第5話

「……で、ショウは留守なのか?」


 美女と青年には居間のソファに居てもらい、レツが急いでちょっといいお茶を引っ張り出して淹れ、ガラステーブルに三人分並べてから。

 どうぞとすすめると、金髪の青年……ブレットというらしい……が、お茶を一口飲みつつそう、聞いてきた。ちらり、と一度レツの目を見ると、続ける。


「それとも……噂通り、死んだのか?」


 探るような瞳でそういわれ、レツは硬直した。

 殺したのか、と。

 突きつけられた気がしたのだ。


「そんなわけないと思うけど……世間ってたった数年でそんな話出る程度には、話題に飢えてるもんなのかしらね」


 美女もお茶をのみつつそう、軽い口調で言うと、まああんまり各方面がうるさいから確認にはきたけどさ、と苦笑した。


「大体、親しいならともかくよく知りもしない人が、そこまで気にするもんでもないでしょうに」


 呆れたようにちらり、と聖はブレットを見る。ブレットがさも心外そうに、そんなわけないだろ、とかぶりを振った。


「相手にもよるだろうが、近年まで活動してたS級冒険者だぞ。依頼もかなり選ぶって話だし、そうそうお目見えできる機会なんてないんだから、同じ冒険者として興味を持つなという方が無理だろう?」


 それに……と一瞬口を閉ざし、ちらり、とレツを見る。少しだけ躊躇ったが、探るような視線で見つめながら続けた。


「もし死んでいたのなら、遺品や例の剣なんかは、垂涎ものだろ。探し出したくもなる」

「そのせいで人にずっとついて回ってくるんだからホント、呆れちゃうよね」


 聖がブレットをジト目で見つつ、小さくため息をつく。


「剣が欲しいって話は聞いたけどさ。まず本人が手放さないと思うよアレ」

「だから、噂通り死んでたとしたらもらいたいってだけだ。本人に会うまではオレは信じないからな。会えたら会えたでそれはそれでいいんだし」


 おそらくもう何度もやったやり取りなのだろう。ややうんざりした様子で、あーはいはいと聖が手を振る。


「わかったわかった。

 ……それで、結局どこ行ったのかわかる? あたしもちょっと用もあるし、さすがにこんなに長いこと会わなかったのも初めてだったから気にはなってるんだよね」


 なかなかここにも来られなかったし、といって、聖はレツの瞳をまっすぐに見つめてきた。

 ごまかしは、できそうにない。美女の金の瞳は、そう思わせるほど澄んで見えた。

 少しだけ黙し、レツは覚悟を決める。


「……ショウ君は……シザルドシティ西の森にある洞くつで……亡くなりました」


 少し俯き、机の上に組んだ手を見つめ、ようやくそう告げた。

 きっと、彼女が知っておくべきことなのだ。そんな気がした。

 ……が。

 やっぱりか……と小さくつぶやくブレットの声が聞こえたかどうか、といったところで。


「え? いやそれはないと思う」


 きょとん、と聖はそれを軽い口調で否定してきた。

 言われたレツが、思わず彼女を見つめぽかんとしてしまう程度には、あっけらかんと。


「えっ……? な、なんで……?」


 目を瞬かせ、レツが面喰いながらもそう問いかける。聖は、んー……と軽く目を閉じ、小首をかしげつつ軽く腕を組んで、人差し指を頬に添えながら何やら考え込み。

 すぐに目を開くと、死体見た? と聞いてきた。


「そ、れは……みてない、ですけど……でも、洞くつの中でアサシンと一緒に川に落ちたんです。水の流れはかなり激しくて、川もかなり深くて底が見えないくらいでした。そのまま……あがってもこなかったので……間違い、ないかと」


 後半になるにつれ、どうしても口が重くなる。それでもレツは、自分が見たままを聖に話し、僕のせいなんです、と再び視線を落とした。


「僕があのとき……無理を言わなければ……」


 後悔は、後からするものなのだ。

 今更何を思っても、過去は覆せない。苦い思い出は消えない。

 しかし。


「あー、いやまあ……あるよね、そういうの。でも今回に限ってはたぶん大丈夫だと思う……んだけどなあ。んーと、もう少し詳しく聞かせてもらっていい?」


 聖はレツの口の重さを、いとも軽く流して言うと、まずなんで洞くつに向かったの? と聞いてきた。


「あの辺には気になるものはなかった気がしたんだよね。ってことは、君……ええと、レツ君、だっけ? 君の用事で向かったってことかな」


 あってる? と確認され、少々戸惑いつつもレツは小さく頷いた。


「4年前……僕が、冒険者になりたいから、と……ショウ君に無理を言って、ついていきたいって駄々をこねて……一緒に行ってくれたんです」

「ふむ。……因みにその時の依頼って覚えてる? 口外できるようなもの?」

「あ、はい……洞窟の中に、遺跡の痕跡や模様があるかどうかを見てくる、という簡単なものでした」

「……遺跡?」


 す、と軽い雰囲気だった聖の瞳が少しだけ、真面目な光を帯びる。


「……アサシンと一緒に水に落ちた、って言ってたよね。相手はどんな感じだったか覚えてる?」


 先ほどまでの軽い口調とは違い、声に笑みを含めずに、真面目な声色で聖が言った。

 相手……つまりあの時の、ショウ君と戦った、黒づくめの……


「えっと……全身黒い、割と体にぴったりとした上下で……頭巾からは目だけ出てたと思います。武器は……鉤爪がメインで、投げナイフがあったかと。ショウ君に爪を折られた後は短剣も出してたと思いました」


 特徴は、なかったと思う。

 ショウ君のことしか思い起こすこともなかったので、4年も前の記憶だと少しあやふやだ。


「体格的には男の人だったと思いますが……それ以上は……あ!」


 そういえば、あの時。


「ちょっと待っててください!」


 いうが早いか、レツは急いで居間から出ると、階段を上がり自室に使わせてもらっている一室へ飛び込む。机の引き出しを漁り、奥の方に押しやっていたそれを取り出して、再び二人の待つ居間へ戻った。

 やや諦め気味の様子のブレットと、探るような視線を向けてくる聖の前に、これなんですが、と一枚のコインのようなプレートのような、薄い楕円形の金属を置く。


「これ、その時のアサシンが持っていたものです。僕にはちょっと、用途はわからないんですけど」


 鈍い銅色の、薄い楕円形のプレートだ。大きさもそれほど大きくはなく、最長部分でもレツの人差し指ほどの長さ程度のもの。掘り込みで何かの紋章と、裏面には文字のような、記号のようなものがいくつか描かれており、端に小さな穴が開いていた。


「ショウ君がこう……アサシンの胸倉つかんでばって引きちぎった……んだと思うんですけど、その時飛んできたやつで……」


 へえ? と聖はそれを手に取り、まじまじと見始めた。しかし横のブレットは、ため息をつきながら、やっぱり可能性としては低いんじゃないのか、と諦めが強い口調で告げる。


「話しを聞く限りだと、生存率はだいぶ低そうじゃないか? ……いやそりゃ、オレとしても生きててくれた方が、依頼も交渉もできるし、話しも聞けるだろうし嬉しいけどよ。実際……絶望的だろ」


 ぬるくなったお茶をぐいっと飲み干し、ブレットはもう一度ため息をついた。


「一緒に落ちたってのも、やばそうだしよ。狙われてたって話は聞いたことなかったけど、暗殺者向けられるなんてよほどやばい案件に関わってたんだろうなあ」


 眉間にしわを寄せ、空になったカップを見つめ、残念そうに言う。


「つーか水に落ちたってことは、その時持ってた諸々なんかも全部どこに沈んでるかもわかんねー感じか……」

「……いやまあ、多分そこは生きてるとは思うんだけど。ただもしそうだとしたら、下手すると捕まったか、あるいは動けないか……なあんか、あるかもねえ」


 金属プレートを見ながら、聖はそう眉をひそめた。少しばかり険しい目つきでプレートを裏返し、あー、と心底嫌そうな声を上げる。


「そういう感じ……。どうしようかな、とりあえずその洞窟行ってみてから……シザルドシティってどこだっけか……」


 ブツブツと、独り言のように呟きながら、何事か考え込んで。

 しばしのち、うん、と一人何かを納得し、金属プレートをレツにひらひら見せながら、これもらってもいい? と言ってきた。


「え? ええ……かまわない、ですけど……」

「そ、ありがと。でさ、お願いついでで悪いんだけど、その洞窟、連れてってくれない?」


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