15
「一体どういうことだ?」
サイの言葉にイズールは息を呑む。
「ワルターを倒すほどの力を持つものはこの街にはもうゲトしかいない。アルマの力はその人間が持つ欲望や、願望を増幅する力だ。ゲトにもニーナと同様の事が起きていても不思議ではない。力に囚われ、後戻りのできない所にまで達してしまえばゲトを救う術はいよいよ無くなる」
「……ミュウ・レダの仇討ちをしようとしているのか。であれば次に狙われるのはウェン・アリーシだ。あれもミュウ・レダの件に関わっている。どうする?」
イズールはこれまで見た事の無い動揺を見せている。彼のゲトへの思いは、サイが思うよりも何倍も強かったらしい。
「気配を絶つ事に長けているゲトを見つける事は難しい。ならば、ウェン・アリーシを見つければいい……」
サイはイズールにそう告げると、道衣を大きく払い静かに精神を集中させてゆく。
サイは目を瞑ると、サイとイズールの呼吸が残る部屋から、鮮明に描写した精神世界に入り込む。全身を巡る血流を、大地に循環させるように徐々に内側から外側へと伸ばしてゆく。魔導は色と形を持つ。サイの中から生まれ伸びゆく白き糸は、根を張りながら蜘蛛の巣状に広がると、部屋中を埋め尽す。
「これは……」
イズールは目の前で起きている現象に戸惑いを見せる。サイはさらに屋外まで糸を伸ばしてゆく。部屋を抜けて路地裏を進みながら幾百にも分かたれた魔導の糸は、街全体へとその範囲を拡げてゆく。サイの感覚は伸びゆく糸と同期しながら逐一情報をサイへと届ける。
闇に包まれた中に動く人の呼吸を通じて、サイは己が記憶の中にあるウェンの気配を探ってゆく。荒々しく危険性を秘めたウェン・アリーシの気配。人の出歩かぬ街中で怪しい物音の一つも逃すまいと探っていたサイは、暗い道を走り慌てた様子を見せる足音を捉える。
そして、ウェンの目の前には狂気の瞳を見せる男があった。
「見つけた。時間がない、行く!」
頭を垂れたイズールの横をすり抜けるようにサイは身を進め、部屋の端にある窓際へと到る。
サイは窓を大きく開けると、一切躊躇うことなく闇夜に身を投げ出す。
高所にあったイズールの部屋から驚くべく靭やかさを持って地に降り立つサイ。イズールが窓から身を乗り出した時には、サイの姿はもうそこにはなかった。
「……頼む、サイ導師」
* * *
遠くに悲鳴が聞こえる。サイは焦燥に駆られながらも、魔導の糸が捉えたウェン・アリーシへの最短距離を走る。
「何で、何でお前が出張って来るんだよ!
ドスンという鈍い音がして男は悲鳴を止める。
ウェンの腹部を抉るように、ゲトの足が埋まっている。口腔から血を吐き出し、苦悶の表情を見せるウェン。
「ゲト!」
サイはそのままウェンを組み伏せようとするゲトの姿を捉えて、肩に手を掛ける。
──ジャッ、ギンッッ
殺気を身に受けたサイは、飛び退りながら剣を抜き、瞬時に守りを固める。サイの身にゲトの刃が触れる
一合交え、離れる。距離にして七歩。事の間断を縫ってゲトの拘束から逃れたウェンは、這うように戦場の影へと逃れる。
「導師殿、なぜ邪魔をする? 導師殿はこれとは縁がなかろう?」
「ゲト、それがお前の道であるのならば、俺も止めはせんさ。だが、お前が今歩もうとしている道は、辛酸を舐め、地獄を見ても尚生きてきたお前の覚悟と相反するものだ」
「導師殿。クエル・アリーシが死んだ今、もはやこれを守るものは誰もいない。ここでレダの恨みを晴らさずにいてどうする」
「クエル・アリーシが居ようが居まいが、お前ならいつでもウェン・アリーシを殺れたはずだ。何故それをやらなかったのか、いま一度思い出してみろ」
サイの言葉に首を傾げるゲト。瞳は揺らぎ、ウェンを見てから、ぎこちなくサイへと戻る。
「……面白いことを言う。だがそうか、なるほどなぁ。確かに違和感はあった。なぜこんなにも己を抑える事が出来ぬのかとな。でももうこの憎悪を抑えることは出来そうにない。今更狂ってしまったということか……。これが十年前であれば楽に終われたというのに、悲しいなぁ」
言葉とは裏腹に乾いた空気を吐きながら笑っているゲト。
「安心しろゲト・サイラス。グアラドラのサイ・ヒューレが、お前の呪縛を払ってやる」
サイは静かに深紅の剣をゲトに向ける。
赤い光に照らされてゲトの瞳は三日月を描いた。
土煙が舞い、戦いの火蓋が切られる。
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