第一章〜ただ、犀の角のように歩け〜

第一章【1】



 さて、突然だが、歴史と地理の話をしよう。オグト=レアクトゥスにおける、歴史と地理の話だ。


 オグト=レアクトゥスには大別して6つの歴史的区分がある。


 《創世の神 レアクト》が、星に人間を創ったことをきっかけに、種々しゅしゅの神々が数多の亜人を創り、この世界での大きな輪郭を形成した【創世期そうせいき】。


 ついで、神々が個々で己の宗教を創始。その宗教的対立により、神々とそれに従う人類の間で宗教的大乱を起こした【神聖大戦期しんせいたいせんき】。


 泥沼どろぬまになった大乱から、世界が、自身を守るために、神と人類の天敵、魔物を生み出し、彼等との激しい戦いを繰り広げた【神魔大戦期しんまたいせんき】。


 《くろ結晶核けっしょうかく》の発明により、魔物との戦いが小康。魔物を生み出す大乱を起こした反省から、神々は《神聖十字盟約しんせいじゅうじめいやく》を制定。盟約に従い世界から手を引くことになり、人類達が自身で世界に生きる方法を模索し、その結果、単一種族国家を次々と成立させた【盟約創世期めいやくそうせいき】。


 単一種族国家の活躍により、世界においてどんどん人類の生存圏が拡大。その中で、世界の主な支配者となったエルフの国とオークの国が政治的な対立を起こしたことがきっかけで世界全土に巻き起こった、亜人による大乱の時代【亜人大戦期あじんたいせんき】。


 そして、混迷極まる人類同士の大乱の中、多種族融和国家の樹立、転生者の積極登用、魔術刻印マギアサインの発明等で、圧倒的な国力を手に入れた人間が創立した国、イドナティーユ帝国が亜人大戦を制した後の時代である、【人類融和期じんるいゆうわき】。尊が生きることになった時代はちょうどこの時代である。


 さて、世界の覇者となったイドナティーユ帝国であるが、広大な領地を全て管理することは不可能と判断。国際条約たる《ファーレインウェトス条約》を制定し、今まで自身が征服した国々と同盟関係を結ぶ形で緩やかな統治を行うことになる。


 その際、同盟を結んだ各国ににらみを効かせるため、世界を構成する4つの地方にイドナティーユ帝国の分国を配置することにした。


 《シムエク帝国》は、そのようにして成立した国家の1つだ。


 先述の通り、オグト=レアクトゥスの世界は主に4つの地方に分けられる。その内の、南北に細い、鉄鉱資源豊富な山々を多く保持する《フラテイユ大陸》を中心とした《フラテイユ地方》にシムエク帝国は存在する。


 イドナティーユ帝国につらなる国家として、同地方の重鎮として君臨するシムエク帝国。この国の特徴としては、尚武しょうぶ、が挙げられる。


 元々、フラテイユ地方は、神魔大戦のみぎりより、激しい戦いが行われた場所である。ここに存在するダンジョンも多く、出現する魔物も強力なものが多い。この地方に存在する国家の1つ《トベツチ王国》は、世界一保有するダンジョンが多いことを売りにしているほどだ。


 そんな訳で、色々な意味で試される大地であるフラテイユ地方に幅を効かせる国家として、大きな武力を所持し、国民も大いにそれを奨励しょうれいする。


 それが、シムエク帝国である。

 

 それ故に、血なまぐさい話題には事欠かない。


 他国家への武力行使を行うことはしょっちゅうの話。それどころか、謀略等の裏向きの力を使うこともしばしば。帝国によるフラテイユ地方の統一を図っているという噂が、大陸中に流れているほどだ。


 他国内でもそうなら、自国内でもそうである。流石に、自国で大規模な内乱を起こすことはそうないが、代わりに、軍人による権力闘争はもはや日常のこと。歴代の君主は、そんな軍人達の政治的バランス調整に毎度毎度苦心している。よくも悪くも武力が深く根付いてしまった国、それがシムエク帝国である。


 そんなシムエク帝国であるが、オグト=レアクトゥスにおいて、様々な伝承を残すとことになる異端の聖人、黒染くろぞめの聖者せいじゃを知る上で切っても切り離せない国なのである。


 なぜなら、黒染めの聖者、と言う名がオグト=レアクトゥスの歴史上初めて現れたのは他でも無いこの国からなのである。後に、多くの人々によって一種の伝説となって語られる黒染めの聖者の物語は、ほぼ全てがこの国から始まりとなって語られるているのだ。


 ところで、オグト=レアクトゥスにおいて一般的に語られる黒染めの聖者の物語には、1つ目を引く特徴がある。それは、女性遍歴じょせいへんれきだ。


 語られる物語が嘘かまことかは別として、黒染めの聖者の物語にはとにかく様々な女性が登場し、かの人物と深い関わりを持つのである。


 もちろん、それは、黒染めの聖者の名が初めて出てくるシムエク帝国においても例外では無い。かの国においても、黒染めの聖者はとある女性と出会い、深い関わりを結ぶ。そして、後の世に、その女性との物語が広く伝わることになるのだった。


 その女性の名は、シムエク帝国が第二皇女、シャーフェ=クーニッヘ。通称、『赤髪あかがみ狼姫おおかみひめ』。

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