発覚
六月に入り、空気もジメジメして気温も上がり出したある日のこと。お店が暇だったので、「少しのんびりしてていいわよ」と豆の在庫チェックをしているマスターの声に甘えて、私はぱんどらで取っているお客さん用の新聞をパラパラと眺めていた。そこである記事に目を止め読み進めると、さり気なく奥のテーブル席を確認した。
ジバティーさん達は、武蔵野公園で紫陽花が咲いたから人間ウオッチングついでに見に行こや、という泉谷さんの誘いで皆出掛けており、まだ戻って来てはいなかった。
「マスター、ちょっといいですか」
「……ん? なあに?」
「これ、読んで見て頂けますか」
私は新聞の記事を指さした。
「──えーと、【連続強盗殺人犯、十六年越しの逮捕へ】? ……って、え? ちょっと小春ちゃん、まさかこれって……」
読み終えたマスターが声を上げ、はっと奥を見た。
「大丈夫です。まだ戻って来てません」
「正延さん、あれから来ないと思ってたら、やっぱり捜査だったのね。だけど、この記事は……」
「ちょっと李さんには言えないですよね」
「まあ知りたくはないわよね……」
連続強盗殺人の犯人として逮捕されたのは、義理の弟さんだった。自身の雀荘の経営状況の悪化で、資金繰りに追い詰められての犯行だったと書いてある。以前から警察がマークしており、不審な金の動きがあったため任意同行を求め問い詰めたところ、これまでの犯行を自供したとのこと。被害者は全て時期は違うものの、彼の店の利用客であったというのも判明したそうだ。金回りが良さそうな相手を調べて犯行に及んだらしい。
「身内の犯行だったなんて聞いたら、李さんはショックよねえ」
「まさか、奥さんも知っていた、なんてことはないですよね」
「止めてちょうだいよ。だとしたら李さんが可哀想過ぎるでしょう?」
犯人が捕まったのは良いとしても、自分を殺したのが義理とは言えご家族だったとなると、成仏どころか悪霊化してもおかしくない話である。
「知りたくない事実、というのもあるんですね……」
「私も浅はかだったわ。真実が明らかになれば、全ての迷える魂が救われるかもなんて幻想よね。だって事件なんだもの。そりゃあ信じたくない真実というのだってあるわよね」
二人して顔を見合わせると、お互いため息が出た。李さんにはひとまず何も知らせない、ということでその場は終わったが、三日後、閉店直前に正延さんが報告があるとぱんどらに現れたことにより、状況が変わってしまった。世の中、なかなか思い通りにならない。
「──今回は、円谷さんのお陰で解決の糸口が見つかったようなものだから、感謝を兼ねて報告したいと思いましてね。……あ、勿論、警察としての話ではなく、あくまで助言をくれた友人への個人的な話というか、独り言と言うことでご理解願います」
口元に僅かな笑みを浮かべた正延さんに、思わずしいっ、と声を上げ、小声で「私たちは記事読みましたので」と急いで囁いた。
だが、今は娯楽である動画上映前の時間であり、外をフラフラ出歩いていたジバティーさん達も全員集合状態であり、彼らは聞き逃してはくれなかった。
『えっ、やだっ李さんの事件何か分かったの?』
『ホンマかいな! いやぁ良かったなあ李さん』
『日本の警察は実に優秀です。ソークールですね!』
『犯人分かったデスか?』
あちゃあ、と思った時には、私と正延さんの周囲はジバティーに囲まれていた。当然、私以外には見えていないだろうが。マスターは私の表情を見て察したらしい。諦めたような顔をして、「正延さん、これから食事なので、良かったらご一緒にどうですか? カレーなんですけど。あ、賄いなのでお代は不要ですわ」と火にかけた鍋を指した。
「お、よろしいんですか? これは申し訳ない。実は今日は忙しくて昼飯も食べてませんので、良ければお言葉に甘えさせて頂きます」
と頭を下げた。
動画上映どころではなくなったワクワク顔のジバティーさん達の包囲網の中、私はせめて李さんに追い打ちするような情報が増えませんように、と心の中で願うしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます