穏やかな日常

『ああ、これはニセモンやな。なーんの気配も感じんし』

『うわー、ホントだ。それにしてもさー、外国なのになんで毎回出て来る幽霊って、白い服に黒い長髪の女性ばっかりなんだろーね?』

『ほら、結構前に前に日本で有名なホラームービーあったじゃないですか? 井戸から出て来たりとかするやつ。あの影響じゃないですか?』

『ああ、アレね。とても怖かったヨ』


 私は、幽霊が心霊動画を見ているというカオスな光景を見ながら、マスターが作ってくれた夕食を頬張っていた。


 先日、ジバティーさん達の娯楽スケジュールを決めて早二週間。

 私はカフェの仕事が終わってから一時間、単にPCで動画を検索して表示したり、TVのアプリを開いて、希望のチャンネルを見せるだけの簡単な追加仕事をするようになった。わざわざ残業代出して貰う程じゃないから要りません、ってマスターに断ったら、「それじゃ申し訳ないわ」と言われ、自分が食べるついでだから、と夕食を作ってくれるようになった。それも牛タンのシチューにガーリックトーストだの、豚の生姜焼きにブリ大根、なめこの味噌汁に炊き立てご飯など、正直一人暮らしの女性である私でもここまで手を掛けたモノは作らない(いや作れない、が正しい)。そして素晴らしく美味しい。


「あの、こちらは帰って作る手間も無くなり誠にありがたいのですが、申し訳ないのでせめて食費だけでも」


 と封筒にお金を入れてすすすっ、と差し出したら、そそそっと返された。


「止めてよ。私が自分の都合でお願いして、ジバティーさん達の面倒をお願いしちゃってる状態なのに。小春ちゃんあなた人が良すぎよ? 私だけが食べるより食材も無駄にならないし、むしろ助かるのよ」


 赤の他人であるジバティーさん達の面倒を、何だかんだ言いつつ見ているマスターの方が相当なお人好しではないかと思う。

 マスターは高校を出て引きこもりになった時から、せめて迷惑を掛けている家族の負担は少しでも減らさねば、と自宅の炊事洗濯をずっとしていたそうだ。両親もすごく感謝してくれたのが嬉しくて、頑張ってたら元から趣味でやっていたお菓子作りだけじゃなく、料理も掃除も上手くなったらしい。


「なるほど。引きこもりとは言え、自室じゃなくて家庭内引きこもりですもんね。自営をしている家族大喜び、マスターも腕が上がって一石二鳥と。それを聞くと、引きこもりも悪いことばかりじゃなかったですね」

「そうなのよ。だからそれはいいんだけどね、家族三人分作るのが日常だったから、父さん達がルーマニア行ってからも、いつものくせでちょくちょく作り過ぎちゃって。仕方ないから自分で次の日とか食べてたりしたんだけど、飽きちゃうし、一人で食べるのも寂しいし。それに、美味しいって言ってくれる人もいないと、何か作り甲斐がないと言うか。面倒になって、最近はお茶漬けで済ませたり、レトルトにしたりしちゃってたから、むしろ美味しいと食べてくれるだけで嬉しいし、腕も落ちないから本当に助かってるのよ。小春ちゃんいつも美味しそうに食べるから見てて気持ちいいし。……あ、でも、やっぱり迷惑かしらね? 私も引きこもり歴が長いから、まともに話が出来る女性との距離感が、今一つ掴めてないかも知れないわ」

「いえ、迷惑ならはっきり迷惑と言える人間ですので、そこはご心配なく。ただ、大したこともしてないのに、食事まで面倒見て頂くのはどうかと」

「そのスパっとした考え方が素敵だわ小春ちゃん! それならいいじゃない、お互いWINWINってことで。それに大したことよ、私は杏ちゃんとか泉谷さん、李さん、マークさんの要望は聞けないもの」

「そうですか。そういうことでしたら遠慮なく頂きます」

「そうよ、食べて食べて♪」


 ニコニコと笑顔でお代わりを勧めようとするマスターに、太ったら持っている服が入らなくなるので、と断りつつも、実は既に一キロ増えてしまったことは内緒にしている。流石にこれ以上増えるとウエストがキツい。贅肉がお腹に真っ先についてしまうのはどうしてなのだろうか? なぜこのストーンとした胸に行かないのか。所詮は胸だって贅肉ではないか。友達のところに行くのだ贅肉よ。……いや、それよりも美味しいご飯の誘惑に勝てない自分が一番いけないのだが。


『小春ぅ、すまんがこれの後編流してくれへんかー?』

「あ、はいはい少々お待ちを」


 泉谷さんの呼びかけに返事をしつつ、次の動画を表示させて戻ると、マスターが興味深いという表情で眺めていた。


「はい、食後のコーヒー。……それにしても、私は小春ちゃんの能力を知っているから何とも思わないけどさ、多分知らない人が見たらきょとーん、って感じよねえ。ふふっ」

「正直に言っていいですよ。頭おかしいと思われるって。私が何も知らない側なら確実に避けるタイプですからね」


 私は少し笑った。


「違うのよ。そういう意味じゃなくて、私は知ってるのよー、って自慢かしらね? 気を悪くしたらごめんなさいね」

「……私、三歳ぐらいから、知らないおじいちゃんやおばあちゃん、大人の男の人、女の人、子供とかから普通に声掛けられてて、それが幽霊とか全然分かってなかったんですよね。子供の頃の方がもっと姿がハッキリ見えてましたし。両親は共働きで、基本は祖母と一緒にいることが多かったので、さっきのおじさんがこんなこと言ってた、とか、大きいお姉さんが遊んでくれた、とか普通に話してて」


 マスターはふんふん、と頷いた。


「そうしたら祖母が、小春も見えちょるんやねえ、って。それで徐々に祖母の手伝いをさせられるようになった感じで」

「なるほどねえ……だから、私みたいに怖いとかゾワゾワする感じがなかったのかしらね」

「祖母からもう亡くなった人達なんだよ、って聞かされてもイマイチぴんと来なかったんですが、小学校上がってすぐの頃に、可愛がって貰っていた幼馴染みのおばあちゃんが亡くなって、親とお通夜に行ったんですよ。そうしたらおばあちゃんは棺桶に入ってたのに、台所にも立ってて。何か料理しようとしてたみたいなんですけど、包丁とか野菜とか持てないからあれ、あれ、って感じでした。家の人に『ここにばあちゃんいるよ』って教えてあげたらすごく驚かれて。それで、ああ亡くなるってこういうことか、魂になるってこういう意味なんだ、と分かった感じですね。で、まあそこから噂になり、予想は出来るでしょうが、他の家の子供には距離を置かれるようになりました。幼馴染みの子は小春はすごかねー! って今まで通りでしたけど」

「私も結構散々な人生だけど、小春ちゃんも負けてないわね」

「いや、私は単に自分の変わった能力がバレただけですが、マスターは完全な貰い事故じゃないですか。美貌だけは隠しようがないですもんね」


 マスターは、真面目な顔をして、一度だけナイフで自分の顔を傷つけようとしたことがあるのよ、と呟いた。


「何て怖いことを考えるんですか」


 そう答えつつも、聞いて来た被害内容や、要塞のような一軒家を見ていると、さもありなんという気もする。ノイローゼにもなるだろう。


「そしたら、たまたま店から荷物忘れたって戻って来た母さんに見つかって、思いっきり引っぱたかれたの。『ちょっと虎雄! 私のようなド平凡な顔と、イケメンな父さんのDNAで、こんな男前が生まれたのは生涯の自慢なんだから、自分で傷つけるなんて何があっても許さないわよ! 事故とかで傷つくならまだしも、痛い思いして、それでも粘着する人が現れたらどうするのよ? 傷のつけ損じゃないの』って」

「お母さん男前ですね」

「そうなの。で、私も『そっかー、ケガしても付きまとわれたりする人ゼロにならなきゃやる意味ないわねー』って、ふっと憑き物が落ちたみたいになって。今考えても、カフェなんて客商売だもの、若気の至りでやらなくて良かったーと思ったわ。ゲイのふりしてオネエ喋りにする程度で、案外女性って簡単に引くものなんだ、と店を手伝うようになって知ったこともあるし。……まあマンガみたいな美形のゲイとか萌えるぅ、とか恋人はどんな感じなんですか? ゴリマッチョ系? 癒しメガネ系? とか変にしつこい人がいたのは参ったけど」

「それはいわゆるBL推しの方々ですね。大丈夫です、そちら方面の方は、自分がどうこうしたい、という方向性は一切ないと聞いてます。出来るならば推しと相手のラブラブした感じを遠くから愛でたい、というある種ピュアな人が多いです」

「やだ、なんでそんなこと詳しいの? ……まさか小春ちゃんも?」

「いえ、私は恋愛より正社員の方が興味があります。私ではなく幼馴染みが同人誌を集めておりました」


 彼女に東京に行く、と告げた時も、原宿とか青山ではなく、


「ビッグサイトとか近くていいなあ……九州は大きな即売会とか少ないけえ」


 と返されたガチ勢である。引っ越すところとは三十キロぐらい離れてると伝えても、車ですぐやがね、と車移動が身に沁みついた田舎の人間ならではの回答を頂いた。電車でも多分一時間以上かかるし、以前ぎゅっと詰まった人の群れを写真で見た時、きっと私は一生行かないだろうと思った。あんなに人が密集していたら、幽霊も生霊も溢れまくりに違いない。


 しかし、この余りにも快適なバイト環境は、長くいると自分がダメになりそうで、それだけが不安の種である。




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