俺は影の英雄じゃありません! 世界屈指の魔術師?……なにそれ(棒)【旧題】人々を陰ながら救ってきた英雄、もしもその正体がバレてしまったら?~よし、全力で誤魔化そう~
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
第1章 影の英雄と派閥の聖女
プロローグ
書籍は10/6、スクエアエニックスノベルス様より発売✨
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『影の英雄』と呼ばれる存在がいる。
その人物は各国で起こる危機や戦場に突如現れ、颯爽と敵を倒し、数多の人間を救っては颯爽と立ち去っていく。
対価を望むことはない。
お礼を言われることはない。
それは感謝する間もなく立ち去ってしまい、痕跡を全て消していくからだ。
そのため、各所では色々な噂が飛び交う。
曰く、その正体は隣国の王子である。
曰く、その正体は神より試練を賜った御遣いである。
曰く、その正体は凄腕の冒険者である。
曰く―――
などと噂は錯綜しており、その正体を知るものは誰一人としていない。
唯一分かるのは、黒ずくめの装束に無柄のお面を被っていることぐらいだ。
更に、体格や声から十代後半の少年であることまでは信憑性の高い噂として浮上している。
そんな『影の英雄』と呼ばれる存在。
その存在は、現在―――
「どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉしてこぉなったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」
一人、執務机に座りながら頭を抱えていた。
部屋に響くのは、少年の叫び声。ボサボサになろうがお構いなしに、短く切り揃えた髪を崩してまで頭を押さえる。
防音性の高い部屋では、その声は外に漏れることはなく、火事が起こって様子を見に来るような驚きめいたギャラリーが現れることはなかった。
ただ一人、腰まで伸ばした赤髪が特徴的な少女だけは、その叫びを耳にする。
しかし、その顔には「ねぇ、突然叫んで頭大丈夫?」などといったある意味ご褒美な蔑みも驚きも何もない。
ただただ、ため息を吐くばかり。
「はぁ……今日何回目?」
「三回目だよこんちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
嘆息ついた少女———カルアはメイド服を翻しながら叫ぶ主人の近くに寄る。
着ている服からも分かる通り、彼女は一人の主人に仕えるメイドである。
燃えるようなスカーレットの瞳、スラッとした体躯、小顔ながら美人寄りの端麗な顔立ち。
おめかしでもすれば、どこぞの令嬢だと勘違いされてもおかしくない容姿をしていた。
だが、着ているのはメイド服。
仕える主人がいる限り、決して彼女はメイド服を着ておめかしをすることはない。
そして、そんな主人はというと―――
「俺の正体がバレたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
今日からずっとこの調子である。
大声大会が近くに開催されているのであれば、是非とも参加させてあげたい。
きっと一等賞間違いなしだ。
「いいじゃない、バレたって」
「ダメでしょ!? なんで今まで『影の英雄』の正体を隠してきてると思ってんの!?」
―――フィル・サレマバート。
サレマバート伯爵家嫡男であり、日夜外で遊びまくりながら、堕落の限りを尽くしてきた男。
周囲の評判はかなり低く、陰口の総数を競わせれば右に並ぶものはいないと何故か胸を張る少年。
そして実は―――巷で『影の英雄』と呼ばれている人物だ。
そんな『影の英雄』だが―――
「知らないわよ。っていうより、そもそもどうして朝起きたら各所各所で「『影の英雄』の正体はフィル・サレマバートだ」ってなっているのかも分からないし」
開幕一話。
ひた隠ししてきたその正体が、何故か世間にバレてしまったのである。
「……それはきっと谷より深い理由があるんだと思うよ」
「露骨に目を逸らさないの。明らかに心当たりがあるじゃない」
スカーレット色の双眸が向けられた少年は明後日を見る。
今日も日差しが暖かい、のどかな一日だ。
ただし、窓を開けた瞬間に聞こえてくる「『影の英雄』様ー!」という声さえなければ、だ。
「だって仕方ないじゃない! 昨日明らかに身なりのいい可愛い女の子を助けてテンション上がって酒飲んじゃったんだからさ!」
「それで?」
「その勢いで娼館に行ってさ! これがまたしても可愛い女の子で……その子に「最近、なんか武勇伝とかないの~?」って言われたんだよ!」
「言っちゃったのね……でも、普通は『影の英雄』だって言っても信じられないんじゃないの?」
「……お面つけて装束も着た状態で言ったんだ」
「馬鹿?」
『影の英雄』の姿は黒装束と無柄のお面が唯一の特徴である。
真似事を口にしたとしても、その特徴さえ合致されなければただのほら吹きだとしか思われない。
しかし、逆に言えばそれさえ見せてしまえば確たる証拠になるわけで―――
「だから皆、疑わずに噂を信じたのね。窓から見える領民の数が異様だと思ったわ」
「……ねぇ、今から「違いますよー!」とか言ったら信じてくれるかな? どうせ悪口言われまくってるんだし「ちょっとした悪戯心でからかってみました」って言えば、あそにいる領民の顔を憤怒に変えられると思うんだけど、そこんところどう思う?」
「そういえば、昨日外にフィルの黒装束とお面を干したままだったわ」
「なにしちゃってんの!?」
「ゲロに塗れた状態だったもの、仕方ないの。吐くまで飲もうとするのが悪いわ」
「いやいや、外って開放感満載のお庭のことでしょ!? 柵から容易に覗ける場所に干したら確たる証拠になっちゃうじゃん! メイドなのに、主人の不幸の後押ししてどうするの!?」
「まさかこうなるとは思ってなかったのよ。まぁ、証拠がここにあれば今更取り繕たって信じないでしょうね」
「八方塞がりじゃんもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
本日四度目の雄叫び。
いい加減、聞き慣れたカルアであった。
「でも、そもそもどうしてそんなに隠したがるのよ? 別に悪いことをしてるわけじゃないのに」
「俺はだらだら縛られない自由な状態を満喫したいの! 朝は娼館に行って、昼は娼館に行って、夜は娼館に行きたいの!」
「オンパレードに娼館へ行くな」
「もし正体がバレてみなさい……どうせ、適当な勲章で縛って政治の道具にさせられるぜ? どこの国も力のある奴は囲って自分の望む時に走らせたがるんだ。誰が好き好んでMっ気搭載の馬車馬になりたがるんだってーの」
フィルは背もたれにもたれかかって憂鬱そうな顔を見せる。
「それにさー、黙って立ち去るヒーローってかっこいいじゃん。この前だってさ、「名乗るほどではない」とか言って立ち去ったんだぜ? それがよ―――」
「すぐに名乗っちゃってるわね……ダサっ」
「穴があったら入りたいっ!」
名乗るほどではないのに自分から名乗って知れ渡る。
かっこいいヒーローがすぐさま地に落ちて恥ずかしい思いをするとは、助けられた当人も目の前にいる英雄も思っていなかっただろう。
「はぁ……そんなに嫌だったらそもそも助けないで、家の中で大人しくしてればよかったじゃない」
「馬鹿か、困ってる奴を放っておけるわけないだろ」
「……いい男なのか間抜けなのか、どっちかはっきりしてちょうだい」
真顔で言ってのけるフィルに、カルアは額を押さえる。
どこか矛盾している優しさと、クズな側面は相容れることはないみたいだ。
「と、とにかくっ! 俺は知られたくなかったの! スマートに生きて堕落した人生を歩みたかったの! 決して貴族社会のどろっどろな策謀の中で働く道具にはなりたくなかったの! 特に王族なんかは———」
「王家から手紙が来てるわよ」
「もうやだよもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
本日五回目の絶叫は、正体がバレた翌日で起きたこと。
影ながら誰かを救ってきた男の物語は、正体がバレてしまったところから始まった―――
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次話は12時過ぎに更新!
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