第41話 ぐちゃぐちゃ

 俺たちがレッサーデーモンを倒したという事実は、瞬く間にグランダラ中に知れ渡った。


 なんでも、あの山は他の街との交易に重要な場所だったらしく、レッサーデーモンが現れてから、それが途絶えていたそうだ。


 ま、俺たちにとっては借金を完済できたことがすべてなのだけど。


 スインスイのクーリングオフもできたし、これでようやく借金生活が終了した。


「ああ、世界がカラフルに見えるよ」


 誇らしい気持ちで今日も家に引きこもっていると、玄関の扉をノックする者が現れた。


 やってきたのは聖ちゃん。


 とりあえずリビングに通す。


 ミライがお茶を入れて、聖ちゃんの前に置いた。


「あ、ありがとうございます」


 聖ちゃんはきちんとお礼を言い、両手でコップを持ってふぅふぅと息を吹きかけてからお茶を啜る。


 本当に可愛らしい。


 魔物を前にしなければ本当にいい子なんだがなぁ。


 俺は聖ちゃんの対面に、ミライは俺の横に座った。


「で、今日はどうしてここに?」


「あ、そうでした」


 聖ちゃんの眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝く。


「実は、お二人がレッサーデーモンを倒したとお聞きしまして」


「まあ、そうだけど」


「本当にすごいです。レッサーデーモンはものすごく強い魔物ですから」


「ま、まあ俺にかかればあんなもの、一撃で跡形もなく粉々だよ」


【愉悦の睾丸女帝】という異名を持っている、遥か高みにいってしまった聖ちゃんから褒められると、なんだか鼻が高い。


「一撃……で? 跡形もなく?」


 聖ちゃんの表情が固まる。


 尊敬の眼差しから一転、哀れみをその視線に込められた。


「どうしてそんなもったいないことができるんですか。引きこもりの家にわざわざうかがったのに、それじゃあレッサーデーモンをぐちゃぐちゃにしたときの感想を聞けないじゃないですか」


「俺に魔物をぐちゃぐちゃにする趣味はないぞ」


「そんなのおかしいです。人生の半分は損してます」


「人生の半分云々を言うやつのウザさは尋常じゃないからな。明らかに聖ちゃんの方がおかしいからな」


「だって、レッサーデーモンと言えばぐちゃぐちゃにしがいがある魔物ランキング第二位ですよ? それを一撃で粉々って。おかしいです。じっくり一か所ずつぐちゃぐちゃにして堪能しましょうよ。お寿司とステーキとフカヒレが好物だからって、全部を一緒にミキサーに入れてぐちゃぐちゃにして食べますか? しませんよね? それぞれ楽しみますよね? つまり好きなものをぐちゃぐちゃにするのはよくないんです!」


「あなたは魔物をぐちゃぐちゃにしてますけどね。例えが悪すぎて聖ちゃんがなにを主張したいのかちっとも頭に入ってこなかったよ」


「こうなったら仕方ありません。私、今からレッサーデーモンの巣窟と呼ばれる場所にいってきます。そこから弱らせたレッサーデーモンを連れ帰ってくるので、レッサーデーモンを気持ちよくぐちゃぐちゃにするにはどうしたらいいか、手取り足取りレクチャーしてあげます」


「結構ですけど」


「よかったです! では、レッサーデーモンの生息地までは最低でも二日かかるので少しだけ待っていてください。必ず一緒にぐちゃぐちゃにしましょう。いいですか。逃げないでくださいね」


「なんで俺が肯定したことになってんの? 聖ちゃんは日本語を覚えたての外国人ですか?」


「はぁ。誠道さんのおかげで面倒が増えました。せっかく遠い場所にしかいないレッサーデーモンが向こうから寄ってきてくれたのに。本当に意味がわかりません」


 聖ちゃんは謎の愚痴をこぼしながら帰っていった。


「なぁ、ミライ。俺たち、レッサーデーモンの倒し方、間違っていたのかな?」


「聖さん。やりますね。まさかそんな方法で誠道さんをお出かけに誘い、共通の趣味を得ようとするなんて」


 顎に手を当ててぶつぶつなにか呟いているミライ。


 ちょっと、俺の話聞いてる?


「み、ミライ? 俺、今なにか間違っていたかなって聞いてるんだけど」


「誠道さんも誠道さんです。あんな簡単に聖さんを受け入れて。おかしいですよ。間違っています」


 なんだかよくわからないが、ミライから怒鳴られてしまった。


 しかも俺の方が間違っていたらしい。


 レッサーデーモンはぐちゃぐちゃにして楽しむのが通だなんて、そんなの信じられるかよ。


「あー、もうほんとに誠道さんは。どうしてこうも鈍感なんでしょうか」


 プイッとそっぽを向いてリビングを出ていくミライ。


 ほんと、意味わからんな。


 俺は自室に戻ってふて寝したが……それがまずかった。


 俺が部屋から出ていった後、ミライはストレス発散という名目の元、後払いで大量のユニコーンの角を買ってきたのだ。


 そのため俺たちは、また借金生活に逆戻りするのでしたとさ。

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