14





 過ごした時間は短いのに妙に歩き慣れてしまった狭い通りを抜けて、目的の場所へとサイは足を運ぶ。建物の主人による指示がなされていたためか、入り口においても滞りなく話は進む。意識を失っているニーナを使用人の一人に預けてサイが案内されたのは、サイも一度訪れた事のある部屋であった。


「進展があったようだな」

 椅子に座り机の上に視線を落としていたイズールは、手を止めぬままに、こうなることを予見していたかのような口ぶりで話を切り出してくる。


「この街には本音を言わぬものが多くて苦労をさせてもらった」

「隠し事が多いというのは事実だな。それもまた人間というものだ」

 机の上から顔を上げサイを見るイズールの視線は、何かを試しているように見えた。


「ニーナの状態を見るに、アルマの話と邪眼の件は本当なのだろう。だが、イズール殿にはそれ以外に本当の目的があるようにみえる」

「ほう……聞かせてもらおうか」


「イズール殿は、偶然か必然か、アルマという幼子を保護することになった。だが、そのことによってこの街に長らく埋もれていたはずの問題が再び表面に浮かび上がる事になる」

「問題とは?」


「アルマの存在はかつてこの街にあったレダ商会と、そこに降りかかった悲劇を思い出させる切欠となってしまう。それは、レダ商会に最も近しい人間であった亡霊の娘、ニーナ・ハミルトンの復讐心を最悪の形で呼び覚ましてしまう程のものであった」

「……ふむ」


「レダ商会が潰える切欠は十年前に行われた帝国との商談にあるという。だが、今の今まで真相が有耶無耶になっているというのがどうにも解せない。イズール殿が放置していたということも、くだんの事件の裏側には何か隠されているものがあるという事を示すことになる」

「なるほど。導師殿はそこに何か含まれたものがあると考えたわけだな。話の筋は通らなくもない。だがそれだけでは不十分だな」


「鍵となるのはレダ商会の存在だ。レダはアリーシと並ぶ程に大きな商会であったという。であれば、いかに悲劇に見舞われ失意に沈もうとも、それだけで瓦解する程脆弱であるはずがない。商会の中には原因を探し出し、対抗しようとする者が少なからず存在したはずだ。だが、実際にはそういった事は起きていないようにみえる。ニーナがイズール商会にいて、レダ商会がなくなっている事が答えとしてあるように」


 イズールの瞳は徐々に細まり、サイを見る目つきが変わってゆく。冷ややかで何もかも切り裂くような冷徹な瞳に、少しばかり情の色が覗き見える。それを見たままサイは言葉を続ける。


「何故そのように事が上手く運ぶのかと考えた時に、考えられる答えが一つだけある。たとえばそれは、レダ商会の残党を纏め上げ、さらには怒りの矛を収める事の出来る人物がいたのではないか、とな。そしてそのような人物が現実にいたとしたならば、それはレダの会頭に次ぐ力を持ち、レダの商会内で発言力のある人間であったはずだ」

「中々面白い話だな」


「……この話で一番重要なのは、ラザン・ハミルトンが死んだ場所とタイミングだ。ニーナはこうも言っていた。父は十年前に死んだと。はたしてアリーシ商会を襲い、グレン導師と戦った亡霊は本当にラザン・ハミルトンであったのか。それとも、亡霊の遺志を継いだニーナ・ハミルトンであったのか……」


「……」

「ワルター・エンドが内に秘めた力は強大だ。十年前と今ということを考慮に入れても、ニーナの力量で奴を退ける事は叶わない。そうなれば必然的にアリーシ商会を襲撃した亡霊はニーナではないということなる」

「ならばラザン本人ということになるな」


「いや……もう一人だけ可能性のある人間がいる」

「誰だ?」


「ゲト・サイラスだ。ニーナは意識を失う間際、ミュウ・レダが自身の妹であると言い、ゲト・サイラスがミュウ・レダの婚約者であると言った。ラザンとニーナが親子であるという事は、必然的にミュウ・レダもラザンの娘ということになる。そこにどのような事情があるかは分からぬが、関係性を辿れば突き当たるのはゲトだ。それにもう一つ、今回の事件と十年前の事件に共通していることがある。それは、ともにグアラドラの導師が関わっているという事だ」

 サイはイズールから目を逸らさない。イズールは重い腰を上げ椅子から立ち上がると、明かりに照らされていた表情を隠すようにサイに背を向ける。


「ふむ、流石に驚いたな。僅かな情報を寄り集めて真相に近しい所にまで至るか。さすがはグアラドラの導師、か。なに、茶番とは言ってくれるな。確かにグアラドラの導師を利用させてもらったのは事実だ。復讐の連鎖を断つためには必要な事であった。もう少し時間があればもっとやりようがあったのではないかと思う事もあるがな」


「十年前……亡霊に扮してアリーシ商会を襲撃したのは、ゲト・サイラスか?」

「そうだ。ラザン・ハミルトンは馬車襲撃の折、娘であるミュウ・レダを盾にされて殺された。だが、レダの主要人物が悉く虐殺され、亡霊が死んだ事まで公になってしまえば、それは街を殺戮の舞台へと変えてしまう。それを防ぐためにはミュウ・レダと婚儀を行い、レダの新たな会頭となるはずだったゲト・サイラスが動く必要があった。裏で亡霊に扮し、表では皆を鎮める必要がな。何もかもを塵に還す必要はない。レダとアリーシ双方の落としどころが必要だったのだ」


「ミュウ・レダを殺したのは本当にアリーシ商会だったのか?」

「関わったのは帝国宰相の子飼いと、アリーシ商会内部の鷹派の一部だ。レダは黄金の子を宰相へと引き渡したが、その時既に宰相派は現皇帝であるアルケス派に謀反の尻尾を掴まれつつあった。宰相は自らが行った取引を隠滅する為にアリーシ商会を使い黄金の子を秘密裏に抹殺する。同時に、約束を反故にしたという名目をもって宰相はレダ商会の壊滅をも狙った」


「……醜いな」

「俺は当時ゲトに休みを与えていた。帝国との事が成った暁には、ミュウ・レダと祝言を取り決める手はずとなっていたからな。ゲトはミュウ・レダを迎えに行って帝国の残虐な行為を目撃した。その時には既に亡霊は死に、生き残りはミュウ・レダのみであったという。人質にされそうになったミュウ・レダは、ゲトを死なせぬ為に自らに刃を立てた。人質を失った帝国兵はそのまま全員がゲトに殺される事となる。全てが終わってから、俺の元へと話が届く」


「救いのない話だ……」

「必要だったのはレダとアリーシの落としどころを見つけ、帝国の牙が生き残った者たちへと向かぬよう欺くことだった。その為にはレダの名も捨てる必要があった。事実を知ったクエル・アリーシと話を進め、事に関わった愚か者供を人身御供として貰い受け、ゲトが亡霊として始末した」


「全て決まっていた話というわけか」

「現皇帝であるアルケス・ヴァン・ミドナが皇位継承したことで、結局当時の帝国宰相は秘密裏に始末された。話はここで結末を迎えるはずだったのだがな」


「アルマの力によってニーナの過去が掘り起こされ、暴走を生んでしまった、か」

「このような状況になった以上、導師殿にアルマを連れて行って貰うしかないのだが、アルマは姿を消したままだ。導師殿に改めて頼みたい。アルマを見つけ出しこの街から連れ出してくれ」

 顔付きも表情も見えないというのに、イズールの背には今まで背負ってきたものの大きさが見て取れる。アルマの居場所はゲトに聞けば分かるはずだ。イズールにその事実を伝えるか悩んだ挙げ句、サイの口から出た言葉は、イズールを気遣う言葉だった。


「アリーシにはまだ問題児のウェン・アリーシがいる。大丈夫なのか?」

「あのような小童に遅れはとらん」

 イズールが見せた変わらぬ決意を前に、サイが頷こうとした時、記憶の淵に微かな違和感が生じる。


「待て、まだ何かが引っ掛かる」

「どうした?」

 サイは必死になって今日起きた事象をひとつひとつ思い起こす。


(アリーシ商会で俺は一体何を見た)


 サイは自問自答する。燃え盛るアリーシ商会と、片腕を失い半死半生の姿になったワルター・エンド。


(何かがおかしい。十年前と同じく、今回もワルター・エンドがやられている)


「そうか……アリーシ商会を襲ってクエル・アリーシの命を奪ったのはニーナではない、ゲトだ!」




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