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@fkt11

プロローグ

 人間はひとくきの葦にすぎず、自然の中で最も弱いものである。しかし、考える葦である。


       ブレーズ・パスカルの断片集「パンセ」より


   ◇ ◇ ◇


 窓際に置かれた机と椅子、白いシーツがかけられた大振りなベッド。家具と呼べるものはただそれだけのシンプルな部屋で、一人の少年が机に置かれたコンピューターの画面に向かっている。目は画面上に並んだ数字の列を追い、白桃のような左頬は午後の柔らかな陽光を受け、透き通った産毛を浮かび上がらせていた。


 七歳の誕生日から八ヶ月、ボールと自転車は物置の奥で埃をかぶり、サッカーとサイクリングはこの世に存在しないものとして少年の意識の外へ閉め出されて久しい。今は数字が少年のおもちゃであり、計算が唯一の遊びだった。


 パスカルの三角形というものがある。正の整数を単純な規則に従い三角形状に並べたもので、誰にでも簡単に作ることが出来る。この三角形には、三角数、三角錐数、フィボナッチ数、カタラン数等、数学上の興味深い性質がいくつも内包されていて、つい最近そのことを知った少年は、静かな興奮を味わい、抽象と記号の世界にますますのめり込むようになっていた。


 背にしたドアが三回ノックされた。


 いつものように返事はしない。

 少しの間をおいて、カチャリと湿った金属音がした。空気が動いてドアが開いたと知るが少年は振り向かない。おやつなら黙って机の端に置かれるだろう。

 みしみしと重量感のある足音が近づくのを背中で聞きながら、目はコンピューターの吐き出す数字の列を追い続ける。

 足音は無言のまますぐ後ろまでやってきて、立ち止まった。


 何か変だ。


 少年はようやく背後の気配に興味を持ち、前屈みになっていた上半身を起こした。

 低く滑らかなモーター音がして肩が叩かれる。


 誰?


 振り向いた少年の目が捉えたのは、この先十年間、ずっと生活を共にすることになる、彼の新たなパートナーだった。

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