1-26 【解決編】「どちらかが彼を殺した」
「犯行はアイさんたちにも不可能なんです!」
私の言葉に、場の視線がこちらへと向くのを感じる。
「カスミさん。ふざけてらっしゃるのかしら? このお二人に犯行が可能だとおっしゃったのはあなたでしたわよね?」
キラビさんから向けられる怪訝な視線が痛い。
しかし、それも当然の反応だ。
この私達の命のかかった議論の場で、私は過去の主張とまったく反対のことを言おうとしているのだ。
不信感を抱かれるだろうが、この議論には私たちの命がかかっているのだ。
私たちは間違えるわけには行かないんだ。
私は、違和感の正体を確かめるべくある人物へ視線を向ける。
「ユミトさん」
「な、なんだよ。いきなり」
話を振ったユミトさんが動揺をもらす。
ユミトさんの証言。
その内容が真実であるのなら、今までの推理はひっくり返ることになる。
「ユミトさんはアリバイを証言する際、トレーニングルームにいたと言っていましたよね」
「それがどうしたっていうんだよ。俺っちがトレーニングルームに居たってのはノウトやモウタが証言してくれるはずだぞ。今更俺っちが犯人だとか言い出さないよな」
「いいえ。そのことを疑っているわけじゃないんです。ただ、トレーニングルームに居たときのことを聞きたくて。ユミトさんはトレーニング中、何か変わったことが起こりませんでしたか」
「はあ? 変わったことだあ。特に何も感じなかったが」
ユミトさんの言葉に、私は自身の覚えた違和感に確信を持つ。
「それは本当ですか? 例えば体が軽く感じたとか」
「はあ? 体が軽くなっただあ。いいや。そんなことは無かったな」
私は続けてモウタさんへ視線を向ける。
「モウタさん、ノウトさんも同じですか?」
「*******」
「モウタさんも感じなかったそうですよ。もちろん僕もですが」
私の質問に、二人も肯首する。
「おい! いい加減答えろよ。今の質問になんの意味があるんだよ」
「これではっきりしました」
私は一度周りを見回すと、違和感の正体を口にする。
「この事件に重力装置は使われていません」
「カスミさん、何を言いだすんですの!?」
私の言葉に真っ先に反応したのはキラビさんだ。
爬虫類を思わせる鋭い目つきで私を睨む。
「さっきから言っていることが変わりすぎですわ!」
「それは、すみません。でも、ユミトさんの証言で重力装置が使われていないということが証明されるんです」
「どういうことですの?」
私はキラビさんへと向き直る。
「キラビさん。ここに来た日に重力装置が使われたときのことは覚えていますよね」
「当然ですわ。私のラブリィちゃんたちがそこのお二人のせいで危険な目に合いましたの。忘れるはずもありませんわ」
キッとキラビさんの鋭い視線がアイさん達に向う。
「あの時、キラビさんが説明してくれましたよね。重力装置は部屋の中の重力を自由に変更できるが、その際に上下にある部屋の重力も一緒に変えてしまうと」
「えっ!」
メリーさんが驚いた声を上げる。
そういえばあの時メリーさんは、イアさんのために医務室へ治療キットを取りに行っていたんだっけ。
他にもあの場に居らずこの話を聞いていなかった三階の探索メンバーの面々も私の言葉に驚いている様子だ。
「え、ええ。そのとおりですわ。その仕様のせいでエンジンルームの下にあった私の部屋にまで重力変化の影響が出たんですもの」
「その説明が真実ならおかしなことがあるんです」
「おかしなこと、ですの?」
「コロリくん殺害の事件当時、ユミトさん達三人はトレーニングルームに居たと証言しています。でも、おかしいですよね。トレーニングルームは貨物室やゲートルームの真上に位置する部屋です。仮に重力装置が使われて、貨物室とゲートルームの重力が操作されていたのだとしたらユミトさん達が気づかないはずがありません」
キラビさんは考え込むように口元へ手を遣る。
「それは……重力の変更が少なかったからでは? コロリさんは体重が47キロでしたわよね。重力を少しだけ軽くすれば済むのですから誰もその変化に気づかなくとも問題ありませんわ」
「重力装置で設定できるのは0G、0.5G、1Gの三段階だけです。体重が半分になって気づかない人はいませんよ」
「たしかに。いくら鈍感そうなユミトさんでも、体重が半分になれば気づかないはずがないですわね」
「さらっと俺をディスってんじゃねえよ!」
ユミトさんがツッこむが、私の説明にキラビさんは納得したようだ。
「ちょっといいですか〜」
メリーさんがおもむろに手を上げる。
「……なんですか、メリーさん」
「重力装置が朝食の前から使われていたとしたらどうでしょう〜。コロリさんは食堂を出てすぐに貨物室からゲートルームへ向かった。その後、ユミトさん達がトレーニングルームにたどり着く前に重力の設定をもとに戻してしまえばコロリさんの移動した経路に説明が付きますよね〜」
意外なメリーさんからの指摘に私は逡巡する。
本当にその経路であればコロリくんは移動可能なのか。
いや、それではあの証言と矛盾する。
「ユミトさんは早朝からトレーニングを始めていたはずです。朝食の前に重力を操作していてもユミトさんにバレてしまいます」
「ああ。その時もトレーニングルームに重力の変化なんて無かったはずだぜ」
「でも〜。ユミトさんがトレーニングルームを出たあとに重力装置を操作すれば……」
「ユミトさんは食堂に一番最後に、しかも遅れて現れました。やはり朝食の前に重力装置を操作しておくのは不可能です」
私の言葉にメリーさんが初めて顔色を曇らせる。
重力装置の使用が否定された以上、他にコロリくんを殺すことができた人物は一人しかいない。
「メリーさん……やはり、犯人はあなたしかいません」
「待ってください~。私じゃないんです~。カスミさん、信じてください~」
「……でも、他に犯行が可能な人物はいないんです」
身を切られるような思いで放つ私の言葉に、メリーさんは頭を振る。
「いいえ。まだいるんですよ~」
メリーさんの目に暗い光が灯る。
犯人候補が、まだいる?
だけど他に犯行が可能な人物なんて、いるわけが。
「私はあなた達二人だけは犯人ではないと信じていました~。でも、こうなった以上は疑わざるをえないですよね~。カスミさん、レインさん。あなた達なら犯行は可能です~」
私達二人を糾弾するメリーさんの言葉。
そうだ。確かに私達には明確なアリバイがない。
私と対峙するメリーさんの目は、しかし私の後ろで椅子に腰かけるレインさんへと向かっていた。
「ただ、カスミさんは犯人ではないようですね~。もし犯人ならそもそも重力装置が使用できなかったことを推理し、容疑者を狭めることはしないはずです~。そうなると、犯人はレインさんとしか考えられませんよ~」
「ぼ、僕ですか?」
「はい。レインさんにはアリバイに空白がある。カスミさんが推理した方法で犯行が行えるんですよ~」
狼狽したレインさんが声を上げる。
レインさんが犯人だなんて、それだけはありえない。
「ちょっと待ってください! レインさんは満足に動ける状態じゃない。メリーさんも言っていたじゃないですか」
今、レインさんは反論できるような状態じゃない。
私が、レインさんの無実を説明しなければ。
私は無我夢中で異議を唱える。
「そうは言っても現に犯行に及んでいるんですから。私の見立て以上に体が丈夫なようですね~」
「でも、レインさんには医学的な知識がない。コロリくんの体内から血を抜くなんて行えたとは思えない」
「医務室でのことを思い出してください~。レインさんは英語で書かれた薬のラベルを見ただけで、何の薬なのか分かっている様子でした~。ある程度の医学的知識があるのではないですか~。それに、人が何を知っていて、何を知らないかなんて証明できませんよ~」
『無い』ことは証明できない。
それは悪魔の証明だ……なら。
「レインさんは食堂に行っていません。他の人の行動を予測できないのに、今回の犯行に及べたとは思えません」
「それは~、カスミさんがレインさんに食堂の様子を伝えたのではないですか~」
指摘を受け私は、医務室での行動を思い出す。
そうだ。あの時、私はレインさんに皆の行動を詳細に話して聞かせてしまっている。
「私は、そんなこと……」
「カスミさん、嘘はダメです」
思わず口から出た言葉を、後ろからレインさんが止める。
「僕は確かにカスミさんから皆さんの行動を聞いています。メリーさんの言うように僕にも犯行が可能だったのかもしれません」
「レインさん!」
私が慌てて振り向くと、レインさんは静かに手を前に出し私を押しとどめる。
「でも、僕はやっていません」
「ええ。犯人なら必ずそういいますよね~」
視線をぶつけ合うメリーさんとレインさん。
どうして、どうしてこんな状況になるのだ。
二人のどちらかが犯人だなんて、そんなこと信じられないのに。
状況は残酷に真実を突きつけてくる。
どちらかがコロリくんを殺した。
私は立っているのがやっとなほどの強い眩暈を覚える。
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