第14話 初めての敵はやっぱりゴブリン

 そうして、俺とミライは街の外にきていた。


 現在、俺たちが立っているのは広大な草原地帯。


 遠くの方には鬱蒼とした森とごつごつした岩山が見える。


 日本と違って自然が豊かだから空気がとても澄んでおり、思わず大きく背伸びをしていた。


 爽やかな風が心地よい。


「いやぁ、異世界の空気ってこんなにおいしかったんだなぁ。解放感もすごいし」


「お言葉ですが、外の空気がおいしいと感じるのはここが異世界だからではなく、ただ単に澱んだ家の中にずっと引きこもっていたからでは? そりゃあ家よりは解放感もあるでしょうし」


「悲しいこと言うな。正論が一番人を傷つけるんだぞ」


 あ、ちなみに俺の武器は家の物置にあった、見るからに使い古された棍棒。


 防具はなし。


 ゴブリン相手だったらそれで充分なのだとか。


 この街の近くにはゴブリンしか生息していないので、他の魔物が出る心配もなし。


「さっそくゴブリンを探しましょう。記念すべき誠道さんの初戦闘ですから、写真もたくさんお撮りいたしますね」


「ちなみにそのカメラっぽい機械はどうした」


「もちろん後払いで買いました。画像保存機の最新モデルです!」


 はぁ。


 もう呆れてため息も出ねぇ。


 いや出てたわ。


 後先考えずにお金を使うミライに辟易しつつ、恐るおそるゴブリンを探す。


 二人で川の方に歩いていくと、水を飲んでいるゴブリンを見つけた。


「ほんとにいるんだな……すげぇ」


 ちょっと感動。


 身長は五十センチくらいで、ゴブリンと聞いて誰もが想像する通りの、汚い小鬼みたいな姿をしている。


 最弱の魔物だと聞かされているが、実際に目にするとやはり恐怖を感じる。


 だって、もし万が一負けちゃったら終わりなんだよ?


 セーブもできないしコンティニューもない。


 死に対する恐怖を感じるということは俺が生きたいと思うようになっている証拠だからいいことでもあるんだけど。


 戦う、しかも相手が魔物とはいえ命のやり取りなんて、前向きになれる方がおかしい。


 経験しないでいいのなら経験したくないと思うのが普通じゃないだろうか。


「あれ、そういやゴブリンって群れで行動するもんじゃないの? ゲームとかラノベの中だと、恐るべきGみたいに一匹いたら百匹はいる的な感じだったし」


「この世界のゴブリンは単独で行動します」


「そうなのか?」


「はい」


 うなずいたミライはちらりと俺を見て、意味深な笑みを浮かべる。


「きっとゴブリンは、コミュ障なだけなのにひとりが好きだって強がっている、思春期拗らせ系男子なのでしょう」


「まさかと思うけどさ……今、俺のことバカにしたよね?」


「あくまでゴブリンの話です。早くしないと逃げてしまいます。いきましょう」


 ミライに手を引かれ、俺はゴブリンの背後に立つ。


 俺たちに気づいたゴブリンは、振り返って俺たちを交互に見て「アア、ググ、ア」と怯えたような声を出した。


「ははは。なんかいけそうな気がしてきた。こいつ怯えてるぞ」


「いえ、たぶんコミュ障を発揮しているだけです。この世界のゴブリンは簡単な言葉なら話せますので」


「ゴブリンがコミュ障って本当だったのね」


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 怯えている今がチャンスだ。


 戦闘ド素人の俺から見ても、このゴブリンには隙がありすぎだ。


 俺は棍棒を強く握りしめ、襲い掛かろうと右足を踏み出し。


「待ってください」


 勢い余って前に転びかける。


「おい! いいところで止めんなよ!」


「ただ倒すのはもったいないですから、ここは、誠道さんが昨日得た必殺技【昼夜逆転しがち】を試してみましょう」


「まあ、たしかにそうか」


 昨日は、その必殺技名のせいで女神様にバカにされていると思い込んで――いや確実にバカにされているからやさぐれてしまったが、どんな能力か試してみないと、実用的かどうかの判断もできない。


「それに、引きこもりが昼に、しかも屋外で活動しているこの状況が奇跡ですからね」


「おい。まさかそれも俺をバカに」


「あくまでゴブリンの話です」


「ひとつ言っておくけど、その言葉、いつまでも万能じゃねぇからな」


「肝に銘じておきます」


「そこで肝に銘じたちゃったら俺をバカにしてるのと同義だからな! ……まあいい。とりあえず試してみっか」


 俺はゴブリンに向き直り、必殺技を使おうとして……。


「って逃げてんじゃねぇか!」


 そりゃこんだけべらべらと話してたら逃げるよね。


 でも、俺たちに恐れをなして逃げるくらい弱い魔物だということが判明したので、結果オーライだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る