第四章【16】


 ティアにとっての不幸は、くろ結晶核けっしょうかくおよび、ダンジョンの発明から始まる。


 倒しても倒しても、無尽蔵むじんぞうかつ神出鬼没しんしゅつきぼつに湧いてくる魔物。そんな魔物達の出現範囲を黒の結晶核で限定、そこにダンジョンを築くことで彼等を閉じ込める。この方策を編みだした神々と人類は、長く激しい魔物達との戦いに、ようやく活路が見いだせると歓喜の声をあげた。


 だが、その中にあって、真正面から異を唱えた者もいた。その1人がティアだ。


「魔物達を閉じ込めて、はい終わり?? そんなので、満足するわきゃねぇだろ!!」


「魔物どもを滅ぼして、滅ぼして、滅ぼす! それこそが、この戦いの終わりだろうが!」


「こんな……こんな、中途半端な終わり方、認められるわけがねぇ!!」


 そんな訴えを、ティアは強硬に続けた。魔物達を閉じ込めて放置、というやり方は彼女にとって逃げ・・にしか映らなかった。


「あたしは……あたしは! 黒の結晶核も! ダンジョンも! 決して認めねぇ!! 魔物を完膚かんぷなきまでに滅ぼすまであたしは戦いつづけてやる!」


 しかし、ティアの決意は、大いなる歴史の流れの中あってはあまりにも矮小だった。


 魔物との戦いは長く続きすぎた。神々も、神々に従った人類も、皆、戦いに疲れきっていたのだ。もう戦いに一区切りをつけよう。そんな流れが出来あがってしまった時、ティア=トゥガという女性は英雄でなくなってしまったのだ。


 ――魔物を滅ぼすなんて無理だ。


「無理じゃねぇ! 探し続ければきっと見つかる!」


 ――戦いはもう続けられない。


「あたしが戦い続ける! あたしが続けられる限り戦える!」


 ――これ以上、戦うのは無駄だ。


「だったら、ここで戦いをめるのは無駄じゃねぇのかよ!」


 何度も、何度も、ティアは戦いを続けようと、魔物を滅ぼそうと訴えた。だが、彼女に同調していく者達は日に日に少なくなっていった。いや、むしろ、厭戦えんせんの空気が蔓延まんえんしていた当時の空気の中で、彼女だけが気炎を吐いていたことがむしろ異常だった。


「ここで……ここで戦いをめたら、死んでいったあいつらの無念はどうなるんだ!?」


「魔物達を滅ぼして、平和な世の中を作るって、あたしは約束したんだ!!」


「それなのに、それなのに、こんな終わり方をするのか? 魔物どもは結局、この世界にのさばることには変わらねーんだそ!?」


「こんなことが許されるはずがねぇ!!」


 だが、時代は、ティアの方こそをむしろ許されざる者とした。


 強硬な主張を曲げないティアに対し、ついに、神々は彼女の討伐を決めたのである。


 ここに、英雄、ティア=トゥガに反逆者の烙印らくいんが押された。


「ふざけんな! あたしは、誰よりも魔物との戦いに貢献してきた! 多くの魔物どもをぶっ殺してきた!」


「それなのに! 必要なくなったら討伐だと!?」


「ふざけんな! ふざけんなぁっ!!」


 ティアの怒りはすさまじいものだった。今までは魔物だけに向けられていた彼女の中にあった憎悪のエネルギーが、今度は神々にも向けられた。ティアは魔物への憎悪によって英雄になったと評して過言ではない。それが、その力が、今度は神々に放たれた。こうして、ティアは神々へ刃向かい反逆者となったのである。


 ティアと神々の戦いは凄惨せいさんを極めた。そもそも彼女がドラゴンを討伐出来るほどの実力があったのにくわえて、志をともにした仲間達は全員例外なく精鋭だった。それがゆえに、一時期は本当にティアが神々を滅ぼしてしまうのではないかという勢いがあったのだ。


 だが、時代は、ティアに味方をしなかった。


 冷静に考えてみれば当然だ。その時代に生きたほとんどの人達は、戦いの続行を望んでいなかったのだから。最初から、大勢たいぜいは決していたのだ。『もう魔物と戦いたくない』と願う人々が作る歴史の流れに、ティアだけで抗えるはずがなかったのだ。


 結果、ティアの反逆は失敗。仲間達は、そのほとんどが討伐され、命を落とした。


 それでも、ティアは戦い続けた。たとえ独りになっても、戦って、戦って、戦い続けた。その暴れっぷりは、もはや誰にも止められないところまできていた。


「絶対に! 絶対に! 絶対に! あたしはあきらめねぇ!」


「神々も! 魔物も! 全部! 全部! 根絶やしにしてやる!」


 暴れ狂うティアに対し、真正面からのぶつかり合いは避けるべきだと判断した神々は、彼女の封印を決定。ありとあらゆる手段を用いて、その身をとある無人島に閉じ込めることにしたのだ。


 そして、封印は成功した。


 名も無き無人島に囚われることになったティアは、その後、長い時間を、独りで生きることになった。出ることは叶わない。それを許してくれるほど、やわな封印ではなかったのである。


 これが、ティア=トゥガという女性が、英雄となり、反逆者となって、独り生きることになってしまった経緯である。


 

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