第6章 胎動(4)

4

「父さん、母さん、ただ今帰りました――」

扉を開けた瞬間にこちらを見ている二人にそういうのがやっとだった。


 あの日から本当にいろいろあったが、どちらかと言うと楽しいことの方が多かったように思う。

 父の腕のことが私の夢であったならどれほどよかっただろうか。

 しかし、それは間違いなく現実だった。


 テーブルに腰かけていた父の右腕はやはりそこにはなかった。

 台所で食事の片づけをしていた母は私の方を振り返って気づくと、駆け寄ってきてきつく私を抱きしめた。

 父も立ち上がり、それに続いた。

 

 2年ほど離れて暮らして、強くなったつもりでいたが、ダメだな、やっぱり父母の体温は、優しく、そして温かい。

 思わずこみ上げるものをなんとか飲み込んで、

「僕の仲間を紹介するよ――」

そう言って話を切り出した。


「こちらは、ケイティス・リファレント。大聖堂の巫女だよ。訳あって一緒に行動している。その隣は、チユリーゼ・カーテル。これもひょんなことから一緒に旅をすることになった。そして――」

そこまでアルが言ったときだった、


「アリアーデ……。かれこれ、20年ぶりぐらいかしら? あなたはやっぱり変わらないのね――」

そう言ってアリアーデに声をかけたのは母だった。

「あなたが一緒ってことは、私のことももうアルに話しているのでしょうね……」


「ふふ。それだけじゃないわよ。アルは私の弟子になったのだから――」

アリアーデは母が驚くのを見るのを期待して薄く微笑みながら母を見据えた。


 しかし、母の反応はアリアーデの期待に応えるものではなかった。

 むしろ、眉を寄せて、なにかを決心するような硬い表情になった。


「そうね、とうとう全てを話さないといけない時が来たようね。ケイティス・リファレント。あなたはテルトー村の出身で間違いない?」


 な、どういうことだ?

 まだ彼女の出身などは話していない。

 どうしてそれを知っているのか?


「え? ええ、私はテルトー村の出身です。ですが、どうしてそれを……」

ケイティも驚きを隠せない。


「やっぱり、あなたの仕業だったのね。メイファレシス・ケルティアン。ルシアスとも話していたのよ、おそらくあなただろうって――」

アリアーデが核心をえぐる様に詰問する。


「メイファ。もう二人ともこんなに大きくなって、それぞれが自分の意志で自分の道を決めているようだ。俺は話してもきっと理解してくれると信じてるよ」

父が母の肩に手をおいて軽くたたく。


「私のところへ来た理由の一つはそれだとして、それだけのために足を運んだのではないでしょう? アリアーデ、ルシアスから何を頼まれてきたの?」

母がルシアスからの用向きを聞くのが先だと言うように促した。


「わかったわ。先にこちらから話しましょう。メイファ、王都に来てほしいの――」


――――――


「つまり、世界中の国から集めた子たちに魔素を扱う訓練をしろってこと?」

メイファはアリアーデに質問した。


「ん~。それはちょっと難しいかもしれないけど、せめて魔素を見ることができるようなところまで訓練してほしいってことね」

アリアーデはいともたやすいことを言うような口調だ。


「そんなこと、すぐにできるものなの? これまで大聖堂でたくさんの巫女が訓練してきたけどその中でもはほんの一握りなのよ?」

メイファは疑念を隠せない様子だ。


 アリアーデは懐から青い宝玉を取り出した。

「魔道石、という道具よ。近くの魔素に反応して玉内に光を走らせる性質を持っているものよ」

宝珠の中をのぞくと、ちらちらと雷のような光が走っている。

「今光っているのは、私やあなた、アル、ケイティの魔素に反応しているからだけど、通常の人族ぐらいの魔素ではこんなに発光しないわ。しばらくの間はこれを使って魔巣の探索を行うしかないの。でも、やはり、そのうち追いきれなくなると思う。そうなるまでに、診えるものを育てないといけないの。すぐにでも取り掛からないと間に合わなくなるかもしれない」

だから、魔法に長けた人材が一人でも多く必要なのよ、と締めくくった。 


 つまり、やれるかどうかではなく、やるしかないのだ。


「――――ごめんなさい。王都には行けないわ」

メイファは申し訳なさそうに返した。


「ガルシア王のことね」

アリアーデはずばりと核心を突いた。


 そういえば、ルシアスも言っていた。国王が母を探しているが、いまだ見つかっていないと言ってあると。私の名前も偽ったままだ。

 母とガルシア王との間に何があったのか?


「ルシアスはまだあなたのことをガルシア王に伝えていないわ。アルの名前も偽って伝えてある。テルドールの名を出せば、あなたの居場所が判明してしまう恐れがあるからよ」

アリアーデはそろそろ核心の話を切り出しなさいと言わんばかりに詰め寄る。


 メイファは観念したように口を結ぶと、やがて、ゆっくりと静かに話し始めた。


――――――


 メイファレシス・ケルティアンは、幼き頃より不思議な能力を持っていた。彼女はそれは自分にしかない固有の能力であると気づき、自然とその能力を隠して成長した。 

 ある日、司祭様から大聖堂への推薦をもらうことになった。大聖堂にはこれまでの人類の様々な知識が記されている書物庫があるという。もしかしたら自身のこの不思議な能力について知ることができるかもしれない。そう思ったメイファは大聖堂への入門を決心する。

 大聖堂へ入門したメイファは書物庫の書物を読み漁り、自身の能力のヒントになるものはないかと探し続けた。

 そして見つけた。


 その書物は、書庫の奥に大事に保管されていた。はるか遠い昔は教典として使われていたものらしいが、いまとなってはただのおとぎ話だということで、すでに教典の地位は失っている書物であった。


『エリシア聖典』――


 以前、ルシアス一行とゼーデが大聖堂で出会ったときにアナスタシアが口にしたあの書物だ。


『生きとし生けるものはその源となる魔素を生まれもって包含している。この力は命の源であり、命の力である。この魔素を体外にて具現化させることができるもの、すなわち魔法士とよぶ』


 これもまたその一節にあった。


 メイファは、自身の力を体外で具現化できる可能性を見つけた。それからの彼女はいかにして具現化するかを日々試行錯誤を繰り返した。まずは、いま見えている「魔素」を思い通りに扱えるように訓練を繰り返した。そしてその先に、魔素を集中させたものを現象に変換することに成功したのである。


 彼女は、当時の大聖堂大司祭に自身の能力について告白をした。そして実際に魔法を使用して見せた。

 大司祭は事態の重要性を重く見て、このことは秘匿するようにとメイファへ言い含めた。そして、現在の巫女の中に同じような素養を持つ者はいるかと問いただした。

 メイファは可能性のある子はほかにもいると答えた。

 彼女たち聖堂巫女の中でも、アナスタシア・ロスコートとイレーナ・ルイセーズは抜きんでていた。

 アナスタシアは、実際に多少の治癒系魔法を現象化させたり、かなり広範囲の魔素感知能力を持つに至ったし、イレーナはアナスタシアよりさらに繊細な魔素感知能力を持つまでに成長した。

 話が広がりすぎるので、二人のことに触れるのはまたの機会に譲るとしよう。


 しかし、ここで、一つ事件が起きる。

 たまたま、エリシア大聖堂視察の目的で、ウィリアム王子とフェルト王子、そしてその従者ルシアスとダジムが大聖堂を訪れた際に、ウィリアム王子はメイファに一目ぼれしてしまった。

 悲劇だったのは、この時同時に、フェルト王子も恋に落ちてしまったことだ。

 4人とメイファはことあるごとに一緒に行動するようになった。若い者が恋に落ちればそのようになるのも自然なことであった。

 それでも、メイファは自身の使命を全うしようと努めていたのだが、ウィリアム王子は自分のきさきとしたいと思うようになる。フェルト王子は兄の手前、自分の想いは表に出さないように努めていた。

 メイファは自身が聖堂を離れられるようにと準備を進めた。アナスタシアとイレーナの育成に心骨を注いだ。


 そんななか、例の事件が起きるのである。

 王都地下水道の魔巣事件だ。

 

 この事件のあらましはすでに述べているので割愛するが、この事件の結果、メイファとルシアスの能力は国王の知るところとなる。

 その後のエリシア大聖堂の処遇についてはすでに述べているので、ここでは割愛させていただく。


 メイファは正式にウィリアム王子の従者となり、その後国内の探索にかかわることになるのだが、おそらく二人にとって、この時間が一番幸せな時だったのかもしれない。

 国中のあらゆる場所を5人は旅してまわった。目的は魔巣の痕跡の探索であったが、恋する二人にとってはそんなことは大した問題ではなかった。ただ、同じ時を同じ場所で過ごせるだけで充分であった。


 しかしそんな幸せは長くは続かなかった。

 

 南のレトリアリア王国が南方より攻めあがってきたのである――。



 



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