第2話 賞金稼ぎに転身

 ザザァっと樽が砂にくいこんで、揺れが止まった。

 しばらく耳をすましていると、穏やかな波の音がする。


 どこかの浜辺に到着したみたいだな。

 どれ、どんなところかなっ、と。


 俺は樽のフタをなぐり吹き飛ばした。

 外からのまぶしい光で一瞬目がくらんだ。


「ここは見たことない浜辺だな」


 樽から出てさらに辺りを見回すと、丘の上に城が建っているのを発見した。

 城の方へ向かっていくと、思った通り町があった。


 やっぱり知らない町だった。

 少し違和感を覚えた。


 ――これだけ立派な城のもとの町なのに人通りが少ない。というより、男しか見当たらなねぇな。


 腹がへって、ノドもカラカラ。

 どこか……。


 パブの看板を見つけた。

 パブの文字の下に小さく「バウンティーハンターギルド」の文字が見えた。


 ――バウンティーハンター……賞金稼ぎ……か。


「へい、いらっしゃい」


 パブに入ると、カウンターの奥のマスターに声をかけられた。

 ひとまず、カウンターのイスに腰かけた。


「いらっしゃい。見ない顔だね……いや、どこかで見た覚えがあるような……」


 マスターが俺の顔をじっくり見てくる。


 もしかしたら、手配書で俺の顔を見てるかもしれない。

 でも、あのヘタクソな似顔絵で、俺だとわかるやつはいないだろうな。


「いや、ここには初めて来た。ここは、なんて町なんだ?」


 俺が聞いた。


「ここは、リフレリア」


「リフレリア……聞いたことのない町だな」


「リフレリアは、そこそこ大きい島だぜ。あんた、船で来たんじゃないのか?」


 マスターはじろじろと俺の身なりを上から下まで見てきて続けた。


「なんだ、旅の剣士にしてはだいぶ軽装だな」


「ん、あぁ……所属していたパーティーから突然、理不尽な理由で追い出されて島流しさ。ついさっき、そこの浜辺についたのさ」


「そのパーティーもひどいな、兄さん……」


 俺はひとつ息を吐いた。


「あと1日、漂流していたら、ダメだったかもな」


「なら、運が良かったってことだな」


「どうだかな。持たされたのは、この剣と刃物のたぐいだけ。流される前に、装備やアイテム、それに所持金も奪われて1セピーもねぇ」


「あぁ、それは気の毒だな……」


 俺は腰に下げていた剣をカウンターに置いた。


「これをあずけるかわりに、水を1杯くれないか?」


 マスターの顔が一瞬、けげんな表情になった。


「なに、なまくらじゃない。それなりのモノだぜ」


 そう言って俺は、少しだけ剣を鞘から引き抜いた。

 黒い刃が光を反射し、マスターの視線を引き寄せた。


「く、黒い剣なんて初めて見たぜ」


「ここはバウンティーハンターギルドでもあるんだろ?」


「あ、あぁ……」


「手ごろな賞金首を紹介してくれ。賞金もらったら、水代を払うから、それまでこの剣をあずかってくれ」


 剣をまじまじ見るマスターをよそに、壁に貼られた手配書を眺めた。

 そのほとんどが賞金額1万から10万セピーまでのB級と、10万から100万セピーまでのA級の賞金首だった。


「この剣なしで、賞金首を打ち取れるのかい?」


 マスターがからかい半分で聞いてきた。


「たいていの奴らなら、それがなくても問題ない。ダガーもあるが、使うまでもないだろうよ」


 腰の後ろにつけたダガーを叩いてみせた。


「たいした自信だよ。そうまで言い切れるなら、追い出されたパーティーは、それなりに強かったってことだな」


「あ、あぁ……そうなんだろうけど、もうどうでもいいさ。あんな奴ら……」


 これからは、本来の目的のためにこの命を使う。

 あのパーティーにいても、たいして情報は得られなかったからな。


 コトンと、カウンターにグラスが置かれた。


「ほら、1杯飲みな」


「お、いいのか?」


「ただし、この剣はあずからせてもらうから」


「あぁ。助かる。ありがたくいただくぜ」


 グビグビ……


 俺はグラスの水をいっきに飲み干した。


「くはぁー、生き返る~~~」


「島流しにあって、たいそうな剣も使わずに、賞金のついた荒くれ者を取ろうって言うんだから、あんたの実力をひとつ見せてもらうかと思ってね」


「で、ここら辺で、てっとり早く捕まえられそうなヤツはいるか?」


「それならコイツだな」


 マスターは壁に貼られた手配書の中から1枚はがして見せてきた。


「マテウス・ラント。賞金は12万セピー」


「B級に近いAか。はっきり言って、たいしたことなそうだな」


 手配書の似顔絵からは、強そうな印象が感じとれなかった。


「いや、それがそうでもない」


「ん? どういうことだ?」


「コイツは、この先に見えるリフレリア王都の城の兵士だったんだ」


「へー。兵士か……それにしては微妙な額だな」


「コイツの剣技は、兵士の中でトップ4。そういっても上位クラスの剣士でもある」


「兵士なら金ももらってるだろうし、どうしてこんな微妙な額のおたずね者に?」


 マスターは一呼吸おいてから、話しはじめた。


「リフレリアをおさめるバルドウィン国王の娘で、第3王女のエレナ姫の寝込みを襲おうとしたんだ。まだ17才の姫様を。だが、護衛についていた別の兵士らに見つかって、逃亡」


「もうこの島にはいないのか?」


「それがいるんだよ。いつ町中に現れるかわからず、襲われるかもしれないと、女、子どもは外に出れずにいる」


 それで、町が静かに見えたのか。


「なんで城の兵士は、そいつを捕まえに行かないんだ? とっとと捕まえれば、騒ぎにもならない」


 マスターはひとつ息を吐いた。


「王都とは言っても、そこまで金回りがいいわけじゃない。大きい島といっても大陸側にはかなわないのさ。兵士の人数も島国じゃ限りもあって、城の警備で手いっぱいみたいなのさ」


 それで賞金首か。


「他にだれか捕まえようってヤツはいたりすのか?」


「こんな離れ島に、賞金稼ぎが立ち寄ったりはしないさ。賞金首として危険なヤツだと周知させるくらいしかできない」


「それじゃあ、そいつに決まりだな。そいつ、マテウスがどこにいるとか情報はないのか?」


「今、マテウスは、西のとなり村のレフエー村でよく見かけられるって情報がある」


「そのレフエー村は、ここから近いのか?」


「ああ、兄ちゃんの足ならすぐだろうよ」


「1セピーもない俺にとっては、大金だ。とっとと捕まえて、水代払わないとな」


 俺はカウンター席から離れようとすると、マスターに引き止められた。


「これを持っていきな」


 マスターは、カウンターの上に水袋を置いた。


「いいのかい? 今、追加で渡せるモノはないぜ?」


「いいって。それより途中で倒れられても困るし、少しでも早く町をいつもの状態になってくれれば」


「ありがたく飲ませてもらうよ。それじゃあ、行ってくる」


 俺はパブを出て、隣村のレフエー村に向かった。

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