ユーグリッド米を買う
山守王の弟、ケンソンとの同盟交渉を白紙にした夜、ユーグリッドは王の部屋で思い悩んでいた。
隣ではキョウナンが赤子のように眠っている。
(かつてはタイイケンも山守王の城を落とすことは覇王でも難しいと言っていた。だが今ではそのタイイケン自身によってモンテニ王国の安全神話が崩されてしまった。
現在の所覇王もモンテニ王国と後3ヶ月ほどの休戦協定を結んでいると聞くが、それだっていつ切られるかわからない。覇王だってモンテニ王国を何度も攻めてきたのだ。タイイケンの言っていたように何か攻略の鍵を握っているかもしれない。
もしそうであれば、モンテニ王国も風前の灯だ。覇王が次に遠征した時に滅んでしまうかもしれない。もしそうなったらどうなる?)
ユーグリッドは裸体の両腕を自分の後頭部に回し仮想する。
(もしモンテニ王国が降伏し、その兵士たちが覇王に帰順したとしよう。仮に3万くらいだと仮定すれば覇王の軍は合計で14万。アルポート王国3万5000の軍の侵攻から、ボヘミティリア王国を優勢で防衛するために必要最低限だと言われる兵の数は2万程度。その2万を差し引くと、12万兵分の余力が覇王にあるということになる。そこから更にモンテニ王国を守るために兵力を割いたとしても、恐らく覇王には遠征できるだけの十分な軍事力を保有することができるはずだ。
アーシュマハ大陸の天下統一のためにその大軍を率いて、テレパイジ地方を出てまた他の国々を侵攻することになるだろう。そして覇王は戦の天才。次々と諸国を打ち破り、どんどんとその勢力を拡大していくことになるはずだ)
ユーグリッドは覇王の無限大ともいえる力の増強に不安に駆られ、隣で無垢に眠るキョウナンの頭を撫でる。
(そしてアルポート王国は2万の軍が城守するボヘミティリア王国を攻められない。仮にそれを落とせたとしても、その時覇王は既に別の国で勢力を広めている。覇王はボヘミティリア王国以外の根城を持つようになり、覇王の住処を失わせ自滅させる戦法は永遠にできなくなる。
そうなればアルポート王国はいつまで経っても覇王の属国で居続けるしかない。覇王が戦争を止めない限り金を毟り取られ、何の抵抗もできないまま経済的に滅んで行くのだ)
ユーグリッドはその亡国の未来を憂い、キョウナンの裸体を力強く抱きしめる。
(俺は、そんな道を歩みたくはない! 偉大な父上がこの国を守り続け、大事な家族だってできた俺には、そんな栄光も愛も捨ててしまう道など選びたくない! だが、アルポート王国の覇王打倒の夢は絶望的。覇王がモンテニ王国を落とせば、我々は永遠に覇王に楯突くことすらできなくなる! もはやアルポート王国は風前の灯火も同然だ。俺も、そろそろ腹を決めねば・・・・・・)
闇夜が絶望的に降り注ぐ中、ユーグリッドは決断を下した。
そして10月の11日の翌日となり、ユーグリッドはリョーガイと共に西地区の港に訪問していた。ユーグリッドはそこで、西海の海賊王とは別の国からやって来た豪商人と会話している。
「ええ、それは
商人は揉み手をしながらユーグリッドに説明する。
そのアルポート王国で取れる
「ほう、俺も四季咲米については本で読んだことがある。外国の色々な国で栽培され、少し噛みごたえはあるが美味であると聞く。その米の育てやすさと味の旨さから、海外の国々の貿易でも積極的に取引されているそうだな」
「ええ、左様でございます、ユーグリッド陛下。この四季咲米は商売にも適しており、国の食料自給にも多大な貢献をすることができるまさに万能な米なのでございます」
商人はニコニコと笑いペコペコと頭を下げる。ユーグリッドは四季咲米の種を秋空の太陽に
「よしわかった。お主が今積んでいる四季咲米の種、それを全て買わせてもらおう」
ユーグリッドが突拍子もなく思い切った購入を決定する。
隣で商談を聞いていたリョーガイは衝撃を受ける。
「ありがとうございます! では早速我々の種籾の総量を計量して値段の交渉を・・・・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ陛下!」
リョーガイが慌てて口を挟む。
「四季咲米なんて外国じゃ珍しいもんじゃありませんよ! そんなもん貿易で輸出したって、大した額にゃなりませんぜ!」
「いや、俺は金を作りたいわけじゃない。デンガダイ様にお贈りするための米を作るのだ」
リョーガイはその言葉にまた衝撃を受ける。
(デンガダイ”様”?)
そのへりくだった覇王への敬称に愕然としてしまう。
ユーグリッドは商人と笑い声を交わしながら交渉を続けている。
「はい、はい、では値段はこれくらいでして・・・・・・はい、はい、では今日の夕刻5時頃、正式にアルポート王城までお運びします」
リョーガイが頭をぽかんとしている中、勝手に商談が成立してしまった。もはや諌める暇すらもない即断即決であった。
その帰り道、ユーグリッドが試供品の種籾を
「陛下。そんな米の種買ったって二束三文にもなりゃしませんぜ。別にウチは漁業が盛んですから食う物に困ってるわけでもない。今からでも遅くない。さっきの商人に商談を断っちまったほうが身のためですぜ」
「いやリョーガイ、さっきも言っただろう? これはデンガダイ様に米をご献上するために買ったのだ。デンガダイ様は今モンテニ王国と戦争している。魚では保存などできないであろう?」
何を当然のことを、と言わんばかりの口調でユーグリッドは穏やかに話す。
リョーガイはその主君の変貌っぷりに思わず病気を疑ってしまう。
「陛下、あんた頭でも打っちまったんですか? つい先日までは覇王をぶっ殺してやろうって息巻いてたじゃないですか。それこそ何か悪い米でも、拾い食いしちまったんじゃないでしょうね?」
「リョーガイ、滅多なことを言うものではないぞ? 俺はデンガダイ様を殺めようなどとは一度も言ったことがない。アルポート王国は今、デンガダイ様と友好関係にある。この国も特に戦争もない至って平和なものだ」
リョーガイの肩を豪快に叩き、ユーグリッドはハハハハと高笑いする。
リョーガイはますます主君の頭の患いを疑ってしまった。
(おいおいおいおい、どうしちまったんだよこの坊っちゃんは? 今のアルポート王国の状況を忘れちまったのか? その覇王に金を巻き上げられちまってるから、今ウチは財政が破綻しそうだってのに)
リョーガイの疑惑はますます大きくなり、ついに尋ねることにした。
「陛下、そのデンガダイ”様”にウチが金を搾り取られてるから今アルポート王国は困ってるんじゃないですか。陛下はそれをもうお忘れになっちまったんですか? 1月と4月にまた莫大な金を献上しなきゃならんのですよ?」
「ああ、わかっておる。だから金の代わりに米を上納するのだ。お主にも今まで迷惑をかけてしまっていたからな」
「陛下! 私のことを思ってくださるなら、どうかこんな金にもならねぇ米買わないでください! アルポート王国は1月の100万金両の上納のために一銭も無駄にはできねぇんですよ!」
リョーガイは半分怒りを込めて諫言するが、ユーグリッドの表情は福の神様のように穏やかだった。
「大丈夫だリョーガイ。金がないから米を送る。それが俺の兵法というものだ。誠心誠意を込めて金の代わりに米を育てれば、きっとデンガダイ様もわかってくださるはずだ」
「馬鹿言っちゃいけねぇ! 覇王がどんな奴かあんたも知ってるでしょう? 朝廷の近隣国で暴れるだけ暴れまわったから、皇帝にボヘミティリア王国の
「いや、そんなことはない。4月の降伏の時、父上の首をデンガダイ様に差し出した時も、デンガダイ様は俺に傷一つつけなかった。つまりあの方にも温情はあるということだ。俺はその心の広さを信じ、この米の上納を成功させてみせる」
ユーグリッドが自分から父親殺しの話を切り出して来たことに、リョーガイは唖然としてしまう。
その話題はユーグリッドの心の傷であり、玉座の間でも触れてはいけないとされる禁断事項であった。
「さて、テンテイイにも米のことを相談せねばな。あいつも元は農民だ。きっと俺の力になってくれるはずだ。ああリョーガイ、もうすぐ城門に着くから見送りはここまででいい。さて、明日から畑を耕すのに忙しくなるぞぉ!」
ユーグリッドはリョーガイに手を振ってウキウキと城へと帰っていった。
リョーガイはその子供のようにはしゃぐ王の後ろ姿に、開いた口が塞がらなかった。
その日の夜、ユーグリッドは手紙を書いていた。宛先は覇王デンガダイ。その長々しくてくどくどしい手紙の内容は以下のように綴られていた。
『拝啓
バウワー家長男ボヘミティリア王国国王デンガダイ・バウワー様
そろそろ秋の紅葉も深まる季節の中、いかがお過ごしになっておいででしょうか?
あなた様は今朝廷の腐敗を正すため、アーシュマハ大陸の天下統一への偉大なる大義を掲げ、多忙なる戦の日々をお送りになっていることでしょう。
私どもアルポート王国の諸侯一同も、その
そしてその私どものデンガダイ様への信望の証の印として、デンガダイ様と私どもアルポート王国の永遠の友好を祈願して、私どもは今デンガダイ様にご献上するするための米を育てさせていただいております。
デンガダイ様は天下統一の偉業を成し遂げるため、これからも貴方様は数多くの大義ある聖戦へとお臨みになることでしょう。
つきましてはデンガダイ様が治める天下泰平の世の未来の訪れを慶賀し、ささやかではございますが12月頃に私どもが育て上げた米を、貴方様の精兵の皆様方々の御口に、兵糧としてお届けしたいと存じ上げております。
お目汚しで乱文で拙い文通を長々とお見せして誠に申し訳ございません。
デンガダイ・バウワー様のアルポート王国の臣従ユーグリッド・レグラスは、貴方様の天命必然たる大陸平定の偉大なる世の制覇を、夜となく昼となく慎ましやかながらではございますが、いつでもずっと
敬具
レグラス家長男アルポート王国国王ユーグリッド・レグラス』
その後、ユーグリッドは付き纏いのように覇王デンガダイへ手紙を送り続けるようになる。
その手紙がボヘミティリア王国に届く度に、覇王デンガダイは大きな笑い声を上げながらそれらを破り捨てたのである。
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