ちょっぴり不幸な私の生活

飛鳥文化アタッカー

見知ラヌ場所、見知ラヌ世界

えぇ…我が家に早く帰りたいんですけど


気がついたら私は異世界に来ていたみたいだ。なんでだよと言いたくなるくらいには原因がわからない。別に死んだわけでも、何か落下したわけでもなく、ただ瞬きをした次の瞬間にそこは普段の街中じゃなかった。あまりにも唐突過ぎてびっくりだよ。


「………どこ………ここ………」


私の最初の一言は、そんな当たり前の一言だった。


「えぇ………本当にどこだここ………」


漕いでいた自転車から降りて周囲を見回す。そこは、どう考えても街中じゃない。どう見ても大きな草原だ。右側には地平線まで続く広大な草原が広がっていて、左側には燃えるような緑に覆われる巨大な森林が茂っていた。どう思考を働かせても、ここが登校中の通学路には思えなかった。そもそも、私の家の周りはこんなに田舎ではない。


「ついに幻覚でも見え始めた………?いや、別に危ない薬とかしてないけどさ………でも、これは………」


これは、どう考えてもおかしな事が起きている。まるで、異世界転生とか異世界転移系の小説の物語の冒頭みたいじゃないか──ここ、もしかして異世界………か………?


「いや待て待て待て………思い違いだったらめちゃめちゃ恥ずかしい厨二病野郎だって自覚しろよ私。もっと情報収集をしてからでも遅くはない………うん、多分」


例えここが地球だったとして、どこだかわからない場所へ強制的に転移させられるのもどうかと思ったが、今はその事については後回しにすることにした。別に、異世界転生とか異世界転移とか、1ミリも望んでいないのに………むしろ、インターネットが使えなくなるのはやばい。私の大好きな読書が禁じられてしまう。私はパパッとスマホを取り出して、通信料とか無視してインターネットの動画を開いてみた。


「………なんで繋がるの?」


異世界ではなかったのかという疑問が浮かんできたが、何故かインターネットがしっかりと繋がった。これは絶対に繋がらないだろうと思った適当な動画配信アプリの生放送とも繋がった。なんだこれ。一切の遅延も何もなく、普通に繋がってくれた。必要な時はこれで調べ物ができそう。………とか、そんなアホみたいな事言ってる場合じゃない。私はスマホから地図アプリを開いて、現在地を調べたのだが………結果は思っていた通り、一切の意味がないようだった。現在地としてでているのは、私が直前までいた地域の街中。草原でも森林でもなく、ただの都会に近い街中だ。ただ、現在地に私の印は無い。それだけで、かなり異常な状況なのがわかってしまう。


「なんで繋がらないの………?位置情報サービスはついてるのに………まさか、本当に異世界………?いや、いやいやいや………そんなわけないでしょ常識的に考えて。………唐突に草原と森林が見えるのは、どう考えても常識的じゃないよなぁ………うわぁ………ここ異世界なのかなぁ………嫌だなぁ………」


まだ確定したわけではない………したわけではないが………地球とは思えなくなってきた。私がうわーとか思いつつ空を仰ぐと、空には真っ赤な月と真っ青な月が2つ見えてきた。どう考えても地球では見られないような光景が見えてきて、私は現実逃避を始めてしまった。


「いや、あれはきっと幻覚だ。幻覚に違いない………きっと変なことをしたら、周りの色んな人に白い目で見られるに違いない………ちくしょう!なんでこんなことになってるんだよ!」


思わず叫んでしまった。それなのに、これが幻覚ならいるであろう周囲の人間誰一人として反応がない。………これは、マジか。


「ってことは………マジで異世界の可能性が大………?」


私は諦めて、ここが異世界ということを受け入れることにした。諦めは大事だからな。







「道長い………なんだここ………まぁ、自転車があったから、よかったものの………はあっ………無かったら、どう考えても、倍以上時間かかってるだろこれ………」


私は近くに見つけた道を走っていた。異世界にやってきた時に乗っていた自転車を使用して。目の前に見える景色の大半が地平線まで続くほど長い道で、その事実が私に対して着実に精神的ダメージを与えている。辛い。どう考えても持久走とかすぐにバテるやつが自転車を漕いでもいい距離ではないだろう。


「はぁっ、はぁっ………一旦………休憩…………」


私は自転車を漕ぐのを一時中断し、道の近くに発見した木陰で休憩することにした。木の側に草地の存在していないスペースがあるので、多分ここは私以外の人間も使っている可能性がある。が、今はそんな事どうでもいい。こちとら疲れてるんじゃ。


「ふぅ………自転車の鍵かけてないけど………まぁ、大丈夫だろ………」


こんな草原や森林のある場所で他の人間が見つからないのだ。自転車を放置していても大丈夫だろうし、そもそも乗り方を知っている人間がいるのかどうかわからない。流石に寝る時くらいは二重で鍵をかけるが………そうか、この草原のどっかで寝る必要があるのか、私は………


「精神的ダメージがヤバすぎる………なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないのさ………私はごく普通な男子高校生だよ………?もっとこう、クラスメイトの全員と一緒にとか………主人公のお供的な立ち位置で異世界は来たかった………なんで私1人なんだよ………せめて女神様とか神様の説明とか………めっちゃ強いチート能力とか欲しかった………というか、なんの説明もなしで異世界転移とかあり得ないんですけど………はぁ………面倒だ………面倒すぎる………なんで私はめちゃめちゃに面倒な目に合わなければならんのだ………くそがよぉ………」


私は身体的精神的に相当疲れているらしく、普段ではあり得ないくらいに愚痴がどんどん溢れてくる。というか、普段は知り合いとか友人とか家族がいるから本音を言えないだけで、内心では普段から愚痴りまくってるけど………そこは気にする所じゃない。私が気にしないといけないのはこの世界の方だ。自分の事なんか気にしてもどうにもならんし………


「はぁ………所持品の確認でもしよっかな………なんか良いもの入ってるかもだし………」


そう言うが、本心ではあまり期待していない。なんせ、登校中に持ってるものなんてたかが知れている。これからこの世界で生き抜くというのに、背中で背負える程度+αの荷物しかないのは、割と絶望的だ。それでも淡い希望を求め、背中のバックパックを地面に下ろして中を確認する。


『所持品一覧』

バックパック

雨合羽上下(自転車用)

置き傘×2本(赤色と灰色)

体操袋セット(体操服上下とジャージ上下)

生徒手帳

筆箱(鉛筆×5、シャーペン×2、消しゴム、15cm定規、携帯型鉛筆削り、ボールペン×2、マーカーペン×3色、ハサミ、糸切りバサミ、針と糸一式、色鉛筆×36色、缶バッチ×2、金属クリップ×4、ノートの切れ端で作ったメモ紙×23)

スマートフォン(充電99%)

イヤホン(有線)

クリアファイル×4枚

B4用紙×31枚

学校のプリント×7枚

替えの靴下

制服一式(着てる)

白いスニーカー(履いてる)

ネックウォーマー

手袋(着けてる)

大きめのビニール袋

自転車(乗ってるママチャリ)

自転車の鍵

自転車のチェーン

自転車のチェーンの鍵

水筒(1リットルの冷水)

弁当(1食分)


持っていた物はこれくらいだったので、静かにバックパックを閉じる。


「………はぁ………」


最初に出てきたのはため息だった。なんと言ったって、私の持ち物の中に有用なものがあるが──移動手段である自転車関係や水筒に弁当は嬉しいし、なんで入ってるか知らない針と糸も使える。雨合羽や体操服とジャージも着替えや寒い時の追加の服としていざと言う時に使えるし、置き傘も使う機会がある筈だ。スマホもなんでか知らんが使えるので、とても嬉しいことだが──


──が、あまりにも少ない。異世界にいつの間にか放り出されて持っている装備としては、なんともお粗末だ。というか、弁当も当然1食分しかないわけなので、私の根性の無さを考えれば1日持つかどうかという所だろう。水筒も同様なので、正直これから生きていけるか不安だ。私は別に必要のなかったサバイバル知識も持っていないし、スマホで調べようとしてもここは異世界。地球のサバイバル知識が通用するかどうかもわからんし、そもそもそんな簡単に出来るものではない。寝泊りや移動の事も考えると、割と絶望的だ。


早く街とか村とかとにかく人のいる所を見つけて、この世界の情報を集めたいところである。お金が無いので働き口も探さねばならないし、お金が無いせいで最悪街や村の中にすら入れない可能性がある。正直自分の運は良くも悪くもない程度だと思っていたのだが、今日はなんとも不幸だと思うので、正直な所不安になっている。普段の私はもっと楽観的でポジティブなのだけれど、流石にこの環境で楽観的にはなれない。一歩間違えたら異世界でサバイバルまっしぐらな状況でポジティブになるのは流石に厳しい。


そうだ、何かしら自分の容姿に変質や変異が起きていないか確認しておこう。多分何にも起きてないと思うけど。とりあえずスマホを取り出し、電源は付けずに真っ黒な画面を自分に向けて簡易的な鏡のようにして自分の姿を確認する事にした。


まずは髪。色は黒。散髪するのが面倒で最近行ってないから割と伸びてるなぁ。肩にはついてないけど、前髪で目が隠れるくらいには長い。続けて顔。ふむ、特に変化はない。中の下くらいのどこにでもいそうな顔である。そして身体。隅々まで触ったりして確かめるが、やはり痩せ型の男子高校生からは外れない程度の体型という事しか分からない。うーむ、肉体の変化は無いと見ていいだろうか?



「………とにかく………今日中に街か村を見つけないと餓死するだろうし………流石に嫌だなぁ、異世界で餓死とか………」


普段ならこのまま2時間くらい休憩していたいが、今の私にはそんな時間的余裕は無い。私は全ての荷物を背負って自転車に乗り込んで、再度道に沿って自転車を漕ぎ出した。







それから約30分程、何者かに襲われたわけでもなく、何かしらの化物に遭遇することもなく、とにかく安全な道のりだった。特に風景に変化があったりだとかそういうのも無いが。ちなみにわかっているだろうが、元の世界に帰れたとかでもない。私としては、いつの間にか元の世界に帰れたらいいなとアホみたいな希望的観測をしているのは否めない。というか頼っている。そりゃそうだろう。自分の力で帰れないなら摩訶不思議パワーで帰れるのを期待するしかないのだから。神頼みとも言う。


「………ん、何あれ?………馬車、だよな………アニメとかゲームで見たことあるし………でも、あんな形状だっけ?」


唐突に異世界にやってきたという割と絶望的な状況の中で割と能天気にゆったり自転車を漕いでいると、私が登り切ったちょっとした丘の下り坂の先に、おそらく馬車と思われる物体と、何人かの人が止まっているのが見えてきた。休憩をしていることは遠目からでもわかるのだが、なんか馬車の形状が見たことのない形状をしているのが気になった。


普通の馬車は、前面と後面は出入り口で、そこに風除けの布が被っているのが普通だと思っていた。が、あれはなんか違う。なんか、格子っぽいのがあるのだ。………もしかしてと思った私はスマホの電源をつけて、本来は小さな文字を見るための機能を望遠鏡代わりにするために素早く立ち上げ、丘の下にある馬車の中を覗き見る。


「………マジか、異世界の確率が上がった。悪い方向にだけども………」


丘の下にいた場所の中には、金属製の手枷や足枷を着けている女性や女の子が8人、俯いて座っていた。彼女達の着ている服は、控えめに評価してもみすぼらしい服を着ていた。客観的に見て、やっぱり彼女達は奴隷なのだろう。無理矢理に拉致って奴隷にしたのか、それとも普通の犯罪奴隷とか借金奴隷かどうかなんて知らないが、とにかく関わるようなことはしてはいけないだろう。こういう時の私の考えを無下にすると酷い目に遭うのはわかっているので、さっさと先に進もう。


「だって怖いし………奴隷の存在もだけど、護衛っぽい人達が武器持ってるのが怖いよね」


私は楽観的で脳筋だけど、勝てる相手と勝てない相手の区別くらい高校生なので流石につく。いざという時にあの集団に襲われたら、どう考えても勝つ未来は見えない。別に武術をしてるとか、単純に喧嘩が強いとか、私がそんな都合のいい事をしているわけがないだろう。私はただの一般人で、普通の学校生活をしていて、基本的にインドアな、読書と動画を見るのとふとした時にする調べものが生きがいの、ただの男子高校生だ。こんな私にあの奴隷の女性達を救うなんて、不可能なのはどう考えても明白だろう。


それにだ。例えあの奴隷の女性達を助けても、その後のアフターケアみたいな事を私はできない。今無一文だし。せいぜい『森へお帰り〜』的なことしか言えないし、そもそも彼女達が良い人間かもわからない。奴隷というからには何かしらの事情があるのだろう。が、それが拉致されて無理矢理に奴隷にされているのか、何かしらの犯罪を犯して奴隷送りになったのか、私には一切わからないのだ。そんな私自身を危険に晒すような行為、私はドMでも死にたがりでも無いのでやろうと思わない。というか、私には最初から彼女達を助けるなんて選択肢は無い。


確かに、助けるメリットだってある。奴隷の彼女達からこの世界についてに色々なことを質問できるかもしれないし、助けてくれたお礼ということで街か村を探す旅について来てくれる可能性だって十分にあるかもしれない。それから、私よりも強い人がいて護衛として連れていけるかもしれないし、異世界のサバイバル技術を持った人がいるかもしれない。………しれないが、それ以上にデメリットが大きすぎる。


私を殺すことができる可能性がある。それだけで、デメリットは十分と言っていい程に高い。私は私自身の虚弱さを理解しているからこそ、不可能なことには関わらない。私は喧嘩すらしたことのない心優しい人間だぞ?他人に手をあげることができない心優しい人間だぞ?女性であっても喧嘩じゃ勝てるわけなかろうよ。しかも、あんなに沢山いたらすぐリンチされるだけでしょ。というかこの前、女友達との腕相撲で普通に負けたし。………思い出して悔しくなってきやがったわくそっ。


まぁ、私の心情を正確にするならば、喧嘩をしたことがないのは、そんなことをしても元の世界じゃ何一つ解決しないので無駄な事だなと思っているだけだ。わざわざ他人に手をあげることができないのは、それをすると最悪犯罪になりかねないからしていないだけだ。そんなアホみたいな罪を犯して、自由の殆どない犯罪者にはなりたくなかったのだ。私はやりたいことをするけれど、犯罪を犯してでもやりたいなんて思ったことはない。十分常識の内だろう。


「とりあえず………一気にパパッと隣走ってこう。丁度下り坂だし………自転車で行ってどうなるかは知らないが………まぁ、いけるじゃろ」


さっきまで色々と考えていた筈だが、そろそろ頭を回すのが疲れてきたので何も考えずに突っ込むとしよう。私はそんな、まるでというかまさしく脳筋のような短絡的で馬鹿みたいな方法で隣を突っ切ることにした。色々と考えてみたが、正直突っ込んで逃げ切る方が楽だし最善だろう。うむ、やっぱなんも考えずに脳筋みたいなことするの楽しいな!ゲームと一緒だ!


私は自転車にしっかりと乗り込み、ギアを6にして下り坂を全力で立ち漕ぎする。丘の下から奴隷達やその商人さんとか護衛さんとかからしっかりとと見られているが、その視線を全て無視して走り抜けた。その馬車から全力で離れることができるよう全速力で立ち漕ぎを続けてへとへとになりながらも、馬車が見えずにこっちも見られない場所までやってこれた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁー………めっちゃ疲れた………でも………これで………厄介ごとが減る………!」


一切の関わりを持ちたくないからこそ、一切干渉しないように全速力で走ってきたのだ。一度関わりになってしまえば、そこから芋蔓式に面倒が増えていくのは経験で知っている。ならば、最初の干渉を最小限にすれば………いや、干渉すらしなければよい。そうすれば関係を持ちようがない。はっはっは!………はぁ、めちゃくちゃ疲れた………くそが、なんで最初に会う人間が奴隷商人とかなんだよ………さっきまではそう思わないようにしてたのに………せめて最初は、めちゃめちゃ渋くてかっこいいおじさんか、めっちゃ頼りになる景気の良いお兄さんか、めちゃくちゃに可愛い女の子と会いたかった………流石に高望みし過ぎか。というかアニメとかゲームの見過ぎにし過ぎ。厨二病かよ。


私は10分程度の休憩と給水をとると、すぐに自転車を漕ぎ始めた。これ以上、ほんの僅かであろうが奴隷商人の一団との関係は持ちたくない。例え奴隷商人さんがめっちゃ良い人で、護衛の人たちもめちゃくちゃ強くて良い人達で、奴隷の彼女達も拉致されたわけじゃなくて犯罪を犯した犯罪奴隷で、刑期を軽減する為に性的なご奉仕では無く通常のメイドのような扱いをされる予定だったとしても、そして奴隷の彼女達の性格がめっちゃ良い人達だったとしても、私は絶対関わり合いになりたくない。


私の希望的観測が外れるのはいつもの事だし、私の予想の斜め上に来るのもいつも通り。私みたいな人生経験の少ない男子高校生じゃ想像もつかないくらいの現実があることを、私はよく知っている。こういう事柄に関して警戒して一切の損はない。準備不足より準備過多、小さなテーブルより大きなテーブル、短い帯より長い帯、小金より大金。何事も大きかったり多かったり長かったりした方がいいに決まっている。大き過ぎても多過ぎても長過ぎても、それなら後から幾らでも調整が効く。


が、小さかったり短かったり少なかったりしたら、その調整は物理的に不可能。ならば、余っても過多の方がいい。こういう警戒もする時は全力でして、警戒する必要性がないなら後から止めればいい。物理的なモノも精神的なモノも、余っていれば後から幾らでも調整が可能だ。これは人生経験の少ない男子高校生がいう戯言だが、私はこれまでの人生で少なくともそう思った。実際、今日も準備過多のお陰で持ち物が多い。


今日は雨合羽とか置き傘2本とか絶対に使わない天気だったし、そもそも置き傘は1本で十分だ。今日は月曜で体育がないけれど、明日持ってくるのが面倒で今日は自転車の籠にぶち込んでいた。正直水筒も1リットルとか必要ないし、氷を入れる必要も一切ない冬だけど、一応1リットル全部ぶち込んで氷も飲んだら身体が震えるくらいには冷たい。筆箱に入っていた針と糸も、裁縫箱を全部持ってくるのが面倒で針と糸だけ個別の小さな箱にぶち込んで持ってきていただけだ。鉛筆もシャーペンも、月始め最初の月曜だから全部新品でシャー芯もばっちり準備済み。弁当も普段の二割増しをする為に自作のサンドイッチを追加で入れている。


んー、なんとも今日の私は準備が良い………そんなちょっとした幸運を理由で異世界転移とかされてないよね………?大丈夫だよね女神様?ねぇ大丈夫?私は普段よりしっかりとした準備をしただけで異世界転移とかされてないよね?そんな些細な幸運とも不運ともとれない微妙なラインの事柄で異世界転移してないよね私。大丈夫だよね?え、めちゃめちゃ不安になってきたんだけど………







時間は異世界転移から4時間が経過した頃、私はついに地平線の先に大きな街を発見した。お昼前に到着することができてよかったと思い、あぁ街までの道のりが遠いなぁと若干遠い目をしながら自転車を漕いでいる。ただまぁ、何も見えないよりはマシだろう。到達する結果が見えるのと、途方もない道のりが続くのだったら、まだ前者の方がモチベーションがある。人間モチベーションが低いと何もしたくなくなるのだから、モチベーションが高くなるような行動を心がけるべきだろう。


そんな私は、既に地平線の先にあった大きな街に到着していた。異世界の街らしいのかどうかは知らないが、検問的なのがしっかりとあるらしい。お金は必要なさそうで安心した。私はその検問の待ち時間中だ。心も体も限界──なんてことはなく普通に疲れたくらいだ。お腹も空いているが、別に1食分なら抜いてもあまり活動には問題ない。喉は今さっき給水したので平気。うーん、割といいんじゃないか?


1つ懸念することは、自転車を街の中に持ち込めるのかどうかということだ。例え持ち込んだとして、街の中で自転車を使えるかどうかも知らないが。けどまぁ、一緒に異世界に転移した私の持ち物には変わりがないので、道づrゲフンゲフン、ほら、仲間とは一緒にいたいじゃん?なぁ自転車、お前色々と錆びたりしてるけどまだ動けるだろ?なぁ?お前は例えぶっ壊れても修復して限界まで酷使してやるからな………?安心しろ………?


「次の方どうぞ!」


と、私が意志のない自転車と謎の茶番をして暇潰しをしていると、次は私の順番らしい。そもそも並んでいる列も3、4人程度しかいなかったが、それでもある程度は待つみたいらしい。私は自転車を部屋の外に置いて、多分検問室的な部屋に入った。言ってしまえば壁床天井の全てが石でできている取調室みたいな感じだ。その中に入ると、私と対面のもう1人のローブを着ている人が椅子に座り、めちゃめちゃ強そうな鎧と槍を持った兵士か衛兵かはわからない人たちが3人扉周辺に立っていて、どう考えても逃げられない布陣で待機している。なんで?私善良な一般人だよ?


「それではまず、この水晶玉に触れてください。それから、私がする質問に嘘偽り一切なく答えてくださいね」


ローブを着た魔法使い風のお兄さんが、私にそんなことを言ってきた。そして、そのお兄さんと私の前には水晶玉っぽいのがズドンと置かれた。え、それ使うんですか?何?その水晶玉は異世界版の正確な嘘発見機みたいな感じ?だから嘘偽りなくってこと?え、ちょっと怖いじゃんやめてよ。私はそう思いながらも、渋々水晶玉に触れた。


「それでは、貴女はどこから来ましたか?」


「ええっと………日本?」


私は生粋の日本人だ。ちなみに山形県生まれのの東京都千葉県育ち。多分、日本なら嘘も偽りも一切ない筈。国名だから、私は何も間違ったことは言ってないしね。私が質問に答えると、触れている水晶玉が光った。え、なにそれ。


「はい………はい、それでは次です。どのような目的があってこの街に来たのですか?」


「あー、っと………職場を探しに、来ました」


私はお金を一銭も持っていないので、この世界の稼ぎどころを自分で見つけなくてはならない。これまでの私は一人暮らしをしていたわけでもなく、親がいないわけでもない。普通に親頼みの生活を悠々自適に過ごしていた。今日から働けるような場所を素早く探さないと、私は見知らぬ異世界で普通に孤独死してしまう。お金も無いしな。だから、嘘も偽りもないだろう。質問に答えると、また水晶玉が光った。え、本当になに?


「はい………はい、それでは次ですが………女性ですか?男性ですか?」


「………は?」


は?なんだお前のその質問。ぶっ殺すぞ。………いや、冷静になろう。イラッとして声に出しちゃったけど、まだ挽回の余地はある。うん、私は生粋の男性だ。例え親しい友人に『聖女』とか『シスター』とか言われたり、女友達に男扱いされてなかったり、なんか知らんけど女子力が女子よりあったり………思い出すだけでイライラしてきたな。とにかく!私は男なんだよ!女の子なわけがないだろうが!!


「………えっと、すいません。私は男性ですよ。女性なわけがないでしょ」


外見で気付けよ雑魚が。お前の目は節穴どころか奈落かよ死ね。………くそが………私を女性扱いするのは地雷なんだよ………落ち着こう。口調が荒くなってる………流石に、ここで失礼なことをするのはまずい。割と本当にまずい。


「………ああ、すいません。とても中性的な顔立ちとお声でしたので………それに、体格も華奢で肌も比較的色白ですし、一人称も"私"でしたから………お気を悪くされたのなら、本当にすいません」


「ああ、いえ………別にいいですよ。誰にでも間違いはありますから」


………確かに、インドア派で家から必要以上に出ないから肌は白いし、身体に脂肪が付きにくくてというかあんまり食べないからか痩せてるし、体動かすの面倒で鍛えてないから男らしい体格とは言えないし、顔も女友達に無理矢理させられそうになった女装紛いのやつで中性的な顔って知ってるし、声も他の男友達と比べて少し高めなのは知ってるし、一人称が"私”なのは癖のようなもので慣れてるけど………。あれ、今度は水晶玉が光らなかった。え、本当になんだあれ。そういう演出だったりする?今私ブラフかまされてる?大丈夫?私騙されてないよね?


「すいません………そうですね、これで質問は終了です。お時間を使ってしまって申し訳ないです」


「えっいや、大丈夫です。こちらこそありがとうございました」


とりあえず終わったらしいので、私は若干不服になりつつも、大事な荷物と大事な自転車を持って街の中に入っていった。













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【検問報告書】

『検問担当者』

ドルトル・ミーツ

『検問した日付』

アールの月の7日

『検問した時刻』

11時80分

『検問者対象者の氏名』

マツウラ アオイ

『検問対象者の性別』

女性

『検問者への質疑応答の内容と、真偽の結果』

質問:どこから来たか

返答:ニホン

真偽:真実


質問:街に入る目的

返答:職場を探す為

真偽:真実


質問:男性か女性か

返答:男性

真偽:偽り


『備考』

性別についての質問をした際、わかりやすい動揺が見て取れました。水晶玉も反応しなかったことから、彼女はおそらく性別を隠して旅をしているのでしょう。ここ最近は女性の働き手よりも男性の働き手が求められているという噂を耳にしたので、女性ながらも高額な働き口を探す為に性別を偽っていたと思われます。女性のような所作を行なった回数もかなり短く、私でも見逃したものがあったかもしれません。かなり男性の所作を練習したのでしょう。彼女は恐らく、注意人物ではないでしょう。ニホンという地名に聞き覚えはありませんが、恐らくは私も知らない村の名前なのではと思います。それと、検問後に水晶玉の使用期限が切れていたので、充魔をお願い致します。


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