1-3 「これがルールだ」

「ふざけないでください!」


 気づけば私は精一杯の叫び声を上げていた。

 宇宙人の発した『殺し合い』という言葉。

 そんなの、冗談でも言っていい物じゃない。

 私は手に持った日記帳をギュッと抱きしめる。


 声を上げた私へと場の視線が一斉に向くのを感じる。


「何が殺し合いですか! あなた方は人の命をなんだと思っているんです!」


『……先程も説明したはずだが。君たちを蘇らせたのはワレワレだ。ゆえに君たちを生かすも殺すもワレワレの自由だ』


「命は物じゃありません。そんな損得勘定で量れるものじゃない!」


 宇宙人から返ってくる怜悧な声色は、私の頭をさらに沸騰させる。


「カスミさん! 落ち着いてください~」


 私を引き留めようとするメリーさんの声が聞こえるが、ブレーキが壊れたかのように私は止まることができない。


 グレイがなんだ!

 私が死んでまで手に入れようとした生を愚弄するな!


「生き返らせたから殺してもいいなんて、そんなわけないじゃないですか! 命はそんなに軽いものじゃありません!」


『人が死ぬのは悲しいことなの。でもこれはアタシ達にとっても大切な実験なの。それにアタシ達が居なければアナタ方は今、ここに生きていないなの』


「だからって、人を殺すのが正しいことのはずありません!」


『人殺しは悪。でも僕たち宇宙人。君たちの善悪、従う必要ない』


「あなた方だって善悪の心ぐらい持っているでしょ!」


『俺様たちは実験の遂行するためにここにいるんだぜ! 余計な私情を挟むかよ』


「実験、実験って。私たちの命より大事な実験って、一体なんなんですか」


『結果にバイアスが生じる恐れがあるため君たちにワレワレの目的を開示することはできない。ただ、君たちに言えることはこの実験が君たちの命など比較にならないほど重いということだ』


 私の思いをグレイが次々と否定していく。


 私は一体何と話しているんだ。

 言葉は通じているはずなのに、思いが通じない。

 そもそもグレイたちが異星人だとして、どうして言葉が通じるのか。


 思考は空回り続けるが、それでも私の口からは言葉があふれ出す。


「命は重い。どうしてそんな簡単なことがわからないんですか!」


『ああ、グダグダうるせえな! 実験の遅延行為はルール違反だぜ!』


 一条の閃光が私の眼前を通り過ぎる。




「えっ……」


 私は足元を見る。

 そこにはいつの間にかビー玉サイズの穴が空いていて、黒い煙が立ち昇っていた。


『レーザー銃だ! 当たれば命はねえぜ』


 正面に視線を移せば金色のグレイが銃のような形状の物を私に向け構えていた。

 銃は見た目がプラスチック製の玩具のようだ。

 ……あの、おもちゃが床に穴を開けたの?


『ゴールド。無闇に被験者を脅しつけるな』


『はっ、あんたがノロノロやっているからだろ。多少の緊張感がなけりゃ話がいつまで経っても進まねえ』


『もし被験者をそれで殺してしまったらどうするつもりだ』


『俺様がそんなへまをするわけねえだろ。今回のは威嚇射撃だ。警告段階で殺しはしねえよ』


『二人とも喧嘩はダメなの。仲良くするなの』


『暴走だめ。ゴールドは危険』


 私たちを無視して言い合いを始める金と銀のグレイ。

 二人の口論にピンクと緑色の個体が割って入る。




 ……なんなんだこの空気感は。

 グレイは仲間内で言い争いを始め、私たちのことなんて見ていない。


 本当に私たちの命なんて何とも思っていないのか?

 床に開いた穴からは未だ黒煙が立ち上っている。

 こんなのに当たったら、私の体なんて一溜りもないだろう。


 眼前に迫った死の恐怖。

 頭に上っていた血が引いていくのを感じる。


「カスミさんっ。落ち着いてください~」


「メリーさん……」


 冷静になると自分のしでかしかけた行為の大きさに気づく。

 誘拐犯相手に啖呵を切るなんて、私は何をやっているのだ。

 私の命は今、彼らに握られているといっても過言ではないのに。

 そんな相手に喧嘩を売るなんて、自分から殺されに行くようなものじゃないか。


 緊張の為か、足元がおぼつかない。

 メリーさんは私を抱きかかえるようにして体を支えてくれる。


『説明はこれで最後だ』


 銀色のグレイは再びルールを説明する。

 だめだ。こんなところで倒れていては。

 私はやせ細った手足に力を入れ、何とか自分の足で姿勢を保つ。


『君たちはここを出られない。脱出手段は脱出ポットだけだ』


『脱出ポットの定員は三人だぜ! 脱出ポットを起動させ乗り込むことができればればそいつは自動運転により最寄りの有人星まで生きて脱出することができる。もちろん有人星へ到着後は生きたままその人物を地球まで送り届けることを保証する』


『脱出ポットの起動にはパスコードが必要なの。パスコードは艦内の被験者が三人以下になった時、コックピットのディスプレイに表示されるなの』


『艦内の被験者を三人以下にまで減らすのが条件。つまり、殺し合いが必要』


 フリーズした私の頭。

 その中をグレイの説明が横滑りしていく。


「ちょっとお待ちになって。どうして私たちが殺し合いなんてしなくてはいけませんの! 私たちがそんなおぞましいことに参加するわけがないですわ」


『……確かにゴールドの言うように説明の途中に話の腰をおられていては話が進まないな』


 ドレスの女性の質問に、シルバーグレイはおもむろに懐から銃を取り出した。


『質問は最後にまとめて答える。今はおとなしくしていてもらおうか』


「っ!? 銃で脅すなんて卑怯ですわ」


『安心してくれ。ワレワレはルールに抵触しない限り君たち被験者を攻撃することはしない。殺し合うのはあくまで君たち被験者同士だ』


「まったく意味が分かりませんわ」


『ワレワレが望むのは被験者全員が主体的に殺し合いに臨むことだ。ゆえにただの虐殺劇とならないよう、殺し合いにはいくつかルールを設けている』


 殺し合いにルール?

 まるでゲームのようなグレイの物言いに私の中で嫌悪感が膨らむ。


『被験者一人が殺せるのは一人まで。それ以上の殺人は処罰の対象となる』


 シルバーグレイはおもむろに私達を見回す。


『殺人は他の被験者に誰が殺したのかを悟られることなく行わなければならない。艦内で死体が発見された場合、犯人を特定するためのミーティングが開かれる。犯人は自分が犯人として指名されないように立ち回る必要がある』


『ミーティングでは、てめえらの中にいる犯人が誰か投票を行うぜ! その結果、てめえらの中で最も得票が多かった奴が犯人指定される。犯人指定が正解なら犯人は艦内から追放される。逆に不正解なら犯人以外の被験者全員が追放される仕組みだ!』


『犯人の勝利、なら艦内の被験者は一人。これで脱出の条件を達成。犯人が敗北、ならそのまま殺し合いは継続』


『ルールは以上なの。何か質問があれば答えるなの』


 私達を置き去りにして勝手に進む異常事態の説明。


「ええっと~、仮に条件が満たされない場合は私達、一生ここに監禁されるということですか~」


 メリーさんは首元に巻いた白いファーを握りしめながら絞り出すような声で質問を口にする。


『その通りなの。アタシ達はこの宇宙戦艦内をみんなが生活しやすい環境に維持することを約束するなの。空気、衛生の保全、食事、住居、医療の提供、殺し合い以外での安全の担保。みんなが艦内にいる限り殺し合いと寿命を除いて、死ぬことはないように努めるなの』


「なるほど。では、追放とはなんですか~?」


『追放とは文字通り宇宙戦艦内からの追放を指す。つまり追放されたものは着の身着のまま宇宙空間へと放り出されることになる。当然宇宙空間で生物は生存できない。簡単に言えば死刑ということだ』


「そんな~、めちゃくちゃですよ〜」


 思考の停止した頭でも感じるこのルールの異常性。

 今から私達が踏み入れることになる舞台を思い、吐き気がこみ上げてくる。

 

 これ以上ないほど暗い空気が場に漂う中、次の質問が出ることはなかった。




『以上で説明を終了する。ここからは自由時間だ』


『ちなみに最初にアナタ達が目覚めた部屋はみんなの寝室なの。鍵はオートロック。部屋の登録者がドアノブに触れると静脈認証によりロックが外れる仕様なの』


『俺様達から用があるときはアナウンスで伝達するぜ! それまではてめえらで、艦内を自由に回ってもらって構わない』


『時間が分からないと不便。時計や通信端末を持っていない人もいる。みんなに腕時計をプレゼント』


 グレイの体が突然発光する。

 私たちが見ている目の前で四体のグレイの体は光の線となってその場から消失してしまった。

 

 それと同時に私たちの腕が光る。

 次の瞬間にはデジタル表示の腕時計がいつの間にか私たちの腕に巻かれていた。

 現在時刻は午前八時三十分と表示されている。


 残された私たちは事態を飲み込めず、グレイの消えた空間を見つめしばし茫然と佇んでいた。

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