第三章【17】
「さて、あれから1ヶ月ほど経過したが……タケルの様子はどうだ?」
「はい! この前はタケル様が元いた世界での宗教について教えていただきました!」
「ホーリィ、猊下はタケル殿のことを聞いているのであってだな……」
アレクスの問いにすぐさま元気よく返答をしたホーリィ。そんな彼女にセントがやや呆れながらつぶやく。アマロ大聖堂、その教皇の執務室に三人は集まっていた。椅子に座って向かい合う三人のそれは、ともすれば家族の
「はは、構わんよセント。この子の語り口が、彼の人となりを教えてくれているからな」
どこか安心したような様子のアレクス。ホーリィが抱いている尊への敬意は、十分過ぎるほどに伝わっているようだ。彼女としては素直に嬉しかった。尊敬する義父が、尊敬する師のことを信頼してくれている。肝心の尊にはまだ弟子として認めてもらえてないが。
「しかし……良かったな、ホーリィ。尊敬出来る人物と出会えて」
「はい! 話せば話すほど、尊敬の思いは深まるばかりです!」
「なるほどな、一度私も話してみたいものだ」
「それは素晴らしいことです!」
思わずホーリィが身を乗り出してしまう。尊と教皇がどのような話をするのか、ホーリィが興味を持たないはずがなかった。
「流石に、私は反対だがな」
「兄さん」
「そんな目をするな。そんな簡単に承知出来るわけないだろう」
横から冷水をかぶせるセントに、ホーリィはどんよりと暗いまなざしを送ってしまう。この兄のことをホーリィは本当に尊敬している。尊敬はしているのだが、融通がきかないところは素直に好ましくなかった。
「セント」
「はっ」
「お前の目から見て、タケル殿はどう映る?」
「それは」
「お前も見てきたはずだ。
そう、尊が拘束を解かれてからは、セントを含めた神聖騎士団の面々も尊を側で見ていた。ホーリィのように四六時中側にいるというわけでもなく、積極的に交流を持ったわけではない。主目的はあくまで監視だ。ただ、尊の人となりを見ていないはずはない。
ホーリィとしても気になるところだった。ホーリィ自身、尊のことになると盲目になりがちなところがある、それは自覚している。その点、セントはそういった部分での線引きはしっかりしていた。そんなセントから見た尊の人物評は聞いてみたくはあった。あんまりひどいものだったら徹底的に反論する気満々だったが。
「……そう、ですね」
腕を組んで、セントが考えこむ。即座に答えを出さず、しっかりと吟味してからというところにセントの愚直な真面目さが表れている。
「大筋の意見としては妹と同じです。人格者、いや、聖者と評して良いと思います。見識は深く
ホーリィの鼻が高くなる。やはり尊敬する師が褒められると気分が良い。
「大筋で、と言うには何か含むところがあるのだな?」
「はい」
が、ホーリィのそんな気分も一瞬で吹き飛んだ。何故だ、あれほどの人格者にケチをつけるところがあるというのか。
「しかし、この考えはどうも確固たるものではなく、猊下のお耳に入れて良いものかと……」
「忌憚のない意見で良いと私は言ったぞ? 構わないから、言ってごらん」
顔いっぱいに渋面を作ったセントを見て、アレクスがほがらかに笑う。ホーリィと同じように、この義父もセントの真面目さを愛し、尊敬しているのだろうか。きっとそうだ。
「どこか、
セントの言葉を聞いて、ホーリィは背筋が寒くなった。
「何と言いますか……自分自身にどこか投げやりというか、自分の命にまるで意味を感じていない、そんな印象を受けます」
「先の言葉を蒸し返すが、人としては尊敬出来るのだよな?」
「はい」
「それほどの人物が?」
アレクスがホーリィに視線を向ける。
「お前もそう思うか?」
「……はい」
ホーリィもそこは分かっていた。尊をはとにかく自己の評価が低い。それこそ、セントが言ったように自分の命を
だが、それを認めたいかと言うと、話は別だ。
「私は、何度も尊敬していると、素晴らしい人物だと伝えているのです」
「だが、受け取らないと?」
「はい」
「ふーむ、となると、
アレクスの結論は順当なものだ。反論の余地はない。
反論の余地はない。そのはずなのだ。
「よし、これからは彼の抱える虚無とやらを理解していこう。ホーリィ、それで良いな?」
「はっ、はい」
「現状、タケル殿の信頼を重ねている者はお前だけだ。負担をかけるのは忍びないが、頼んだぞ」
ホーリィが、控えめにうなずく。アレクスの言葉を拒否する理由はどこにもない。
「セント、引き続きタケル殿の監視を頼む」
「はっ!」
「話を聞く限り相当な好人物なのは分かる。だが、それでも何が起こるかは予測出来ん。騎士団には危険なことばかりを負わせてしまうが……」
「何を、それが我等の使命であります」
椅子から立ち上がり、
「とにかく、今はタケル殿のことを理解することが最優先だ。会話を重ね、様子を見続け、彼のことを理解していこう」
厳かに、重厚に、アレクスが言い放つ。彼にとって、尊という男の存在は決して軽いものではないのだろうか。冷静に考えて、扱いを一歩間違えれば教会の存続に関わりかねないことだ。教会を束ねる教皇としては決しておざなりに出来ない。ホーリィもそれは理解している。
「頼む。私も最大限の力を尽くすよ」
その言葉は、きっとホーリィが想像しているよりも、ずっと重い。オグト=レアクトゥスにおける最大の宗教、それを率いる人物が最大限の力を尽くすと申し出ている。そんな事態が、果たしてどれだけあるのだろうか。空気が引きしまっていくのをホーリィは感じた。
そう、尊のことは教会にとって重大事だ。
そんな重大事における最重要な部分を、ホーリィは任されている。
ホーリィもそれは良く分かっている。
だが、それを理解してなお、彼女には言えないことがあった。
「ホーリィ? どうした?」
「……いえ、何でもありません。タケル様のことで分かったことがあれば、ご報告させていただきます」
「……そうか」
そんなホーリィにアレクスは違和感を感じたのだろうか。本当ならここでその心情を吐露するべきだ。
けど、どうしても、ホーリィはそれが出来ない。
(だって、それを言ったら……)
その先を想像して、ホーリィは心が
実のところ、彼女は尊の望みについてだいたいの目星がついている。いや、もはや確信しているのかもしれない。それくらいには、尊のことをホーリィは理解している。
だが、それを言ってしまったら、それを認めてしまったら。
その望みを叶えてしまうことになったら。
ホーリィはきっと、後悔してもしきれない。
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