第6章 胎動(5)

5

 南方のレトリアリア王国が国境を越えて侵攻してきた。


 国王ガルシア1世は軍をオーヴェル要塞から発し、その指揮を自らがとることになった。

 ウィリアムもこれに付き従ったが、フェルトはオーヴェルにて待機せよとの命令を受けた。

 ルシアス、ダジムの2人もウィリアムに同行した。

 メイファは王都にて待機していた。当然のごとくこの決定には不服を申し立てたが、ついに受け入れられなかった。彼女の能力は確かに強力だが大規模戦への実戦投入は危険が大きすぎるし、まだその能力を世界は受け入れられないであろう。

 ウィリアムも愛する人を危険にさらしたくはなかった。


 防衛戦は過酷を極めた。国境付近での戦闘は膠着し、一進一退の攻防が続いた。


 そして各国はその動向に注目した。

 シルヴェリア王国がもし陥落するようなことがあれば、その位置関係から、ベイリス王国も、南方のアーレシア共和国もレトリアリア王国と地続きで侵攻が可能となる。

 そればかりか、ベイリス王国の先にはカルティア帝国、ダイワコク政権領までも地続きとなってしまう。

 この世界において、シルヴェリア王国の存在は世界の均衡のかなめと言えた。

 

 そして、激突から数日後、この均衡が崩れる事態が起こる。前線を支えていた部隊の一つが突破された――。

 いったん均衡が崩れた前線はあっという間に押し込まれた。ガルシア1世は必死で前線の再構築を図ったが、ついには敵軍に包囲されウィリアム王子とともに帰らぬ人となってしまった。

 ルシアスとダジムは別動隊を率いていたが、王とウィリアムを孤立した部隊から救い出すことはできなかった。

 

 旗頭を失った軍は押し込まれ敗走し、オーヴェル要塞まで退却を余儀なくされた。

 文字通りここが最後の砦となった。


 王と兄の訃報を受けたフェルトは愕然とした。そんなことが起こるとは、到底想像もしていなかったことだ。しかし、レトリアリア王国の軍は、態勢を整え次第、さらに北上し、ここ、オーヴェル要塞に迫るであろう。

 悲観している場合ではない。ここで食い止めねば、世界は戦火の渦に覆われることになる。


 フェルトは、即日、国王へ即位した。フェルト・ウェア・ガルシア2世シルヴェリア王国国王の誕生であった。

 前線を離れることはできないため、オーヴェル要塞で簡易的な即位式を済ませた。

 そして、王国軍の再編成を即刻開始した。

 この時ルシアスは遊撃隊隊長へ就任、ダジムは国王親衛隊隊長に就任する。要塞防衛軍将軍はハン・ウー将軍だ。


 ルシアスは、メイファの実戦投入についてフェルトに打診したが、フェルトはこれに難色を示した。

 フェルトにしても表には出せかったが、これまで変わらず愛する人でもあったのだ。そんな彼女を戦地へ呼び寄せることに大きく抵抗を感じていた。

 しかしルシアスはこれを説得し、ついにはメイファを迎えに行くということに決定した。


 メイファに事の次第を伝えるため王都へ走ったルシアスだったが、メイファはすでに王都から失踪していた――――。


「――――私は……、ウィリアムの死が受け入れられなかった……。彼の死を知ったとき、とてつもない悲しみに押しつぶされそうになって、魔素の制御が不安定になった。フェルトの気持ちには気付いていたし、それはウィリアムも同じだった」

メイファはさらに続けた。


「私は王都を出て現実から遠ざかろうとした――」

 

 どこをどう彷徨さまよっていたのかははっきりと覚えていなかったが、少し落ち着いてきた頃、メイファはニルスにいた。そこからテルトー経由でポート・アルトに向かった。とにかくあてなどなかったが、王都にだけは戻れなかった。エリシア大聖堂もダメだ。戻ればおそらくフェルトやルシアスが私を頼るだろう。それほどに私の力は強大だ。しかし今の私はこの力を制御することができない。このような状態で戦場に立てば敵味方関係無く大きな損害に直結してしまうだろう。決して、戦場には立てない。

 そう思ったメイファは、住む場所を移しながら、ひたすらに身を隠し続けた。


「ルシアスはあなたが見つからないと悟ったあと、ガルシア王へすぐに使いを送り、その足でエリシア大聖堂へ向かったのよ。その後のことは、もう知っているわね」

アリアーデは王国側の状況についてはもうみんな知っているということを確認し、メイファの話の続きを促した。


 メイファが戦争の終結を聞いたのはテルトーにいる頃だった。アナスタシアとイレーナの働きが大きく戦況を変えたことも知った。

 

 メイファはテルトーでひっそりと過ごしていた。

 ある日のこと、村のはずれの酪農家の夫婦のもとに二人の捨て子があった。メイファは、ふと、大きな魔素を感じた。明らかに突然にこの村のものではない存在のものを感じたのだ。それがこの二人からだった。

 メイファが様子を見に行くと、酪農家の夫婦はエリシア神からの贈り物にとても感謝をしていた。夫婦には子が無かった事から、自身で引き取って育てようという決意も固まっていた。

 子は男の子と女の子の2人だった。男の子は2歳ぐらい、女の子はまだ乳児だった。

 メイファはこの2人から並々ならぬ魔素を感じていたが、そのことは口にせずに、夫婦に男の子の方を譲ってくれないかと申し出た。

 感傷かもしれないが、ウィリアムの生まれ変わりのような気がしたのだ。もちろんそんな訳はないのは百も承知だ。しかしいったん溢れ出した感情は抑えることはできなかった。

 リファレント夫妻は、メイファの真摯な態度に共感し、エリシア神からの贈りものを2つもいただくのも過ぎた事だと、男の子の方をメイファに譲ることに同意した。

 そうしてこの時に、メイファは自身が元聖堂巫女であることを明かし、2人に祝福を授けたいという理由を付けて、この2人の魔素に封印の魔法を付与した。

 2人の成長と共にこの封印の状況を見て、時期を見計らって、解呪に伺おうと思っていたのだった。

 そして、蛇足であるが、この村をあとにする前、アリアーデと出会っている。


「そのあと、私はここソルスに来たのよ。そうしてしばらくした時、ダジムが私の元へやってきて、そのままここで一緒に暮らすようになったの」


 母はそこで話を止めて、悲しそうな表情で私の方を見据えた。

 父はその母の肩を抱くようにして、私に向かって口を開いた。


「アル、確かに俺たちはお前の本当の親ではないかもしれん。だが、たとえ生んだのが俺たちでないとしても、そんなことは俺達にはどうでもよいことだった。母さんはお前を生きるための拠り所とした。俺はお前を母さんとの絆とした。見ようによっては、お前を利用したと言えるかもしれんが、少なくとも俺たちはお前の存在が必要であったし、心から愛している。実の息子と何も変わらないんだ」

そう言って父は、まっすぐに私を見つめた。


 私は話の内容を受け入れるのに躊躇ちゅうちょしていたが、それでも、ただ一つ確かなことは、決して父母を恨む気持ちにはなれなかったことだ。

 むしろ、これまで育ててくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだ。それもこれも、この2年間の冒険の経験によるものなのかもしれない。

 どんな人も、それぞれに何かを背負って生きている。

 知らぬ間にそんなふうに考えられるようになっていたのかもしれない。


 そう思った時、一つの疑問が私の頭をよぎった。


「え、っと……。父さん母さん、たしかにちょっと戸惑っているけど、それについては何も問題とは思っていないんだ、いや、むしろ、感謝しかないんだけど……。そうすると、僕とケイティは兄妹ってこと……、なのかな?」

そうだ、このことの方が私にとっては重要なことだった。どうしてそう思ったのかは、その時は気付かなかったのだが――。


 











 


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