の光をまとった拳を三発体に叩き込まれ、吹っ飛ばされる。


 壁に背中からぶつかって、床の上にどさりと落ちた。


 体内ではまだ衝撃が乱反射しており、体の内側を殴られつづけているかのような痛みに、気絶することすら許されなかった。


 ああ、やっぱり俺はボコられて終わるのか。


 また、これなのか。


 女神様の言う通り、俺が助けにきても無駄だったのか。




 ――誠道さんの情けない姿なんかもう見飽きています。こんなことで、私は失望なんかしませんよ。




 いや、違う。




 ――私をどうか、見捨てないで!




 俺はミライの思いに応えなきゃいけない。


 何度殴られようとも、蹴られようとも、対抗手段がなにもなくとも、立ち上がって、立ち向かって、こいつらを張り倒して、ミライと一緒に家に帰らなきゃいけない。


 だって俺は引きこもりだから。


 俺の引きこもり生活をサポートしてくれるミライと一緒に、最強の引きこもりになると約束したのだから。




 ミライが俺を信じてくれたのだから!




「けっ、クズが。お前なんか俺様の足元にも及ばねぇんだよ」


 溜飲が下がったのか、ようやく大度出が暴力を止める。


 横たわっている俺に近づいてきて、下卑た視線で見下し、唾を吐きかけてくる。


「惨めだなぁ。いつも、いつまでも、これからもお前はずっと俺の奴隷なんだよ」


「惨めなままで、かまわない」


 俺は歯を食いしばって立ち上がる。


 瞼が腫れているのか、視界は狭い。


 口の中には血の味が広がっていく。


 呼吸をするたびに胸に激痛が走る。




 でも、そんな些細なことは俺の覚悟を揺るがさない。




 俺の中で燃えている炎は、絶対に消えない。




「俺はっ、ミライのために、お前らなんかに負けられねぇんだよ」


 何度ボコられても、何度だって立ち上がる。


 ミライのために、そう決めたのだから。


 逃げるわけにはいかないのだから。


「こいつ……ウゼェんだよ弱虫がぁ!」


 大度出が拳を振りかざしたときだった。


「誠道さんは弱虫なんかじゃありません」


 女神像の後ろから、あざだらけのミライが姿を現した。


 大度出たちを鋭い目で睨みつけている。


「大度出さん。弱虫なのはむしろ、あなたの方です」


「はっ? 今なんつった?」


 大度出がミライの方を向く。


 ミライは険のある表情を崩さない。


「あなたは世界一の小心者だと言ったんです。だってあなたは異世界にきた当初、絶対に反抗しない誠道さんで経験値稼ぎをした。それは、固有ステータスをカンストできていたのに、魔物と戦うのが怖かったから。怯えていたから。違いますか?」


「調子乗んなよテメェ!」


 大度出はミライのもとへ走り、彼女の顔を思いきり蹴飛ばした。


「くぁあがっぁぁ」


 ミライの悲鳴が教会内にこだまする。




 ――その瞬間、俺の中でなにかが崩壊した。




 ぷつりという音が体の中から聞こえてくる。


「……した……」


「あん? なんだって? 聞こえねえよ」


「お前、ミライになにをしたぁぁぁぁ!」


 自分でもこんな声が出るとは思わなかった。


 頭に血がのぼるとは、こういうことを言うのか。


 怒り狂うとは、こういう感覚になることを言うのか。


「ふざけたこと抜かすやつを制裁してなにが悪い? 嘘つきは泥棒のはじまりだって言うだろ?」


 気持ち悪い笑みを浮かべながら、足の裏でミライの顔を踏みつける大度出。


「……いいかげんにしろ」


 俺は拳をぎゅっと握りしめた。


「大度出。覚悟はいいんだな」


 体がものすごく熱い。


 なんだろうこの感覚は。


 意識が保てない。


 だけどこの感覚に身を委ねていいと、体中の細胞が確信している。


「ミライを傷つけたこと、後悔しても遅いからな」


 そして、俺は意識を失った。


 その直前に流れた天の声を俺自身が理解するのは、もう少し後のことになる。




「ステータス【新偉人ニート】保有者の『大切な人が傷つけられ、怒りが頂点に』達しました。特殊条件を満たしたため、【無敵の人間インヴィジブルパーソン】が発動します」

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