カルアの父親

申し訳ございません🙇💦

本日から朝9時のみの1話更新になります!


それと、皆様のおかげで週間総合4位になりました!

ありがとうございます😭😭😭


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 月に一度、常に行動を共にするカルアとは別行動を取る日がある。

 必ずしなければいけない用事でも、行きつけの娼館で常連客の一歩を踏み出しに行っているわけではなく、ただ単にフィルが己から「したい」と思って赴く用事───


「それでどうかね、娘の様子は?」


 カチャリ、と。

 金属音が小さく響き、フォークが皿の上に置かれる。

 フィルの対面、そこには肩口まで切り揃えた赤髪の男性が座っていた。

 瞳は柔らかくも、カルアという少女とどこか似ている鋭さが残っているようにも思えた。


「本当にいつも通りですね。「お父様によろしく」っていう言伝をもらうぐらいには。とはいえ、そろそろ両目が潰れそうなので責任を取ってほしいのです。「どうしてくれるんだ」と愚痴ってもいいですか?」

「そうか、そうか! 相変わらず元気にしているか!」


 フィルの言葉を聞いて、上機嫌に笑う男性———アレス・スカーレット。

 この人こそ、スカーレット公爵家当主であり、カルアというメイドの父親である。


「にしても、君も毎回律儀なものだ。こうして月に一回足を運びに来てくれるんだからね」

「そりゃ、娘さんを預かっている身です。成人もしていない可愛い娘がどこぞの馬の骨かも分からないところに行ってしまえば不安になるでしょう。伯爵家のボンボンが公爵家の当主に目をつけられたら、おちおち枕を高くすることもできませんよ」

「どこぞの馬の骨というが、君だから任せているのだぞ? こうして気遣って来てくれる男に目をつけるなんてあり得ないさ。というより、君以上に任せられる人間はいないと思うよ―――ねぇ、『影の英雄』殿?」

「……やめてください」


 ―――フィル・サレマバートが『影の英雄』だと広がる前。

 その正体を知っていた人間は縛りを設けた『暗部』の他に三人存在した。


 一人は相棒とも呼べるカルア。

 そして、もう二人は―――


「いやぁ、懐かしいね……娘がいきなり「『影の英雄』に仕えたい」と言い出したことは。妻と一緒に目を丸くしたよ」

「そりゃそうですよ、俺だって驚きました。ちょっとどころじゃないですけど、正気を疑いましたね―――今すぐにでも診てもらおうって相談するぐらいには」

「はっはっはー! あの時に限っては同意だ! 首根っこを掴んで君を連れて来たことには目を疑ったよ!」


 懐かしむように、アレスは語り始める。

 思い浮かぶのは、フィルとの出会いだった。


「……それに、あの時の私は気が気じゃなかったからね。何せ、娘がされたのだから。私がもっとしっかりしていればよかったのだが」

「パーティーの最中ですから、仕方ないですよ。公爵家の当主ともなれば、接待する相手も多いでしょうし。俺がその立場でしたらアトラクションに乗っているようで目が回りそうですもん」

「それでも、娘が攫われてしまったことは事実だよ」


 ―――カルア・スカーレット公爵令嬢は、過去に一度その身を攫われたことがある。

 どこかの貴族が主催したパーティー、そこで夜風に当たっているところを攫われ、会場を騒然とさせた。

 蓋を開ければ、カルアという少女を好いていた貴族による犯行であり、その貴族が雇った裏ギルドの人間が攫ったと分かったのだが、蓋を開けるまでパーティー会場は大きな騒ぎとなっていた。


 誰が? なんのために? そもそも、公爵令嬢はどこにいるのか?

 騎士団を派遣し、周囲を捜索してもらったのだが、一向に見つかる気配がない。

 もちろんパーティーは中断され、参加者は例外なく危険があるかもしれないと自宅へと戻らされた。

 それはアレス達とて例外ではなく、戻ったアレス達は不安で押しつぶされそうになっていた。


 その時だ、アレスが『影の英雄』と出会ったのは。


「だからこそ、私は今でも感謝している……君が娘を助けてくれたことを。あのまま見つからなければ、どうなっていたことか」

「俺が見つけなくても、すぐに騎士団の連中が見つけてくれたでしょうよ。俺はただ、ちょっと迷子の女の子を探すお手伝いをしただけです」

「そうは言うが、君が裏ギルドを捕縛してくれたのだろう? 助けてもらった上に、実行犯と裏にいる貴族も捕まえることができた。謙遜するような話じゃない」

「謙遜はしますよ。極力目立ちたくはないので」

「その割には、素顔のままカルアに連れてこられたじゃないか」

「いやいや、あれはおたくの娘さんがやんちゃガールだったってだけです。俺も初めてですよ、助けた瞬間にお面を外されたの。どういう教育をしていたんですか?」

「はっはっはー! 娘はよくも悪くもすくすく育ってくれたからね!」


 笑いごとじゃねぇよ、と。

 フィルは苦笑いを浮かべたまま食事に手を付けた。


 ―――フィルが初めて正体を明かそうと思って明かした人間以外に正体が知られてしまったのは、カルアが初めてだ。

 まさか、羽交い絞めにされた挙句「直接顔を見てお礼を言いたいから」とお面を外されたのは予想外だった。

 今にして思えば「よくもまぁあんなわんぱくガールを助けてしまったものだ」と思ってしまう。

 だが―――


「……まぁ、そうですね。あいつはよく育ってくれてますよ。魔術もいつの間にか使えるようになってますし、なんだかんだ二年もこんなクズでダメな俺の横にもいてくれて助かってます」


 今はよき相棒として。

 その存在が横にいることに、心の底から嬉しいと思ってしまう。


「早く君にもらってほしいんだけどね……娘は今、社交界では奇人扱いだよ。これじゃあ、もらい手がなくなってしまう」

「大事なのは相手の気持ちですね。カルアが望めば考えますよ―――それに、俺はクズで評判なんです。俺と結婚でもすれば奇人が愚人に早変わりします」

「そうは言うが、今や君への評価は変わっているだろう? 『影の英雄』だと―――」

「望んではいませんでしたがね……ッ!」


 昔のフィルであれば、カルアの評判も流れるように地に沈んでいただろう。

 というより、そもそも「クズ息子に仕えた」という時点で、奇怪かつ「見る目がない」と陰口を叩かれていたのだから。


 しかし、今となってはまったく別の評価。

 フィルを『影の英雄』だと見抜き、誰よりも先にお近づきになった。

 アレスも「娘をなんてところに」と言われていたが、これで目のいい人間だと評価されるようになるだろう。

 しかし、これはあくまで結果論。

 カルアやアレスは、そもそもそれを望んではいなかった。


 ただ純粋に───


「私は、娘が幸せだったらそれでいいんだよ」

「…………」

「貴族としては失格かもしれんがね。それでも私は娘がやりたいように生き、幸せな一生を遂げるのなら許してやりたいと思っている。妻も、同じような考えだ」


 慈しむように、柔らかい瞳を更に和らげ小さく微笑んだ。

 それを受けて───


「結婚してやる……っていうのは言いません。カルアの気持ちがどこに向いているのかも分かりませんから」


 ただ、と。


「カルアは必ず俺が幸せにしてみせますよ。どんな手段を使ってでも、俺のところに来てくれたことを後悔はさせたりしません」


 歪とも言える優しさがあるからこそ、フィルは幸せを願う。

 誰彼構わずそう思うが、カルアという少女は横に立ってくれる人間だ。

 その気持ちだけは誰よりも大きい───故に、アレスに向けた一言は、とても力強かった。


「そうか……うん、君がそういう人間だから任せたんだ」

「公爵家当主からの信頼となると、肩が重いですね。岩石ぐらいに感じます」

「君にとっては、小石程度のものだろう?」


 冗談めかして言うと、互いに口元を綻ばせた。

 そして───


「これからも娘を頼むよ」

「こちらこそ、娘さんにはお世話されます」


 手に取ったグラスを、そっと合わせた。

 甲高い小さな音が、公爵家の食堂に響き渡る。

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