……あれ?
『……はじめまして、高野ひろみと申します』
私がマークさんと駅に向かい、ぱんどらへ連れ帰って来た女性は、大人しい感じの二十七歳のOLさんであった。顔立ちは整っているのに、何故か影が薄い印象を受ける。良く言えば一歩下がった物静かな、悪く言えば集団でいると目立たない感じの人である。そう、私と大変良く似たタイプである。
『あら、私と同い年なのねー。どうぞよろしく』
今は落ち着いているマスターが、私の説明で明るく声を上げた。
昨夜は「もういいって言ったじゃないの!」「扶養は四人で定員だってば!」と延々と愚痴をこぼしていたが、マスターがしつこく聞かなければ良かったんですよ、すっとぼけようとしてたのに、と私に返され反省し、次から私からの解説が無ければ決して口を出さないわ、と誓った。まあいくら誓われようが、ジバティーさんの目の前でそんな宣言されても意味はないのだが、あえてそこで絶望の海に叩き込むような真似は可哀想で出来なかった。いい加減、二人だけで喋っているつもりでも二人じゃない、ということを自覚してくれたらいいのだが。
『よう来たよう来た。まあゆっくりして行きいな』
『話し相手が増えて嬉しい。お姉さん、同じ女子としてよろしく!』
相変わらずコミュ力の高いジバティーさん達が笑顔で話し掛け、何やらいつもの奥のテーブルでコソコソ話し込み始めた。久松さんの一件で慣れたようで、早速情報収集をしてくれているらしい。彼らはあれから迷える魂を救う、という訳の分からない使命感が芽生えたようだが、それなら自分達を真っ先に救って上げて欲しい。
店の閉店後、マスターお手製のチーズインハンバーグとかぼちゃのクリームスープに舌鼓を打ちながら、私はどことない違和感に付きまとわれていた。マスターが自分のハンバーグを食べながら首を傾げた。
「小春ちゃん、どうかしたの? 何だか心ここにあらずって感じよ?」
「むぐ……、いえ、気のせいかと思うんですが」
いきなり話し掛けられて、クリームスープにむせそうになりながら私は小さく答える。
「──何だか、いつもの感じと違うというか」
「いつもの感じって?」
「いえ……生霊ともう亡くなっている魂って、明確に違いがあるんですよね。上手く説明出来ないんですけど……海で泳いでる魚と、もう刺身とか煮付けになった魚みたいな」
「ああ、元は同じだけど存在としての在り方が違うってことね? 言いたいことは何となく分かるわ」
「ああ、そんな感じです。──で、高野さんなんですが、どちらでもない、というか、どっちとも言い切れない感じの気配がありまして」
「……どういうこと?」
「姿がハッキリしすぎてるんですよね……」
マスターには見えていないのでこれも説明が難しいが、基本的に私に見える霊というのは半透明である。白い紙に薄く塗った水彩画のようなものだ。生霊はもっと薄い、白っぽいタバコの煙みたいな感じである。だが、高野さんの場合はかなりくっきりしており、肉体がそこにある、という感じでそんなに透けてもいないのだ。
「……死にたてだから、ってことなのかしらね?」
「うーん、そうなんですかね? 私も小学生の時と比べると力は落ちてると思うので、気のせいだと言われるとそんな気もしますし」
マスターは、あら、でも……と呟いた。
「ねえ、私ニュースしっかり見てなかったんだけど、高野さんってしっかり亡くなってたのかしら? しっかりって言い方も変だけど」
「──え? でも人身事故って大抵亡くなってませんか?」
「そんなことはないわよ。単純に扉に挟まれて骨折や擦り傷だけで済んだとかもあるし」
「ちょっと調べてみましょう」
私は大変な思い違いをしていたのかも知れない。慌ててPCで昨日のニュースを調べてみると、高野さんはよろめいて電車に接触してホームに倒れ、腕を骨折、頭も強打して意識不明の状態だが、まだ亡くなってはいなかった。病院名までは書いてないが、近くの総合病院に現在入院しているらしい。なるほど、まだ死んでない状態なのであればあの姿にも納得する。生死の狭間にいる人だったからか。
私達がPCを見ながら興奮して話していると、泉谷さん達も気になったのか近くに集まって来た。
『どうしたんや小春』
「高野さん、まだ生きていることが判明しました」
『……え、私、生きてるんですか?』
本人は驚いたように目を丸くしている。
「ほら、見て下さいココ。意識不明で病院にいるみたいです」
『ちょっ、やだひろみさん、こんなとこでぼーっとしてる場合じゃないじゃん! さっさと戻らないと、本当に戻れなくなっちゃうよ?』
『でも、そう言われても、どうやって戻ればいいのか……』
途方に暮れた様子の高野さんに、そんな知識などない私も焦る。
だが、マークさんが陽気に笑い、暗くなった空気を吹き払った。
『ハハハッ、悩んでてもしょうがないですよ。そのホスピタルにひろみサンを連れて行けばいいじゃないですか。本体のそばにいたら自然に戻るかも知れないし。あまり長いこと離れてたら、本当に死んじゃうかも知れないですからねー』
「ああ! そっか、そうですよね」
マスターに伝えると、マーク名案、と褒め、とりあえず明日は日曜だし、でもまず病院を調べないと、などとまたPCのキーボードの操作を始めた。引きこもり中のマスターはキータイピングが私よりも早い。画面を真剣に眺める顔も綺麗だし、キーボードを叩く指も細くて真っ直ぐでこれまた美しい。事情があるとはいえ、この人が引きこもっているのは世界の損失ではないかとつくづく思う。
「んー、やっぱり病院名までは載ってないわね。……よし、明日警察に行きましょう。友人で事故の件を知ったのでお見舞いに行きたい、とか言えば、別に事故なんだし問題なく教えてくれるでしょ。一気に解決じゃない。小春ちゃんだけじゃ悪いから私も行くわよ」
「え? 大丈夫ですかマスター?」
「この間だって全然平気だったじゃない。ほんとマスク様々よねえ。こうやって少しずつリハビリして行けば、社会復帰も夢じゃないかもだわ」
いや、全然平気じゃありませんでしたよ。
思わず突っ込もうと思ったが、居候が増えなくて済みそうだしー、とご機嫌で食後のコーヒーを淹れているマスターに私は沈黙を守った。
せめて私がいる間に、少しでも引きこもりから脱却しようとする気持ちは応援したい。一生引きこもる訳にも行かないのだし、私がいる間、出来る限りサポートせねば。
翌日、ジバティーさん達に見送られ、マスターと警察に向かったが、まさか婦人警官どころか担当の男性警察官までマスターに目を奪われて、しどろもどろでろくな説明もしてもらえず、かなり無意味に時間をかけられた(正直私はガン無視に近い扱いだった)。ようやく病院を教えて貰えた頃には、既に私の体力・精神力は削られまくり、三十%ぐらいしか残っていなかった。
マスターのサポート……出来るのだろうか私に。
私の使命感は意外と脆く儚いかも知れない、などと考えつつ、近くの総合病院に向かうのであった。
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