第6章 異世界でも俺は引きこもりたい
第45話 新たな特訓
「誠道さん、ちょっとご相談があります」
朝食を取った後、リビングのソファに寝そべって膨れた腹をさすっていると、食器の片づけを終えたミライが話しかけてきた。
「実は今日、誠道さんに新たに受けていただきたい訓練があります」
「新しい訓練?」
嘘でしょ?
毎日の筋トレのほかに、また新たな筋トレメニューが加わるの?
それは嫌だなぁ……………あ、でも。
昨日の出来事が頭をよぎる。
大度出に絡まれて、なにもできずに弱虫イエスマンに成り下がろうとした自分。
ミライに助けられて、泣いてしまった自分。
本当に惨めだった。
新しいメニューをミライが考えてくれたのも、俺に自信をつけさせるためなのだろう。
だったら、俺は。
「わかった。やるよ」
「え?」
「なんでミライが驚くんだよ」
「いや、絶対に反対されると思いまして」
「俺をなんだと思ってんだよ」
「ただの引きこもり?」
「あってるから言い返せねぇな。……俺にも思うところがあったんだよ」
「そうですか」
頬を緩めたミライはとても嬉しそうだった。
「じゃあ、さっそく先生を呼んできますね」
その言葉を残して、ミライはリビングから出ていく。
「え、先生って……」
つまりパーソナルトレーナーってことだよな?
筋肉ムキムキのお兄さんが出てくるの?
もし今からでも変更が可能なら、綺麗なお姉さんがいいなぁ。
筋トレを教えてもらっているときは密着状態で、体と体が触れ合って……むひひひ。
「誠道さん。先生をお連れいたしました」
「はい! 手取り足取りおねがいします!」
第一印象が大事だと、元気な声で挨拶しながら振り返ると。
「…………おお」
マジシャンが着るようなタキシードを着た女性が立っていた。
胸は控えめだが……まあいいだろう。
大きなサングラスをしているが、顔の下半分だけでも美人だとわかる整った顔立ち。
ボブヘアーの金色の髪は宝石のように輝いている――って、うーん、なんか見たことある気がするんだが、まあいいか。
それよりでかしたミライ!
女性を連れてきてくれてありがとう!
「こちら、メンタリストのイツモフさんです」
ミライが手を添えながら紹介すると、イツモフさんは軽く頭を下げた。
「どうも。ご紹介にあずかりました。私、イツモフと申します。ここにいるミライさんからご指名を受け、あなたの思考回路をポジティブにするためにやってまいりました」
おお、挨拶を聞いただけなのに、すごく礼儀正しい真面目そうな人だという印象だ。
俺が異世界で出会ってきた人が変人ばかりだから、ハードルが低くなっているのだろうか。
……でも、思考回路? ポジティブ?
体と体を密着させるパーソナルトレーナーではなくて?
「今あなた、私のことを真面目そうだと、そう思いましたね」
「えっ? どうしてわかったんですか?」
「当然です。なぜなら私は超優秀なメンタリストですから。表情から心を読んだのです」
純粋にすごいと思った。
パーソナルトレーナーではないのは残念だが、これは信頼できそうだ。
自分のことを超優秀と言ったのもうなずける実力である。
「心を読むって、すごいですね」
「そうでしょうそうでしょう! 私のことはどんどん褒めてください! 私は超優秀で真面目なメンタリスト。縮めてマジメンタリストなのですからっ!」
あれれー、一気に信用ガタ落ちしたんですけどー。
超優秀なんて自分で言っちゃうやつなんて絶対信用ならないよね。
ミライが連れてきたやつを信頼しちゃいけなかったよね。
「ちなみに、私のフルネームはイツモフ・ザケテイル!」
こいつ絶対真面目じゃねぇじゃん!
名前からして真面目じゃねぇじゃん!
「そして私の父の名はキットフ・ザケテイル。母の名はタブンフ・ザケテイル」
一族みんなフザケテイルじゃねぇか。
真面目成分が含まれる遺伝子は、この一族に限り、進化の過程で完全に捨てちゃったんですね。
「さらに、偉大な祖父の名はカーペンター」
「意外とすぐふざけはじめた人が見つかったよ!」
一族みんなとか言ってごめんなさい。
こいつの父と母がふざけはじめたんですね。
「いや名づけたのはその親だから犯人は祖父母世代、カーペンターさんだぁ!」
これは、もしかしてあれですか?
田中さんや佐藤さんが
ラノベ書きはじめの人が、珍しい苗字ばかりつける謎の病気と同じですか?
一時期の
物書き界隈では、きっと鷹は絶滅しちゃってたんだと思う。
「なぁミライ。本当にこの人で大丈夫なのか?」
「問題ありません。イツモフさんは優秀なマジメンタリストで、数多くの方を救っております。『こんなにバカげたやつが自信満々に生きているんだから、俺も前を向いて生きられそうだと思えた』ともっぱらの評判です」
「なるほどね」
それをあえてやっているのなら、こいつはやっぱりすごいという認識になるのだが、どこからどう見ても、これがこの人の素だよね。
大丈夫かなぁ。
マジメンタリストじゃなくて、明らかにマジヤバメンタリストだよね……?
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