最も恐ろしいアルポートの兵器

「な、何故だ! リョーガイはたかが商人だ! 兵力だってそれほど多くないし、そんなに注意せねばならぬような強敵だとは思えん! リョーガイなどにかまっている暇はないだろう!?」


アルポート軍からのボヘミティリア城防衛戦の戦局をカイナギンから聞く中、リョーガイが最も油断ならぬ敵だと断言された時、デンガキンは疑問をいっぱいにして叫んだ。


だがカイナギンはその城主の反論に対してもまた大きく首を横に振る。


「いえ、奴自身が強いというわけではありません。ですが、奴は恐ろしい兵器を持っております。それは大砲です。その大砲がある限り、我々は決してリョーガイから目を離してはならないのです」


カイナギンは警戒の色を強めながらリョーガイについて語る。


「奴はかつてアルポート王国に反乱を起こすために、海賊王から大量に大砲を輸入したと聞きます。その鉄の玉の発射の威力は投石機の5倍ほどあると言われ、命中精度も操作性も抜群に投石機よりも優れていると聞きます。


リョーガイは戦に備え空の船を撃って大砲の訓練をしていたという報告もあり、ほぼ確実にこの攻城戦を制するために今ボヘミティリア王国まで持ってきているはずです。


もし奴がこの戦で我々が隙を見せた所を狙って、一斉に大砲をボヘミティリア城に撃ったと仮定しましょう。そうなれば、忽ちボヘミティリア城の城壁は崩れ落ち、あっさりと城門も突破されてしまうことになるでしょう。


奴に大砲を打ち込まれるということは、敵軍にこのボヘミティリア王国への侵入を許してしまうことに他ならないのです。そしてそれを敵に許せば、圧倒的に兵力が劣る我々ボヘミティリア軍は、あっという間にアルポート軍に攻め滅ぼされてしまうでしょう。


タイイケンが今打ち続けている投石機よりも、よっぽどリョーガイの大砲のほうが恐ろしいのです」


そのボヘミティリア王国陥落の話がいよいよ現実味を帯びてきて、デンガキンはわなわなと震えだす。


「そ、そんなっ! タイイケンの投石機だけでも手一杯だと言うのに、アルポート軍はまだそんな恐ろしい兵器を隠し持っているのか?」


「ええ、そうです。アルポート軍の真の狙いはリョーガイによる大砲砲撃です。大砲さえ我々の城に撃ち込めれば、長梯子や破城槌など使わなくとも、簡単にこの城を攻略することができるのです。そうなれば一斉にアルポート軍が城内に雪崩込み、大虐殺が起こってしまう。我々は絶対に敵の大砲による攻撃だけは食い止めねばならぬのです!」


カイナギンは力強く念を押すように、デンガキンに大砲の恐ろしさを力説する。


デンガキンは収まっていたはずの動悸がまた再発し、左胸を手で抑え込む。それでも懸命に今の議論を続けようとした。


「はあ、はあ・・・・・・だったら何故、敵は未だに大砲を撃ってこぬのだ? そんな一瞬で決着が着いてしまうような兵器なら、戦が始まった時に早々に使ってしまえばいいのに。敵とて長期戦になって兄上たちが帰ってきては困るだろう?」


「ええ、それには理由があります。大砲は投石機と違って直進にしか鉄の玉を撃てない兵器です。つまり翻して考えれば、その兵器の前方には兵を配置することができない。即ち大砲で攻撃するということは、大砲を打つ前衛の敵部隊が全く無防備な状態に晒されるということです。


もしこの手薄な状態の大砲部隊に敵軍である我々が攻め入ったとしたらどうなるでしょう? 少数の軍しか持たぬ我らでも忽ち最前線に立つ大砲部隊を蹴散らすことができます。同時に大砲自体も空洞の中に火薬を投げ込めば破壊することができるでしょう。


敵にとっても大砲はボヘミティリア城攻略の要。我々が大砲が砲撃されることを恐れているように、敵も大砲が破壊されることを恐れているのです。リョーガイは我々の兵力が他の軍に集中した所を見計らって、一気に大砲を撃って城を攻略するつもりなのでしょう。そのために今は無用な戦闘を避け、来たるべき一戦に備えて兵力を温存しているのです」


カイナギンの滔々とうとうと語るリョーガイの戦術論に、デンガキンはコクコクと頷く。だがその自分の右腕の説明に納得はできてもまだ心配は取れなかった。


「だ、だが、どうしよう? リョーガイが大砲を撃ってこぬ限り、こちらもタイイケンの投石機部隊を攻めるわけには行かぬということではないか。


もしリョーガイが全く大砲を出して来ず、我々がズルズルと戦を引き伸ばしていては、投石機によるボヘミティリア王国の被害が拡大するばかりだ。ああっ、一体僕はどうしたらいいのだっ!!」


デンガキンは両手で頭を掻きむしり嘆き苦しむ。だがそんな主の頼りない様子を見てもカイナギンは飽くまでも冷静に諭したのだった。


「戦を長引かせることができないというのは敵こそ同じ条件です。敵は覇王様が帰ってくる4日以内にこのボヘミティリア王国を落とさねば、殲滅させられるのは向こう側となるのですから。つまり奴らが大砲を仕掛けてくる時はそう遠くない未来に必ず起こるということです。


ですが今日ではありません。今日はもう夜の7時を回って暗くなっており、間もなく奴らもこの日の攻城を諦め引き返すはずです。


そこでどうでしょう? この夜中の内に奴らの大砲を炙り出す一計を案じるというのは」


「そ、その君の策とはどういうものなんだい!?」


デンガキンは藁にも縋る思いでカイナギンの計略を問い質す。


「ええ、まず恐らくですが、敵はこの夜の間に軍の配置を入れ替えます。タイイケンの投石機部隊はボヘミティリア王国の被害を更に拡大させるために、ほぼ間違いなく東門に陣を構えることになるでしょう。


そうなれば今は何も動いていないリョーガイ軍はタイイケン軍と入れ替わり西門に陣を構えることになるはずです。そしてリョーガイとタイイケンは直接城攻めをせず、兵器を使った遠距離射撃だけで攻撃してくる可能性が高い。つまりボヘミティリア王国の城壁の防備にも余裕が出てくるということです。


そこでどうでしょう? 我々も夜中の内に兵士に模した案山子の部隊を作るというのは。それを夜中の敵軍の動きに合わせて、リョーガイとタイイケンの軍の目前の城壁上にそれぞれ500人分ずつ設置しておくのです。そして本物の軍隊1000兵分を出撃用に確保するのです」


カイナギンは不安そうな顔の主を隻眼の右目で宥めるように見つめながら、人差し指を一本立てて話を続ける。


「そうすれば我々の予備兵力は2500兵ほどになる。これを更に2つの軍隊に分けます。1つはタイイケンの投石機軍に攻める囮の部隊。そしてもう一つは本命のリョーガイの大砲軍に攻める部隊。


まず我々がタイイケンの投石機の破壊に注力していることを演じるために、1500兵ほどの部隊でタイイケン軍を攻めます。ですが本気で攻めるわけではありません。しばらくしたら軍隊を直ちに撤退させます。


そして敵軍が我々の軍が投石機の破壊に残りの兵力を全て割いたのだと勘違いすれば、何らかの方法でリョーガイの軍にボヘミティリアの軍勢が、城門から打って出たことを知らせるでしょう。


その時こそ奴らが大砲を前線に出す千載一遇の好機です。リョーガイの大砲が最前線に出された瞬間、直ちに俺自身を含む1000兵の部隊が城門より出撃します。そしてすぐさま大砲の中に火薬を投げ込み全て破壊します。


これが成功すれば、奴らはボヘミティリア王国を攻略する決定打を失うことになり、我々にも勝機が生まれます。今の所梯子や大槌を使った敵の攻城は功を奏していない。後は城に戻った我々が不足している城壁の部隊と合流し、覇王様が帰ってくるまでひたすら耐え抜くのです。


覇王様の10万の大軍さえボヘミティリアに戻ってくれば、忽ち剥き出しのアルポートの3万5000の軍は全滅するでしょう」


カイナギンの大番狂わせの偽計の策に、デンガキンは腕を組んでう~ん、と唸る。


「果たして、君のその策は上手く行くのだろうか? 仮に敵が我々の囮の部隊に釣られて大砲を出してきたとしても、君が仮定した1000兵の部隊でリョーガイの軍に太刀打ちできるのだろうか?


リョーガイは商人とは言え5000の軍隊を持っている。その5分の1しか兵がいない君の部隊が、上手く敵の大軍を掻い潜りながら、全ての大砲を破壊することができるのだろうか? それに結局君の作戦はタイイケンの投石機は放っておくということだろう?」


デンガキンの気乗りしない返事に、カイナギンは静かに頷いてから説得にかかる。


「デンガキン様。この世に絶対間違いのない戦略を考えられる策士などいません。俺とてこの作戦がいかに無謀なのかはわかっています。一手でも俺の読みが間違えれば、この作戦は確実に失敗に終わるでしょう。


ですがこれだけははっきりと言えます。敵軍の大砲をこのまま放置すれば、間違いなく我々のボヘミティリア王国は滅びてしまいます。そうなればもはや覇王様の天下統一の野望も叶えることができなくなり、バウワー家の繁栄も地に落ちてしまうでしょう。覇王様を大切に思う弟君であるあなた様なら、それを許すことなど決してできないはずです。


デンガキン様、このまま敗北必至の防衛戦を続けるぐらいなら、俺にあなた様の命を預けてはいただけませぬでしょうか?」


カイナギンの蛮勇な熱い切言に、なおもデンガキンは優柔不断な様子を見せる。その作戦がどれだけ成功率があるものなのか判断する材料など、戦に出たこともないデンガキンにはなかったのだから。


だがついに覚悟を決め、ボヘミティリア王国臨時城主は、腕を解きどっしりと膝に両手を置く。


「・・・・・・わかった、カイナギン。君のその作戦を信じてみよう。僕も戦に出たことはないとは言え、誇り高き武家の名門バウワー家の一族だ。兄上たちの留守を預かる一人の戦士として、命がけでこの戦争に勝利することを誓おう。


いざという時は僕も剣を抜き、ユーグリッドと刺し違えてでもこのボヘミティリア王国を守ってみせる!」


デンガキンは自分の腰の短剣を抜き、普段の病気のものとは違う熱を上げる。兄であるデンガダイ、デンガハク、そしてデンガレンの顔を順々に思い浮かべ、この戦争の中で一歩でも兄たちの武名に近づこうと決意を固める。デンガキンは今、一国を背負う城主としての矜持を宿したのだ。


(さて、デンガキン様もこの戦争の覚悟をお決めになさられた。これで凡百の将兵たちの士気も多少は上がるだろう。後はただ、俺のアルポート軍への読みがどれだけ当てられるかだ・・・・・・)


カイナギンはこの戦争の勝利に正直自信がなかった。だが、それを達成しなければ自分だけでなくこの国の全てが滅んでしまう。そして偉大なる主君覇王デンガダイの栄光とて閉ざされてしまうのだ。城守の名将として王に信任された名誉にかけて、カイナギンはこの戦争に全力で臨むことを決意した。


(そろそろ敵のアルポートも軍を引き上げる頃合いだろう。その夜の間に敵の軍の動きを読み、案山子の部隊を作り、出撃の部隊を編成し、大量の火薬を用意し、そして俺自身の覚悟も決める。そうしなければこの戦には絶対勝てない。覇王様の援軍が来るまで、何としてでもこの城を守らねば!)


カイナギンは隻眼の瞳に闘志を宿し、覇王の玉座の間を走り去る。


アルポート王国の悪魔の軍勢は夜8時、眠るように軍を引き上げていった。


こうして、1月24日が過ぎ、アルポート王国とボヘミティリア王国の攻防戦の1日目が終わった。そして時刻は回り1月25日となり、覇王軍がボヘミティリア王国に到着するまで、後3日の概算となった。

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