カイナギンの決死

アルポート王国によるボヘミティリア王国侵攻戦が始まってから2日目となり、1月25日朝4時、ボヘミティリア王国の玉座の間では既にデンガキンとカイナギンが会合していた。彼の者たちは偵察兵からの報告を受け、敵軍の内情について詳しい情報を得ている。


「そうか、やはりタイイケンとリョーガイの軍は夜の内に入れ替わったか。タイイケンの投石機部隊は東に、リョーガイの軍は西に陣を張ったということだな」


「はい、南のユーグリッド軍と北のソキン軍は特に動きがありませんでした。夜中の間見張りの交代などはありましたが、ずっと陣を構えたまま待機しておりました」


偵察兵の話を聞き、隻眼の将カイナギンはほくそ笑む。


(よし、俺の最初の読みはどうやら当たったようだな。タイイケンはやはりボヘミティリア王国の城内の被害を拡大させるために投石機を東に移したのだ。そしてリョーガイはタイイケンに陣を明け渡し、自分はタイイケンがいた西陣へと軍を構えた。


それを俺は予測し、予め夜中の内にボヘミティリア王国の東西の城壁に500人ずつの案山子部隊を配置した。そしてその代わりに1000人分の出撃用の兵力を確保したのだ。


後はこの虚仮威こけおどしの威嚇に敵が警戒し、城を攻めて来なければ良いのだが・・・・・・)


その綱渡りのような作戦に、カイナギンは僅かな望みを託す。


玉座に座るデンガキンもカイナギンの読みが当たったことで多少落ち着きを払っていた。


しかし偵察兵はすぐに二人の安堵を掻き消した。


「で、ですが、そのタイイケンとリョーガイの軍については不審な点がございます」


「不審な点だと!」


偵察兵のおずおずとした報告に、カイナギンの隻眼の右目がギラリと光る。


「はい、まずタイイケンの軍についてですが、東陣に構えた20機の投石機の前に、昨日はいたはずの大盾部隊が全く見当たりません。投石機の前方が今は全く無防備な状態になっており、投石機の後方に全陣が敷かれております。その軍隊も昨日と比べて半分ほどに減っており、凡そ5000兵ばかりのものだと計測されます」


「投石機の守りが手薄になっただとっ! 投石機は敵軍にとっても城攻めの主力ではなかったのか!?」


カイナギンは驚きと明らかな猜疑の感情を抱く。


「・・・・・・話を続けろ。リョーガイ軍の不審な点とは何だ?」


「はい、それからリョーガイの軍については、タイイケンとは全く真逆に兵力が明らかに増大しています。5000兵ほどだったリョーガイの軍が今では1万ほど、昨日より2倍の兵力になったものと計測されます。恐らくこれは、夜中の内にタイイケンの半分の軍がリョーガイの軍に合流したものかと」


「・・・・・・・・・・・・」


その敵軍の目に見えて奇妙だとわかる配置換えに、カイナギンの思考が高速で巡る。


「カ、カイナギンッ! これは一体どういうことなのだ!? 敵は何を考えている!?」


デンガキンは混乱して隻眼の家臣に叫ぶ。


だがカイナギンは取り乱した主を安静にさせるべく、声の調子を落として分析結果を披露した。


「・・・・・・これは恐らく、敵の囮の策です。敵は我らが投石機の破壊に苦慮していることを読み、わざと我々に付け入る隙を与えているのです。


まず我々の城内の数少ない予備兵力を出撃させるように誘い出す。そして我々の城内の兵がいなくなった所で西陣のリョーガイが大砲を前衛に出し、一気にボヘミティリア城を攻略する作戦なのでしょう。


リョーガイ軍が今タイイケン軍と合流したとなると、やはり明らかにリョーガイは大砲をボヘミティリア王国まで持ってきていると見えます。敵軍は厚く陣を構えることで、確実に大砲を守り切る算段なのでしょう」


カイナギンの深刻な説明にデンガキンの顔が真っ青になる。


「そ、そんな。ただでさえリョーガイの5000の軍を突破できるかわからないのに、タイイケンの5000の軍まで合わさってしまうとは。これでは、敵の大砲を破壊することは絶望的じゃないか!」


「ええ、元々この戦争にはほとんど希望などありません。大砲を撃たれなくても城を落とされる可能性は十分あります。ですが大砲を破壊できなければ、その塵のような希望にすら我々は縋ることができません。


いやむしろリョーガイが大砲を狙っていることが明らかになった今、我々に光明が見えたとすら言うことが出来ます。ですから俺は、このまま大砲破壊作戦を続行します」


カイナギンは武人としての覚悟と決意を主に示す。


デンガキンはその隻眼の追い詰められた名将の強い意志に固唾を呑む。


「作戦を改めて確認しましょう。まず敵がわざと投石機の守備を弱めた東陣に予備兵力2500の内の1500の兵を出撃させます。今は大盾部隊がいなくなった事で昨日よりも投石機部隊を攻めやすくなっている。あわよくばそのまま投石機を破壊してやりましょう。


もちろんこれは敵が東陣の投石機を犠牲にして、本命の西陣の大砲を撃つための囮です。ですから残りの俺たち1000兵の部隊はボヘミティリア城の西門の裏で待機します」


滔々とうとうと人指し指を立てながら語る隻眼の家臣に、やはり心配そうな目でデンガキンは見つめている。


だがカイナギンはもはや死を覚悟して、遺言の如く作戦を説明し続けるのだった。


「もし東の投石機部隊に我々の囮部隊が出撃したとなれば、必ずその報は敵の西陣の大砲部隊にも知らされるはずです。そしてリョーガイが我々が城内の兵力を空にしたと判断すれば、必ず大砲を陣の前衛に出して砲撃の準備をするでしょう。


そしてその時こそ、火薬を持った俺たち1000兵の部隊が出撃する合図です。最前衛に出された大砲の中に残らず火薬を投げ込み破壊します。そしてそれが完了したら、敵軍の1万の軍に取り囲まれる前に直ちに俺たちは城の中へ撤退します。


この作戦が万事うまく行けば、敵の攻城の主力である投石機も大砲も無力化することができ、我々にも少なからない勝機が生まれます。後は城へ帰還した残りの兵力全てを城の守りに使い切り、全力で敵の攻城からボヘミティリア城を守り抜くのです。


そして3日後に到着するはずの覇王様の救援をひたすら待ちます。それさえ成し遂げられれば、確実に我々はアルポート3万5000の軍を殲滅し勝利を収めることができるでしょう」


「おおっ! その作戦なら大砲だけでなく投石機も破壊できるのか! それならボヘミティリア王国も守りきれるかもしれない! 僕たちにも光明が見えてきたぞ!」


デンガキンは子供のように無邪気に勝利の可能性に酔いしれる。だがその顔はすぐに一変して曇り、やはりまたカイナギンを不安そうな目で見つめた。


「だが、やはり君のことが心配だ。投石機のほうは敵が道を明け渡してくれたことで破壊の目処が立ったが、君が攻める敵の大砲部隊は1万の軍、10倍もの差がある大軍だ。


リョーガイの軍にタイイケンの軍が合流したとなると、下手をしたらタイイケン自身も西陣にいるかもしれない。タイイケンは両手剣を双剣として振るえるほどの恐ろしい怪力を持つ猛将だ。例え君ほどの名将といえど、タイイケンに勝てるかどうかはわからない。


もしタイイケンと戦うことになったら、君はどうするつもりなのだ? 君が討ち取られでもしてしまったら、それこそボヘミティリア王国の勝機などなくなってしまう!」


「ええ、その時は直ちに逃げさせて頂きます。俺も金棒使い故腕力には自身がありますが、両手剣を二刀流で操るタイイケンには敵わないでしょう。俺も今ここで無駄に命を散らすわけにはいきません。奴から逃げ回りながら大砲の破壊を優先します」


カイナギンの現実的で冷静な判断にデンガキンはほっとする。


「そうか・・・・・・ちゃんと逃げてくれるのだな。てっきり君が武人として華々しく散ることを選んでしまうのかと思っていたよ。君に死なれてしまったら、ボヘミティリア王国も終わりだ。カイナギン、この戦場では君だけが頼りなんだ」


「わかっています。俺が覇王様に与えられた役目はこのボヘミティリア王国を守ること、そしてデンガキン様を守ることです。その任務を遂行するためには俺は決して死ぬわけには行きません。デンガキン様、覇王様のために必ず、この戦場でお互い生き残りましょう!」


カイナギンは心強い言葉で主を激励する。


デンガキンはその言葉に感動し、涙をたたえながらカイナギンの両手を握りしめる。


「おおっ、カイナギンっ! この地獄のような戦場で何と君は頼もしいのだ! 君は戦場で咲き誇る美しい一輪の花だ! 僕にも生きる希望が湧いてきた! 必ず一緒に生き残ろうっ!」


「ええ、その希望の成就のためには、まず敵の動きを完璧に見極めなくてはなりません。今の所敵の主力の4将はまだ姿を見せておりません。恐らくまだ眠っているのでしょう。奴らが再び陣に戻った時、それが決戦の再開の合図です。


あなた様は一国の主として堂々と、俺が持ってくる吉報をお待ち下さい。それが誇り高きバウワー家の一族である、デンガキン・バウワー様の使命です」


「ああ、わかった。僕は臣下たちの示しとなるようにこの戦いに怯えず堂々とこの玉座で君の帰りを待とう! そして立派な一人の戦士として、ダイ兄上にこの玉座をお返しするのだ!」


デンガキンが華奢な手で握りしめたカイナギンの無骨な手を、大きく上下に揺する。


その主の奮起の証を見て取ると、カイナギンはそっとデンガキンから手を離した。


「では、行って参ります。俺にはまだ出撃する兵の編成の務めが残っております故。敵が攻めてくる前に急いで支度を整えなければなりません」


「ああ、わかったカイナギン。必ず無事に帰ってきてくれ!」


デンガキンが玉座から大手を振って家臣を見送る中、カイナギンは粛々と玉座の間から去っていった。


(これでうまくデンガキン様を焚きつけることができた。一国の城主が絶望して恐慌に陥ってしまっては、この国の兵たちの戦意も失われてしまうからな)


カイナギンは主を上手く操れたことに胸を撫で下ろした。けれどその主の信望とは裏腹に、やはり自らはほとんど希望を失っていた。


(タイイケン、もし奴が西陣に構えているとしたら、俺にもはや勝ち目はないだろう。奴自身が豪傑であり、奴の将兵たちも屈強な者たちばかりだ。ボヘミティリア王国の寄せ集めの兵が真正面から戦っても、まともに勝てるとは思えない。


デンガキン様には逃げるとお伝えしたが、もしタイイケンと俺が打ち合う羽目になったら、せめて武人として全力で戦って、タイイケンに首を差し出すとしよう)


その未来の自分の最期に覚悟を決めて、カイナギンは淡々と出撃の準備を整えていった。

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