1-27 【解決編】「これが事件の真相です」
事態は膠着し、場は一時的に静寂が支配する。
「おいおい、これどうなってるんだよ」
「犯人は君たち二人のどちらかなのか? 本当に君たちの中に犯人がいるのか?」
「結局どちらに投票すればいいんですの?」
聞こえてくるささやくような声。
皆もこの状況に戸惑い、どちらの主張を聞くべきか判断に迷っているようだ。
そして私自身もそうだ。
一度はメリーさんを疑っておきながら、結局は踏ん切りがつかずにいる。
レインさんを守ると決めたのに、言葉が出てこない。
何か、何か言わないと。
「レインさんが犯人だとしたら他の人の動向を聞いたという証言をしないはずです。自分の容疑を濃くするだけですから」
「逆ですよ~。レインさんが犯人ならカスミさんが情報を黙っている事で共犯者とみなされる怖れがありますからね~。そうなれば容疑者位置にいるカスミさんが仮に犯人として得票を集めた場合、自分が追放されることになります~。むしろ犯人だからカスミさんから情報を聞いた事実を話したのではないですか~」
その人物が犯人だと示す情報を伏せ、犯人を庇えば共犯者となる。
立て板に水を流すが如く淀みなく返ってくる反論。
私の力のない言葉はすぐにメリーさんの言葉に押し返されてしまう。
……いや、そうか!
「レインさんとメリーさん。お互いがかばい合えば共犯関係が成立します。そうすれば……」
『残念ながらそれは通らない。レインとメリーではお互いに相手の犯行を知っているとは言えないからな』
共犯ルールの利用はグレイからあっさりと棄却されてしまう。
「カスミさん。いい加減、あきらめましょ~。私が犯人でない以上、犯人はレインさんですよ~」
「違う。僕は犯人じゃ、ない」
言葉を吐き出すのも苦しそうに、レインさんはメリーさんに言葉を返す。
レインさんにもはや議論を続ける体力は残されていないのは明白だった。
このままじゃ、レインさんが。
必死で頭を働かそうとするが、思考は錯綜するばかり。
私は頼りの日記帳のページを懸命に繰る。
このままじゃ、もう……
――ビィィィィィィィ
「な、なんだ!?」
『議論の残り時間が三十分を切った。そろそろ誰に投票するか決めた方が良いのではないかな?』
「投票って、この状況でしろっていうのかよ」
「こんなの二択の運ゲーじゃねえかヨ!」
「おい。どっちでもいいから! 犯人は自白しろヨ!」
残り時間の宣言に場の面々に焦りが生じる。
耳障りなブザーの音は未だ止まらない。
ああ。私は必死に考えているのに、うっとおしい!
そういえば死体発見時もブザーが鳴り響いていた。
荷重制限の超過を報せる貨物用エレベーターのブザー。
あれが鳴っていたから私たちはコロリくんが貨物用エレベーターを使えないことに気づいた、のだが……
「そうか!」
「ど、どうした。いきなり。びっくりするじゃねえか!」
ユミトさんから怒鳴り声が聞こえる。
相当焦っている様子だが、今は私もそれに構っている場合では無かった。
「見つけたかもしれません。犯人が残した決定的な証拠を」
そう。ようやく見つけたからだ。
この議論の行く末を決める最後の一手を。
「それはレインさんが犯人だという話ですか~。是非聞かせてもらいたいですね〜。その決定的な証拠というものを」
私はメリーさんと向き合い、視線を交わす。
もう言うしかないんだ、みんなで生き残るために。
これが、最後の議論だ。
「私たちが死体を発見した際、ゲートルームには荷重制限の超過を報せるブザーの音が鳴っていました。でも、そもそもブザーが鳴っていたこと自体がおかしいんですよ」
「おかしい? どういうことでしょ~」
「メリーさんとレインさん、どちらが犯人だとしても、いや。重力装置が使われていない以上、例え別の人が犯人で別のトリックが使われていたとしても、コロリくんの体は二階で発見された際に45キロを下回っていたはずなんです」
「そ、それは……不思議ですね~」
とぼけて見せるメリーさんに取り合わず私は論を進める。
「死体発見時、メリーさんは私とトウジさんをセキュリティルームに置いて、一人でゲートルームに向かい死体を発見しました。その時に現場に何かを置いたのではないですか?」
「何か、ですか~?」
「コロリくんのカバンの中には『白ヤギさん』が入っていました。あれは印刷機能が内蔵されていて結構な重さがあります。白ヤギさんが入っていたコロリくんの鞄は開いていたのに中はほとんど血に濡れていなかった。メリーさんは腰に医療用のポーチを提げていますよね?」
私の言葉にメリーさんの手がポーチへと伸びる。
「死体を発見する際にコロリくんの鞄に白ヤギさんを入れたんではないですか?」
メリーさんは救急処置ができるよう医療器具を入れたポーチを持ち歩いている。
その中に入れておけば白ヤギさんを持ち歩いても周囲には気づかれない。
「他の誰かが私たちが死体を発見する前に置いたんじゃ……」
「少なくともそれはレインさんにはできません。なにせずっと医務室に居て事件前後でメインエレベーターを利用していないのですから」
「……」
「双子には白ヤギさんを置くことはできても、医務室の私たちに睡眠薬を盛ることができません。このトリックを使うことはできない。私がコロリくんの所に白ヤギさんを置いたのなら、コロリくんを殺害した後になるわけですから昼食に向かうためメリーさんと二人で行動を共にしていた時となる。それとも、その時に私だけがゲートルームの方に移動したと主張しますか? それなら私のそんな怪しい行動を今まで黙っていたことが変ですよね」
「えっ、ええっと〜。それは~」
「それができるのは死体の第一発見者であるメリーさんだけなんです」
「……」
私の言葉に、メリーさんが言葉を詰まらせる。
メリーさんの目に灯った暗い光が揺れる。
それでも必死に反論を考えているのだろうメリーさんの姿に、私の心が痛む。
ダメだ。嘘をつくメリーさんの姿はもう見ていられない。
……私が、この事件を終わらせるんだ。
「メリーさん。私があなたの罪を立証します」
私は決意をこめて、至った真相をメリーさんにぶつける!
「
事件の始まりは今日の朝。コロリくんが預言の話をしたところから始まります。
殺人犯に狙われるとキラビさんから脅されたコロリくんは食堂を飛び出しました。
これによりコロリくんが単独で行動する状況が生まれたのです。
その後、私たちは対策を話し合うため一度食堂に集まります。
しかし犯行の抑止に有効な手立ては見いだせず、そのまま解散となりました。
皆が複数人で行動する中、私は犯人から栄養ドリンクを受け取ります。
そう。この時犯人はこの状況を利用し犯行を行う事を決意したんです。
犯人から受け取った栄養ドリンクを私はレインさんと飲みました。
栄養ドリンクの中には睡眠薬が仕込まれていて、私たちは眠ってしまいます。
一方犯人はしばらく食堂で過ごした後、頃合いを見計らい一階に移動します。
監視カメラにその姿が映っていましたが、これは犯人の計画でした。
犯人は自身のアリバイを証明するトリックにこの映像を利用したのです。
一階の医務室に移動した犯人は、睡眠薬を飲んだ私とレインさんが眠っているのを確認し犯行に及びます。
現場の状況からコロリくんは意識を失った状態で殺されたと考えられます。
犯人はコロリくんにもある薬と一緒に睡眠薬を飲ませたのではないでしょうか。
殺されることを警戒するコロリくんにどうやって睡眠薬を飲ませたのかは分かりません。
もしかしたらコロリくんは、犯人が先に起きた騒動で一人の命を救った人物であったからこそ心を許してしまったのかもしれません。
そして、その油断を犯人に突かれることになる。
コロリくんを眠らせた犯人はその体を貨物室まで運びます。
運搬には貨物室にある台車を利用したのでしょう。
貨物用エレベーターの入り口を跨ぐようにコロリくんを横たえると血が飛び散らないように周囲をビニールシートで覆う。
こうすることで一階にコロリくん殺害の痕跡を残さないようにした。
準備を整えた犯人はコロリくんを殺害した。
頸動脈を切り裂いたのはなるべく早く大量の血液を体外に出すため。
さらに犯人は事前に血液が固まるのを防ぐ薬をコロリくんに投与し、注射器を使い時間を掛けてコロリくんの体内に残る血を吸いだした。
あとは重量制限を超えないように集めた血をエレベーター内に撒いた。
これだけ手の込んだことをしたのは、すべては貨物用エレベーターの重量制限を使ったトリックを成立させるためだったんです。
犯人は現場の細工を終えると、死体の足を持たせかけるような形でエレベーターの扉を閉めた。
コロリくんのカバンからは白ヤギさんを抜き取っておきます。
犯行を終えた犯人は返り血を浴びた服や犯行に使った道具を自室に隠した。
こうして何食わぬ顔をして医務室にいる私たちを起こし、ずっと医務室に居たと嘘のアリバイを証言したのです。
昼食の時刻、私と犯人はコロリくんの部屋へ食事を届けに行きます。
コロリくんの部屋の扉は物が挟まり鍵が開いている状態でした。
これは死体を早く発見させ、自身のアリバイを確保するための犯人の仕込みだったのでしょう。
部屋にコロリくんが不在だと確認した私と犯人は食堂でトウジさんと合流しコロリくんの探索に出ます。
そして場面は死体発見時へと至ります。
私とトウジさんで監視カメラを確認する間、犯人は一足先にゲートルームに向かいました。
コロリくんの乗ったエレベーターをゲートルームに移動させるとポーチに隠しておいた白ヤギさんをコロリくんの鞄の中に忍ばせた。
コロリくんの死体はエレベーターから足が出ている状態で発見されていますから、
他にも物を置いたり血を撒いたりしたのかもしれません。
こうすることでエレベーターの重量超過を報せるブザーを鳴らし、自身のトリックを覆い隠したのです。
周到な犯人は身代わりの犯人を用意していました。
重力装置は人にかかる重力を変化させることができる機械です。
犯人は初日に重力装置を目にしていたために、エンジンルームにいる双子に罪を塗るトリックを思いついたのでしょう。
しかし、犯人は重量装置の説明の際、肝心なところでその場を離れていたため知らなかった。
重力装置がその上下階にまで影響を及ぼすその仕様を。
だからユミトさんたちがトレーニングルームに向かってもそれが重力装置が使われていない証明になることを気づけなかった。
あるいは、その仕様を知っていれば犯人は犯行を止めていたのかもしれません」
「……」
私の推理を無言で聞く犯人へ私は人差し指を突きつける。
「メリーさん。私の推理に間違いはありますか?」
「……」
メリーさんは私の声かけに黙って首を横に振る。
私の眼の縁から水滴が零れ落ちる。
『結論は出たようだな。被験者は表示された名前から犯人だと思われる人物を選択してくれ』
グレーのアナウンスに合わせ天井から幾筋もの光が投射され、私の目の前で像を結ぶ。
幾重もの光によって表示されたホログラムによる板には私達の名前が表示されていた。
皆が迷いながら、あるいは迷うことなく表示板に手を伸ばしていく。
【癒手メリー】
私はしばらく考えたあと、その名前に手を伸ばした。
もう結果は決まっている。
ここで私だけが抵抗したところでなんの意味も持たないだろう。
『全員の投票が済んだようだな』
『投票結果を表示するぜ!』
~~~~~
癒手メリー 11票
御鏡アイ 1票
~~~~~
「そうですか〜。これは私の負けですね~」
投票結果を見て、メリーさんはそう言って肩を降ろし力なく笑う。
痛々しいその笑みに私は思わず顔を背ける。
「じゃあ、犯人は」
「ええ。私です~」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます