影の英雄と婚約〜魔術師達の総決算〜
プロローグ
書籍第1巻は10/6発売!
スクエアエニックスノベルス様より刊行です!
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フィル・サレマバートは異性に興味がある。
とはいえ、今更そのことについて掘り下げる必要もないだろう。
欲望の赴くままに娼館へと向かい、テクニシャンなお姉ちゃんから手ほどきを受けているのがいい証拠だ。
しかし、フィルの遊び癖は必ずしも異性に興味があるという部分が集約されているわけではない。
何せ、フィルは伯爵家の嫡男であり、貴族。
貴族であれば、それなりの過程としがらみをもって異性と相対しなければならない。
言うなれば親同士の約束から生まれた許嫁、伝手から紹介させられてしまった婚約、一方的な片想いや策謀から始まる婚約など。
貴族というのはなんとも面倒臭い。
一つの恋愛をするために、色々な思惑が混ざり込んでしまうのだから。
だが、フィルはこの件に関しては別にどうでもいいと思っている。
自由を理想とし、追い求める魔術師なのであれば「恋愛に自由を!」などと言いそうなものだが、ちょっと待ってほしい。
フィルは世間一般では『クズ息子』などと言われ馬鹿にされている。
そのため、周囲から女なんて寄ってこないだろうというのがフィルの見解だ。
フィルとて、貴族の跡継ぎに嫁がいない危険性は重々承知している。
であれば、こんな『クズ息子』と結婚してくれる相手がいるのなら喜んで首を縦に振ろう―――そう、考えていた。
……いた、のだ―――
「これは違うんじゃないでしょうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
毎度のごとく、サレマバート伯爵家の屋敷にて。
フィルの悲痛な叫び声が響き渡る。
いつも通り、その叫びに反応する使用人達はいない。「あぁ、またか」という言葉だけ残して業務に戻るだろう。
そして、傍に寄り添っているメイドだけがため息をついてキレのあるツッコミを見せるのだ。
「チッ」
「違うっ! うちのメイドがいつもの反応と違うっ!」
花瓶を手入れしている赤髪の少女が主人から顔を逸らして舌打ちを見せる。
ちなみに、彼女の舌打ちは今日の時点で十回を超えていた。
「何よ、自慢したいわけ? 婚約の話がきましたって……私に自慢してるの?」
「断じて否である! この反応が偉そうに踏ん反り返っているように見えるか!? どちらかと言うと夜な夜な涙で枕を濡らすような反応じゃありませんかね!?」
「チッ」
「だから違うでしょう人の話をちゃんと聞かないと将来不良になっちゃうよ!?」
寄り添いを理想とする魔術師、カルア・スカーレット。
今日はいつになく不機嫌である。
というのも―――
「よかったわね、ニコラ様から婚約話がきて」
「うれしかねぇんだなこれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
―――先の一件、フィルがミリスという聖女を助けるために戦場に素顔のまま赴いてしまった時以降、フィルには縁談と婚約の話が大量に舞い込んできた。
それは噂から事実にグレードアップしてしまったから。
巷で尊敬されている『影の英雄』の正体がフィル・サレマバートという伯爵家の嫡男だと皆が確信を持てたが故。
となれば、する行動とすれば自らの懐に抱え込みたいというごく一般的なこと。
結婚というのは本人達だけでなく家族にまで強固な縁を結ぶことになる。
そのため、たとえ自分とフィルに縁がなくとも自分の娘に縁を結ばせれば懐に入れたのと同義になる。
だからこそ、こうしてフィルの下に縁談の話や婚約の話が舞い込んできているのだが、冒頭でも語った通りフィルには望むところな部分もあった。
しかし、それが国の王族ともなればまた話が変わってくる。
「違う……これは違うぞッ! 王族と結婚なんかしてしまえば、馬車馬への片道切符どころかプライバシーの侵害が取り返しのつかないところまできてしまう! 加えて、周囲の男共の嫉妬がレーザービームがよろしく注がれてしまう羽目にッ!」
「チッ」
「望んじゃいないのよ、わては望んでおりませんの相棒さん!」
どうして不機嫌になっているのかは分からないが、それよりもこのいただいた婚約話をどうにかする必要がある。
何せ、このままではニコラ第二王女との婚約が川に流れる水のように進んでしまう恐れがあるからだ。
お相手は一国の王女。どの婚約話よりも優先されてしまう事項であり、来訪の手紙の時とは天と地ほどの差がある無視できない案件。
一介の貴族の伯爵嫡男某が首を安易に横へと振ることなどできず、このままでは『影の英雄』がフィルだと自ら認めるようなものになってしまう。
何せ、王族が『遊び人』と呼ばれるフィルを取り込もうとするなどそういう理由があると思われるし、それに頷いたということは承知の上で結婚したと周囲に公言するようなものなのだから。
「よし、相棒さん。ここは一緒に打開案を探ろうじゃないか」
「えぇ、しっかり抜け目なく打開案を練りましょう」
「……なんかいつもと反応が違う。普段なら「諦めなさい」って言うのに」
反応が違うのは当たり前。
何せ、こればっかりはカルアとて死活問題だから。
フィル以上にやる気を出しても仕方ない。
「んで、そっちの話に戻る前に一個聞いてもいい?」
「何よ」
「さっきから気になってたんだけどさ―――」
フィルはチラリと部屋の端を見る。
すると、そこにはカルアと同じメイド服を着た茶髪の小柄な少女が立っていた。
「あの子、誰?」
「今更ですか!? あんな大声も出したのに今更私の存在に気がつくんですか!? すっげぇー失礼な人ですね、この人!?」
どうして見覚えのない女の子がこの場にいるのだろうか? それも、メイド服なんか着て? もしかして、ザンが連れてきた女?
そんな色々な疑問がフィルの脳裏に浮かび上がる。
「あぁ、あの子は捕虜よ」
「捕虜?」
「えぇ、この前の戦争でぶっ飛ばした女の子」
そして、カルアは何気なしにその女の子の正体を口にした。
「イリヤって名前らしいの。一応、敵国に所属していた―――魔術師ね」
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