第1章 農夫の子(2)

 どういうことだ? 二人は知り合いなのか?


「メイファ。別に君たちを探し出すつもりでここに来たわけではない。正直私も驚いているんだよ。これもエリシア神の加護というものかね?」


 エリシア神というのはこの地方に古くから信仰されている神であり、大地と空の創生神とされている。この地方にすむすべての人々がこの神を信仰し、年に2回神をまつる祭典が行われる。


 いや、今大事なのはそこではない。男の言葉の中にもう一つ引っかかるところがある。

 男はこう言った。「君たち」と。一人は母のことだろう。とすれば、あとは、だれを指しているのか、それも明白なことである。父だ。


 部屋の入り口が不意におとをたてて閉まる。いつ開いたのか私は全く気付いていなかった。バタンという音になかばびっくりして現実に戻されると、部屋の入り口に父が立っていた。父は何も言わず、母に取ってきた野菜を渡すと、母と目くばせをしてから男のほうに向きなおった。


「よぉ、ダジム、久しぶりだな――。もうしっかり農夫の面構えじゃないか」

男、ルシアスといったか、が父に言葉を投げる。


「ルシアス、何しに来た――?」

父が警戒したような口調で切り返す。こんな父の表情は見たことがない。


「いや、これは本当に偶然なんだ。別に君たちを探しに来たわけじゃあない」

男はさらりとかわすように言葉を返す。


 男はそこからここに至るまでの経緯について話し始めた。


 男の話によると、最近北の遺跡付近でおかしな事件が起きたという。

 自分はその調査を請け負ってこの地域に来たということだった。そこで、このあたりで一旦拠点になるようなところがないかと探していたところに、村の若者、つまり私に出会い、ここに連れてこられたというわけだ。


 男の話とその雰囲気から嘘はついていないようだが、父と母がこの町のどこかにいるらしいということの情報は入っていたとしてもおかしくはない。だが、ここに来たのは本当に偶然なのだということは私もよく承知している。でなければ、あれだけ町の人たちに問いまわる必要はなく、ここへまっすぐくればいいのだから。


 ルシアスは、しばらくこの町を拠点として調査を続けようと思っていること、その拠点としてここに滞在できないかということ、そして、なにより驚くような提案を投げかけた。


 私を、従者として同伴したいということだった。


 何をどうすればそういうアイデアが出るのか見当もつかないことだったが、私としては、この退屈な日常から少しの間でも抜け出せるのであれば、これ程うれしいものはない。ことの成り行きを黙ってみていると、父母はお互いの顔を見合わせ、大きくため息をついた。


 お前はどうしたいんだ? と父は私に問う。行きたいと即答。ならばやってみるがよかろう、もうお前もそういう年齢になっているのだからと、案外簡単に認めてもらえた。おそらくは、このルシアスという男の性格を熟知しており、いったん言い出したらでも折れないなのかもしれない。

 ただし、と父はつづけた。俺も同行する、と。



4 

 それにしても私にはに落ちないことばかりだ。私を同行させたいといったルシアスの意図も、それに案外簡単に応じた両親の意図も、はっきり言って全く理解ができない。

 私自身これまでに一度も父母に対して、今の生活に不平を漏らしたことはないはずだし、これまでにも冒険や探索などやったことがない。

 剣や弓の扱いなどもちろん知らないし、そもそも剣を装備した人間を見るのすらルシアスが初めてなのである。


 遠い昔の物語として、剣や弓などをもちいて領土争いがあったとか、城や要塞の攻略戦があったとかひとづてに聞いたぐらいで、私が物心ついてからこれまでに、戦争そのものが起きたことはないのである。


 現国王フェルト・ウェア・ガルシア2世の代になって以降20年間、この国は戦争を行っていない。隣国との関係もお互いに中立を守っており、商業においては互いの国家間にも交流があり、とても良好な関係を保っている。


 ともかく、北の遺跡で起こったという「奇妙な事件」の探索に、ルシアスと父、そして、私の3人が向かうことになった。出発は明朝の食事後ということで決定し、ルシアスは今夜はここで休むことになった。


――――


 明朝、トントンといういつも聞きなれている母の包丁さばきの音で目が覚めた。昨晩は期待と興奮でなかなか寝付けないでいたが、さすがに、夜中過ぎには眠ってしまっていたのだろう。自分のねぐらからでて、台所へと向かう。台所のテーブルには昨日と同じ場所にルシアスが座っている。父の姿は見えない。


 母が私に気づき、顔を洗ってきなさいと促す。私が水場へ向かおうと台所の扉の方へ向き直ったとき、父がその扉から入ってきた。左手に見慣れないものをふたつ持っている。何というか、長くて太い“のし棒”のようなものと、長さ50センほどの木の薄っぺらい板? のようなものだった。そのうちの一つの薄っぺらい木の板のほうを私に差し出し、お前のものだ持っておけと、父は言った。


 これは、“剣”だ。長さ50センほどの丸太から切り出し、刃の部分は鋭く研いである。重さはそれほどでもなく、片手で十分振ることができそうだ。つかの部分にはおそらく何かの動物のなめし皮がまかれており、手にしっくり馴染なじむうえに、滑りにくくなっている。確かに、金属製の刃を持つ本物の剣に比べれば、その切れ味は比べるべくもないだろうが、切っ先は鋭くとがっているので、小型の動物程度なら充分に致命傷を与えられるだろう。


 私は興奮のあまり飛び上がりそうになったと同時に、こんなものを父が作ることができることに驚きを隠せなかった。もう一つの長く太い棒は長さ120センほどで、手元のほうは直径5センぐらい、先に行くにつれ直径が太くなっており最大で直径15センほどになる巨大な”のし棒”だった。どうやらそれは父用の装備らしい。


 しばし私が呆けていると、父が何をしているさっさと顔を洗って支度をしないか、食事が終わったら出発するぞと言った。あわてて私は返事を返し、水場へ向かった。

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