第42話 素敵な求人票
翌日。
ミライだけに買い物を任せていたら借金が増えつづけるだけだと思った俺は、一緒に買い物にいくことにした。
「ミライ、今日からは俺と一緒に買い物にいくぞ」
「そ、それはもしかして昨日のことで考えを改めて、私とデー」
「お前に任せると借金しか増えないから。監視だよ」
あからさまに残念そうな顔をするミライ。
こいつ、またストレス発散とか言って大量買いする予定だったんだな。
「わかりました。まぁ、どうしようもない極度の引きこもりの誠道さんが、自分から外に出ようとしているのですから、一応喜んでおきます。わーウレシイナー」
「全然喜んでないだろ」
「喜んでいます。どうしようもない極度のアホの引きこもりの誠道さんが」
「俺をバカにする言葉が増えてる気がするんですけど」
そんなこんなで、俺は機嫌の悪いミライと一緒に街を歩いていた。
こうして街をゆっくり歩くのなんていつぶりだろう。
「誠道さん。今日はなにが食べたいですか?」
いつ機嫌が直ったのかはわからないが、ミライが満面の笑みで聞いてくる。
「そうだなぁ。じゃあとろとろ卵のオムライスで。あ、でもあれ、グリーンピースによく似たブラックキキョウの実は入れないでもらえると助かる」
俺はグリーンピースが大の苦手だ。
だから当然、食感が同じブラックキキョウも苦手なのである。
そもそもブラックキキョウっていう名前がなんか嫌だし。
なぜかはわからないけど、ものすごい嫌悪感を抱いてしまう。
「わかりました。ブラックキキョウたっぷりのオムライスですね」
「あれ、俺たち同じ言語しゃべってるよね?」
「同じ言語をしゃべっていても、意思疎通が完璧にできるとは限らないですけどね」
昨日と同じように、プイッとそっぽを向くミライ。
機嫌を直してくれたと思ったのは、どうやら勘違いだったようだ。
「なぁ、いいかげん機嫌直してくれよ」
俺は正直に気持ちを伝えることにする。
「ミライがせっかく作ってくれる手料理を残したくないんだ。ミライの作ってくれる料理はすごくおいしくて大好きなんだけど、ブラックキキョウだけはどうしても無理でさ」
「……はぁ。わかりました」
それが功を奏したのかはわからないが、ミライはようやく納得してくれた。
「まったくもう。その歳にもなって好き嫌いなんて……仕方ないですね。ホワイトキキョウの実にしてあげます」
「ありがとう。そっちは大好きなんだ。ミライの料理の腕前と合わさるんだから、今日の夜が待ち遠しいよ」
ホワイトキキョウ。
ブラックキキョウと違って、名前がまず素晴らしい。
心癒されるというか、なぜだがわからないけど無条件に安心する。
「お褒めいただきありがとうございます。……あっ、そういえば」
「ん? どうした?」
「ホワイトキキョウで思い出したのですが、私、この後ホワイトキキョウ栽培ファームのバイトの面接予定を入れているんでした」
「え? ミライがバイトするの?」
「誠道さんがバイトをするんですよ」
「は?」
なにそれ、初耳なんですけど。
「いや、『なにそれ初耳なんですけど? でもホワイトキキョウで働けるなんて最高じゃん』みたいな顔しないでください」
ミライが変なことを言い出したので、ちょっときつめの口調で言い返す。
「これが喜んでいる顔に見えるか?」
「どうしてですか? 食うだけの人が家にいればそれはただの穀潰し。あなたの食費がどれだけの負担になっているか」
「最大の負担はミライの作った借金だけどな」
「たとえバイトでも、働いていれば親戚の集まりの際につらい思いをしなくて済みますよ」
「たしかに引きこもりにとって親戚の集いは地獄だけど! でもこの世界に親戚はいないからその理論は成立しないぞ!」
「一度、求人票を見てください。見ないで物事を判断するのはよくありません。誠道さんでも働けそうな求人を探してきましたから、ご安心ください」
「それならまあ、見るだけだからな」
たしかにミライの言うとおりだ。
実際に見ていないものを否定するのはよくない。
それに、ホワイトキキョウ栽培ファームなんだろ?
だったら働いてみてもいいかもしれない。
「ありがとうございます。求人票はこちらです」
「おう。ありがとう。えぇっと、なになに?」
そこのあなたも、未経験から『ファーミングプロフェッショナルアンバサダー』になりませんか?
大量募集!
アットホームな職場です!
やりがいのある仕事です!
新人のうちから裁量ある仕事を任せます!
週休二日……
「地雷原が広がってんじゃねぇか!」
ここまで地雷だらけの求人、逆に尊敬するわ。
「ホワイトキキョウを作ってるところがブラック企業って、絶対だめだろ!」
これを知ってしまったばっかりに、今後ホワイトキキョウを食べるときには、そこで働いている人のことを考えてしまって、もうあなたをおいしいとは思えなさそうです。
血と汗と涙の味がしそうです。
「え? どうしてですか? 素敵な仕事にしか見えませんけど」
「いやいや、まず未経験を大量募集してる時点で地雷だから」
「でも、アットホームな職場って、やりがいのある仕事って」
「そんな曖昧なもんしか紹介することがねぇだけだよ」
「じゃあ、新人のうちから裁量のある仕事を任せますって言うのは」
「こんなもん、仕事を教えてくれる人間がやめちまっていないだけだ」
「だったらこの週休二日っていうのは」
「週休二日ってのはな、一か月のうち一週でも二回休みがあれば週休二日って書けるんだ。完全週休二日なら話は別だが」
「もう、ああいえばこういう。文句ばかりなのは引きこもりの悪いくせです」
「この求人票がおかしすぎるんだよ」
「いいですか誠道さん。この求人の最大の特徴は、未経験から『ファーミングプロフェッショナルアンバサダー』という格好いい職業になれることなんですよ」
「それが一番地雷だわ。いいかよく聞けよ。グッドライフコーディネーターはただの保険の営業、テレフォンカウンセラーはただのクレーム処理係なんだよ。無駄にカタカナの名前にして好印象を稼ごうとしてるのが一番たち悪いわ」
しかも、『ファーミングプロフェッショナルアンバサダー』ってなんだよ。
意味わかんねぇから。
「そう、なんですね」
ミライががっくりと肩を落とす。
ようやく、この求人票がいかにおかしいかがわかってくれたか。
「わかりました。じゃあこっちはどうですか? ブラックキキョウ栽培ファームで、あなたも未経験から『ベストファーマーアポインタリスト』に」
「そっちは名前通りのブラック企業じゃねぇか!」
アポインタリストってなんだよ。
謎の造語を作んな。
「もう。さっきから文句ばっかり困ります。だって私、誠道さんがバイトで稼いでくる前提で、いろんな物の購入予約をしていたんですから」
「そういうことだろうと思ったよ! 今すぐ全部キャンセルしてこい!」
そこから少し言い争いになったものの、ミライは渋々バイト面接と予約商品のキャンセルにいってくれた。
「ふぅ、なんとかなったな」
ミライの背中を見送って、ようやく一息つく。
本当に疲れた。
早く家に帰って寝よ……って。
「ちょっと待てよ」
胸がどうしようもなくざわめいている。
俺がわざわざ外出した当初の目的はなんだったっけ?
ミライが変な買い物をしないように見張ることじゃなかったか?
それなのに俺は今、ミライに全部キャンセルしてこいと言って、彼女を単独で行動させてないか?
――全部キャンセルしてお金が浮いたので、新たにこれを買ってきました!
この場合、ミライなら大きな壺を抱えながら戻ってくるに決まっている。
絶対にそうだ!
そうなる前に追いかけないと!
ああもう、なにやってんだよ俺は!
後悔先に立たず、急いでミライを追いかけようとした、そのときだった。
「おい」
唐突に、後ろから声が聞こえた。
「こんなとこでなにやってんだよ、石川」
大きな手で肩をたたかれ、体が一瞬にして固まる。
抑えよう、こらえよう、なんて思う間もなく、体を恐怖が蹂躙していく。
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