戦いか服従か

リョーガイがアルポート王国の3つ目の勝算を語った時、玉座の間の臣下たちは大いにざわめいた。そのあまりに大胆過ぎるリョーガイの策略に皆一様に驚愕したのである。


「デ、デンガハクを人質にするっ!?」


「リョ、リョーガイ殿! それはあまりに危険すぎますぞ! そんなことをしては完全に覇王を敵に回すことになってしまう!」


臣下たちは口々にリョーガイの人質作戦に異議を唱える。


だがリョーガイは不敵に笑い、その陰謀に絶対的な自信があることを示したのである。


「覇王を敵に回す? フフフ、それこそ私の望むところです。デンガハクを人質にさえできれば、覇王など恐れるに足らん!」


リョーガイは豪語してみせる。


そのリョーガイの気が触れたかのような語気に、臣下たちは半信半疑の眼差しを送っていた。


だがリョーガイはその人質計画の効果を証明するために、まず覇王デンガダイの素性について語り始めたのである。


「諸侯、まずは覇王デンガダイ・バウワーという男について語らせてもらおう。


覇王デンガダイは武家の名門バウワー家の生まれであり、男だけの4人兄弟である。兄弟たちの名はそれぞれ長兄であるデンガダイから順に、デンガハク、デンガレン、デンガキンと同じ音の名前を分かち合っており、一族としての繋がりを誇示している。


その名前が表す通り4兄弟たちの親愛は厚く、病弱な四男のデンガキンを除いていは、皆同じ戦場をずっと一緒に駆け巡ってきた戦友でもあるという。その絆は強く、『バウワー家の断金の四兄弟』と言われるほど兄弟たちは互いを信じあっており、決して互いを裏切らない。


中でもその兄弟たちの絆を知れる最も有名な逸話が『メディカの薬戦争』だ。無名だった頃のデンガダイはデンガキンの病気を直す薬を手に入れるために、たった300の兵を率いて5000の兵が駐屯する城を攻め落としたそうだ。金や地位や名誉のためではなく、ただ病弱な弟を救うために力のなかったバウワー家の兄たちが、こぞって自分の命を賭けて戦ったのだ。


この話をまとめれば、覇王デンガダイは”兄弟の絆”という絶対的な信念を背負っているということになる。そして同時にそれこそが、奴の決定的な弱点ともなっているのだ」


リョーガイの解説に諸侯たちは頷く。その逸話は覇王デンガダイを知る者であれば誰でも耳にしたことがある武勇伝だった。


バウワー家のデンガダイはそのメディカ王国への初陣を契機に、アーシュマハ大陸に名を轟かせ、次々と他国を侵略した。そしてついにはその力を恐れた皇帝によって朝廷に呼び出され、”覇王”の称号とともにボヘミティリア王国に封建されたのである。


「もうおわかりかな、諸侯? つまり私はデンガハクを人質に取ることで、覇王と対等な交渉をしようとしているのです。デンガハクの命を盾にすることで、アルポート王国を属国の地位から脱却させ、そして覇王によるアルポート王国の侵略をも防ごうと考えているのです。


いかがですかな諸侯? このままズルズルと金を奪われ続け、結局アルポート王国が滅亡するぐらいなら、覇王と戦ってみようとは思いませんか?」


リョーガイが手を広げ諸侯たちに呼びかける。


諸侯たちはしばらく逡巡する様子を見せたが、やがてその顔がパッと明るくなり、次々とリョーガイに賛同の意を示した。


「た、確かに、覇王の兄弟愛の深さについては有名だ。その人質作戦も、うまくいくかもしれない!」


「いや、きっとうまくいくに違いない! 覇王とて人間。大切な兄弟を殺されてまで戦争などできるものか!」


「そうだ! アルポート王国をいつまでも属国の地位にしたままでいられるものか! 今は亡き海城王様も、元々は覇王と戦うことを望んでおられたのだ!」


「戦いましょう陛下! これはアルポート王国の威信にも関わる問題です! アーシュマハ大陸の諸王たちに、アルポート王国が一つの独立国家であることを証明してみせるのです!」


玉座の間は一斉に覇王との戦いを望む声で溢れかえった。その大歓声は真夏の暑ささえも忘れるほどの熱気で包まれていた。


だがーー


「やめておけ。全員死ぬことになるぞ」


その焼け石のように熱い臣下たちの決意に、氷のような冷水を浴びせる者がいた。


臣下たちが一斉に振り返る。


それは玉座の間の後ろで、今までずっと静観を決め込んでいたアルポート王国の大将軍、タイイケン・シンギであった。彼の者はその剛健な肩を揺らしながら、諸侯たちが2つに分かれた間を堂々と歩く。その足取りに誰もが道を開け、口を慎み、そして畏怖の念すら抱いていた。


水を打ったように玉座の間が静まり返る。


だがその静粛の中で、リョーガイ一人だけは立ちふさがった。


「これはこれは将軍。あなたが口を挟んでくるとは思いませんでした。あなたは今までの諸侯会議でも何ら発言をせず、傍観をずっと決め込んでいたはずです。ユーグリッド陛下を憎み、何ら陛下への貢献を果たして来なかったあなたが、今更何の気まぐれで諸侯たちに異議を唱えているのですか?」


リョーガイはそのタイイケンの巨躯に、挑戦的な声をぶつける。


だがタイイケンは岩のように動じない。


リョーガイは挑発的な口調のまま弁舌を続けた。


「将軍、あなたは確か4月の覇王軍の侵略の際には開戦を望んでいたはずだ。あなたは海城王に忠義を立てており、その海城王もまた開戦を望んでいた。言わば覇王と戦うということは海城王の遺志を受け継ぐということに他ならない。まさかその海城王の遺志を足蹴にして、あなたは覇王の奴隷で居続けようと仰るつもりか?」


「馬鹿が。俺は覇王と戦わぬとは一言も言っておらんわ。俺とて覇王との戦いは望んでいる。奴は海城王様の仇も同然なのだからな」


タイイケンはどっしりと構えて戦意を表明する。


だがその発言にリョーガイはますます首を傾げた。


「つまり、将軍も我々諸侯と同じ意見ということですなぁ。我々は覇王との徹底抗戦を望んでおり、アルポート王国を属国の地位から脱却させようとしている。そして先程私はその勝算を3つ上げさせていただきました。それに何か不満でも?」


「ああ、大有りだ。気づいていないならはっきり言ってやる。貴様が豪語した勝算とやらは穴だらけだ」


タイイケンの断言に諸侯たちはどよめき出す。せっかく盛り上がっていた戦意が、タイイケンの断固とした否定によって揺らいでしまう。


リョーガイはタイイケンの厳しい顔を、その目に火花を散らしながら見上げた。


「ほう、穴ですか? ならば聞かせてもらいましょう。その穴とはどこにあるのでございます?」


「貴様の考え全部だ。貴様の言っていることは所詮机上の空論でしかない。実際の戦争では全く役に立たないゴミクズだ」


リョーガイの顔が鋭く歪む。タイイケンに明らかな敵愾心を向けた。


だがタイイケンは威風堂々としており、リョーガイの勝算に対して一つずつ反論を切り出したのだった。


「まず一つ、大砲が投石機の対抗策になるという意見だ。大砲については俺も知っている。その威力は凄まじく、実際に戦場で城壁が崩れ落ちる瞬間も見たことがある。


だがリョーガイ、貴様に聞きたい。貴様は戦場で大砲を撃ったことがあるのか?」


タイイケンの指摘にリョーガイは一瞬怯む。その質問に口をつぐんでしまう。


だがタイイケンはその商人の曖昧な態度を許さない。


「言えッ! これはアルポート王国の者ども全員の命に関わる重大事項だ! 貴様は大砲を実際に操ったことはあるのか!?」


「・・・・・・海に向かって、品質を確かめるために試し撃ちしたことはありますが」


リョーガイは急に弱気になって答える。


その予想通りの返答にタイイケンは呆れ果てる。


「・・・・・・やはりな。貴様は数ヶ月前に大砲を輸入したばかりだ。碌な実践経験も積んでいないことは予測できたわ」


タイイケンはフンと鼻を鳴らし、そしてリョーガイの詭弁を崩し始めた。


「大砲は動きのない城壁にならいくらでも撃ち込める。


だが投石機は可動式の兵器だ。大砲の位置に合わせて、大砲の標準に入らないように移動させることがいくらでもできる。その動き回る兵器を相手に、貴様はきちんと発射までの待機時間や、標的までの距離を計算して命中させることができるのか? いくら大砲が強力だからと過信して、それを操る兵が未熟者では何の役にも立たんぞ」


リョーガイは唇を噛み沈黙する。己の鍛錬不足に何も言い返すことができない。


大砲のことを知らない諸侯でさえ、投石機を撃ち抜くには相当な技術が必要だと言うことが理解できた。


「・・・・・・なら、私の兵に訓練させます。空の船を海に浮かべ、大砲を正確に一撃で当てられるよう練習させます。流石に人を乗せた動く船を撃つのははばかられますが・・・・・・」


顔を逸らし、小声になりながらリョーガイは口約束する。


だがタイイケンの指摘はまだ止まらなかった。


「仮に貴様がそれをやったとして、覇王が明日攻めてくるとしたらどうする? 100万金両の金を納めなかった腹いせに、この国を滅ぼすと言ってきたらどうする? 碌な訓練も積んでいない兵士が、覇王の投石機を撃ち抜けるのか?」


「・・・・・・そ、それは先程申し上げました! 覇王が攻めてくる心配はありません!」


リョーガイはそこでタイイケンに反抗する。


「覇王には今金がないからこそ、我々に100万金両などという無茶な要求をしているのです! 山守王ケングとの戦争でも攻略に失敗し、今は覇王の国も疲弊しているはず! 戦争する余力など残っておりません!


その弱りっきている国に金を与えるということは、みすみす餓え死にしかけた虎に餌を与えるようなものですぞ!」


「なら、その金目当てに覇王が攻め込んできたとしたらどうする? 疲弊しているとはいえ覇王は軍事大国だ。連戦して小国を攻め落とすことなぞ造作もないだろう。そうなれば確実にアルポート王国は滅ぶぞ」


そのタイイケンのはっきりとした滅亡の暴露に諸侯たちは戦慄する。もはや先程の大砲の論議を聞いていた時から、諸侯たちは覇王の軍に到底勝てぬと思い始めていたのだ。


タイイケンは敵国からの侵攻の恐れについて語り続ける。


「覇王はアルポート王国が不穏な動きを見せれば、すぐにこの国に軍隊を動かす腹積もりでいることは明白だ。


先程のデンガハクの話を聞く限り、敵がアルポート王国の内情にも詳しいことがわかった。貴様がユーグリッドに金を貸したことも、貴様がユーグリッドに反乱を起こそうとしたことも、そして貴様が金を貯め込んでいるということも全部知っていたのだ。


つまり覇王は油断なくこの国に内偵を巡らせ、アルポート王国の動向を探っているということだ。それは奴らが属国となったこの国が反旗を翻し、3万の軍をおこす可能性を警戒しているからだ。


即ち覇王は今でもアルポート王国の3万の軍と戦うことを想定しており、アルポート王国に対する軍備も常に整えているということだ。貴様が言った覇王には金がないから戦争できないなどという理屈は、ただの希望的観測にすぎん」


タイイケンの論破にリョーガイはたじろいで沈黙する。覇王が軍備を整えているという意見に何も反論することができない。


諸侯たちも覇王がまたアルポート王国に攻め入る準備をしていると聞いて、戦々恐々としていた。


タイイケンは更に覇王との戦況について語り続ける。


「覇王が何故属国となったアルポート王国をそこまで警戒しているのか、それについて貴様らにももう少し詳しく説明しておいてやろう。それははアルポート王国がボヘミティリア王国に侵攻することを恐れているからだ」


「わ、我々が、覇王の国を攻めるだとっ!?」


その大胆なタイイケンの推論にリョーガイは驚愕した。


諸侯たちも同様であり、その身の毛のよだつ発想に身震いする。


だがタイイケンは落ち着き払って戦況の分析を続けた。


「そうだ。覇王は今山守王ケングとの戦いに苦戦しており、それでもなお虎視眈々とその城を攻略することを狙っている。それには大軍を遠征させる必要もあるだろう。


だがそれに伴って邪魔になるのは、このアルポート王国に駐屯する3万の軍隊だ。もし仮に覇王がモンテニ王国を攻略するために国内の兵力を空にしてしまったら、小国のアルポート王国でも容易に覇王の国を攻め落とすことができるだろう。


それがわかっているからこそ、覇王は今この国に無茶な金の要求を続けているのだ」


タイイケンは淡々と覇王の懸念と弱点を解明する。


「つ、つまり、覇王は自分の国に攻められたくないからこそ、アルポート王国を経済的に弱らせ反逆の芽を潰そうとしているということか!?」


「そうだ。貴様がユーグリッドに借金を背負わせた理由と似たようなものだ。貴様も経済的にユーグリッドを弱らせて評判を落とし、自分が反乱をしやすくする土台を築いていただろう?」


その図星にリョーガイはたじろきを見せる。だがすぐに『そんな話は今することじゃない』と頭を切り替え、リョーガイは矢継ぎ早に質問を繰り出した。


「た、タイイケン将軍! ここまで話をしたのですから、この際あなたの立場もはっきりさせておきましょう! あなたは覇王が我々の弱体化を狙っているのを知っておきながら、なおも覇王に100万金両を納めるべきだと考えているのですか!?」


リョーガイの直球な問いに諸侯たちの視線が一斉にタイイケンに集められる。アルポート王国の行く末を揺るがす鶴の一声が待たれていた。


そしてーー


「ああ、大人しくデンガハクに金を渡すべきだ。今のアルポート王国に覇王の侵攻を食い止められるほどの実力はない」


タイイケンはきっぱりと主張したのだった。


玉座の間には張り詰めた緊張が走る。その予想外のタイイケンの発言に、諸侯ら一同が驚愕していたのだ。普段は猪突猛進とも言えるタイイケンの勇猛な性格からは想像だにできない服従の一手であった。


だがしばらくして、リョーガイだけはその決断に反駁を示した。


「ま、まだ3つ目の勝算があります! それはデンガハクを人質に取るということです! デンガハクを人質に取れば、覇王に上納金を納める必要もなくなるし、アルポート王国に侵攻される恐れもなくなります!」


「無駄だ。デンガハクは生け捕りにできるほど甘い男ではない。もし奴に戦いを挑むなら殺す以外に選択肢はない。例え貴様らが束になって掛かっても勝てる相手ではないだろう」


タイイケンは断言し、リョーガイの最後の切り札をばっさりと切り捨てた。そしてタイイケンはデンガハクを評する。


「”三剣のデンガハク”。貴様らもその名を耳にしたことぐらいはあるだろう? 短剣を以て敵の奇襲を制し、両手剣を以て大軍を制する。奴は暗殺の心得も軍の心得もある男だ。奴の寝込みを襲うことも、奴を集団で取り押さえることも、あの男には通用しないということだ。この俺でさえも、奴と一騎打ちをして勝てるかどうかはわからない」


そのアルポート王国最強の武人の頼りない発言に、臣下一同は落胆する。属国から脱しようという結束の戦意はもはや瓦解していたのである。


「それに、仮にデンガハクを捕らえることができたとしても、俺は人質の効果など信用していない。戦争とはどこまでも実利で動くものだ。覇王がいくら兄弟思いであるといっても、軍事上の判断でデンガハクを切り捨てる可能性は十分にある。


そんな敵に命を預けるような不確かな作戦、俺は乗る気にはならん」


タイイケンは最後に追い打ちをかけるようにきっぱりと断りを入れる。


その言葉に諸侯たちは失望し、もはや誰も人質作戦など支持しなくなった。玉座の間は今まさに敗戦したかのように服従の一択に染まる。


「・・・・・・ユーグリッド」


タイイケンは王に一歩詰め寄り、その頑なで険しい双眸で睨みつけた。


「・・・・・・俺は貴様のことを許していない。だがアルポート王国は海城王様が築き上げた偉大なる国だ。俺は貴様のためではなく、この国を守るために進言する。デンガハクに明日上納金を渡せ」


ユーグリッドはその有無を言わせぬ提言に顔を俯ける。瞼をきつく閉じ、苦渋の表情を作る。だが深く思考を巡らせた末、ついに決断を下した。


「・・・・・・わかった。覇王を刺激せぬよう100万金両を上納する。リョーガイ、お主の金をもらうぞ」


王の決定に、玉座の間は落日のように深く沈んだ。

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