マスター的供養
「それじゃ、すぐ戻って来るから、ちょっと待っててねえ」
マスターは裏口から自宅の方へ戻って行った。
『何やろなあ小春?』
泉谷さんが楽しそうに話しかけて来る。
「さあ……」
『でもさ、私達にバドミントンとかダーツとか持って来られても、悪いけど遊べないわよ?』
『霊デスからねえ』
『ですね。マンガも読めないですしね。ホント残念です』
私も、娯楽って何だろうなあ、と思いつつ皆と待っていると、ノートPCとケーブルを抱えたマスターが戻って来た。
「父がね、大分前にお客さん増やそうとして、この店にWi-Fi入れてたのすっかり忘れてたのよ。んで、私が自宅で使っているのはデスクトップで持ち出せないしさ、中古のノートPCをネットで買ったって訳。──で、コンセント繋いで、ユーザー設定と、Wi-Fiの設定をしてー……と。よし出来た」
「PC操作慣れてますねマスター」
「そりゃ引きこもりだもの。家でやることなんてお菓子作るか料理するか、本読むかテレビ見るかネットやるぐらいしかないじゃないの」
「引きこもっている割には結構やること多いですね」
「ま、好きで引きこもった訳じゃないからね。──さて、ジバティーの皆さーん、今から娯楽提供について説明しますよお。だからこちらの気持ちを汲んで、悪霊にはならないでちょうだいねー。あと、申し訳ないけど小春ちゃんの力も借りないとだから、これはあくまで暫定ってことでお願いね」
マスターは奥のテーブル席へ話しかけた。
曰く、これから仕事の後の一時間だけ、ネットで動画サービス、TVチューナーも入っているからテレビでもOK、を提供し、もし調べ物があるならググる手伝いもする、ということらしい。ただし、自分ではジバティーさん達の希望も何も分からないので、私の都合がいい時のみ、という話のようだ。
「ごめんね小春ちゃん。ちゃんと残業代は払うから。善霊祈願てことで」
マスターが拝むように手を合わせる。
「いえ、まあ別に家に帰っても、テレビ見ながらご飯食べたりするかスマホいじるぐらいなので、別に構わないんですが。──現状ですが、今の話を聞いて、現在四人がバトルを展開しております」
「な、なんでよ? 怒ってるの?」
「いえ、逆です」
『アホやな自分。ここはニュースやろが普通。世間の情勢知らなあかんで』
『何を言ってるんですか! 娯楽と言えばアニメでしょう? 涙あり笑いありの名作が日本には沢山あるんですよ! この国の素晴らしい作品を日本人が知らずにどうしますか!』
『ちょっと! 勝手に決めないでよ! 私だってちょードラマとか見たいし、動物の面白映像とか好きな歌手のMVをGODTUBEで眺めてほっこりしたいわよ!』
『私は何でもいいデスが、たまには中国武侠の時代劇見たいデス!』
家族のチャンネル争いか。
なまじ十年単位で世間的な娯楽と縁のない生活を送っていたせいか、テンションが高いことこの上ない。暫く黙って聞いていたが、いつまでも埒が明かないので言い合いを止めた。
「はいはい皆さん、しばしお待ち下さい」
私はFAX付き電話の方へ行き、A4の紙を一枚抜くと、黒の油性ペンがあったのでお借りして、きゅいきゅいと線を引き、簡単な表を作った。マスターも何をするのかと私の手元を見ている。
【スケジュール】
◆月:泉谷さんデー。希望のニュース関連その他
◆火:杏さんデー。希望のドラマや動画関連その他
◆水:休み
◆木:李さんデー。希望の中国武侠ドラマ関連その他
◆金:マークさんデー。希望のアニメ関連その他
◆土:あみだくじで当たりを引いた人の希望デー。
◆日:休み
私はペンのキャップを締めると、紙を持ち上げた。
「お互いの希望は尊重しないとですし、こんなことでケンカするのも馬鹿らしいじゃないですか? ひとまずこれでどうでしょうか」
ジバティーさん達は私の書いた表を取り囲むように眺め、頷いた。
『……せやな。みんなそれぞれ好きなもの見られるしな』
『ケンカは良くないヨ。これでいいデスね』
『土曜日もあみだくじでフェアだもんね』
『私も問題ないです。見られればいいので』
やれやれ、と私は息をついた。
マスターにも「一応このスケジュールで行こうと思います」と紙を見せた。
「幽霊のくせに注文が多いわね泉谷さん達も。まあいいわ。──あら、そしたら今日は土曜日だからあみだくじね」
いそいそとメモを一枚破り、四本の線を引いてあみだくじを作ったマスターは、一カ所だけ★印をつけて折り畳んだ。
「はい、小春ちゃん、希望を聞いてくれる?」
「はい」
皆好きなところを選び、マスターがくじに名前を書いて畳んだところを開くと、本日の当選者は杏さんだった。
『わーいやったー♪ ひゃっほー♪』
ガッツボーズをして喜ぶ杏さんに希望を聞いて、先ずは子犬とか子猫の可愛い動画が見たいと言うので、マスターにGODTUBEで検索して映し出して貰った。マスターはキッチンタイマーを六十分に合わせ、「これが鳴るまでですよー」と声を上げる。
『わあ……可愛い……』
『──ワシは犬より猫が好きやな。このむにっとした肉球がたまらん』
『ニュージャージーの実家ではサモエド飼ってました……』
動画が流れ出すと、泉谷さん達も夢中で見始めた。
「皆さん楽しそうに見てますよ」
「そう? 良かったわ」
マスターに報告すると、彼も嬉しそうだった。サービスね、とブレンドを淹れてくれる。サービスと言いつつ、いつも仕事の後にコーヒーを淹れてくれるので、私はとても感謝している。
「ありがとうございます。……それにしても何故急にこんなことを思いついたんですか? 悪霊になるとはとても思えないですけどね皆」
「まあそれは私も思ったんだけどね、ほら、脳への刺激って言うの? まあ霊だからもう肉体はないけど、色々忘れている人って、視覚から入る刺激で記憶が活性化するって言うか、何か思い出すこともあるかなあって」
「なるほど。考えが及びませんでした。だてに年取ってないですねマスター」
「ちょっと、ジジイみたいに言うのは止めてくれる?」
「ご自身でオッサンと言っていたじゃないですか」
「女性だって自分でオバサンと言ってても実際にオバサン呼ばわりされると傷つくでしょう? それと一緒よ」
「ああ、それは理解出来ます。自虐ネタみたいなものですね。安心して下さい、ジジイだろうとオッサンだろうとお兄さんであろうと、マスターが地雷案件であることは変わりません」
「地雷……ひどい」
楽しんで動画を見ているジバティーさん達を眺めながらマスターと雑談を交わす。考えてみるとこれは私がいないと成り立たないことなんだなあ、と思うと、嫌だった能力もこれはこれで使い道があるもんだな、と少し自分の価値を認めてもいいような気がしていた。
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