第6章 胎動(2)

2

 ベイリール世界会議は、ベイリス王国首都ベイリールにある王国闘技場で行われた。


 どうしてこのようなところで? と各国首脳はいぶかしく思ったのだが、その理由も後程明らかになる。


 闘技場の一角に席は設けられた。テーブルについているのは各国首脳の6人、そして、それぞれの後方に1名の側近を伴って行われる。

 ガルシア国王の側近として控えるのはもちろんイレーナである。


「各国首脳各位には、激務の中、急遽きゅうきょの発議に参集いただき、深謝しんしゃ申し上げる」

ガルシア国王が口火を切った。


 さて、この度お集まりいただいたのは、人類存亡の危機が迫っていることにつき急ぎお知らせせねばならぬことが生じたからであるが、この話、一聞のみでは信じがたいことである故、その証人として、一人の公使を招いておる。彼は我が世界とことにする世界の王である。皆様にはにわかに信じがたいことであろうから、この場でそれを証明いたしたいと思うが、いかが。


 5名の首脳は互いに顔を見合わせたり、側近と何やら話していたが、そのうち、一人が口を開いた。

「ガルシア王よ、われわれはこれまで、そなたに対し最上の敬意をもって接してきた。先の領土確定戦の終結はひとえにそなたの人徳によるもの。いまさら何を遠慮なされる必要があるか。そもそもそなたの書簡を信じておらねば、この場にこうして各国の首脳が集結するなどありえないことではあるまいか」

ベイリス王国国王ゲラード・デ・ベイリスだった。


 各位はその言葉を聞いて口を閉じて沈静した。


「かたじけない。では、そのものをここへ加えて会議を進行いたしたいと思う」

ガルシア王はそう言って後方に控えるイレーナに合図を送った。


 イレーナはすらりと立ち上がり、一礼していったん席を離れる。数十秒後、一人の男を伴ってガルシア王の下へ戻った。

 その後、これまで自身が掛けていた席をガルシア王の右横へと並べ、自身はガルシア王の後方に静かにたたずむ。


 席を受けた男は一礼して、口上を述べた。


「我が名は、ゼーデ・イル・ヴォイドアーク、竜族の長である。世界は終焉の危機に瀕しておる。各国の協力が必要なのだ。これを成し遂げねば、この世界はおろか、我々生きとし生けるものすべては終焉の時を迎えることとなる――――」


 そこからが大変だった。

 まずはゼーデが竜族であることを証明せねばならない。

 ゼーデは闘技場の中心まで進むとその本来の姿を現した。


 ゼーデを中心に突風が巻き起こったかと思うと、先ほどまで彼がいた場所には体長5メル以上もある巨大な竜の姿があった。ゼーデの姿は見えない。各国首脳はさすがに驚愕の表情を隠せなかったが、さすがにそこは国の長たる面々である、なんとか席に踏みとどまる。


 続いて、竜はその翼を広げ地表より約5メルほどの高さまで羽ばたき浮き上がった。その態勢のまま、空中に制止すると、口を大きくあけ、空に向かって炎を噴きあげた。


 首脳各位は目の前で起きていることを必死で理解しようと努めているが、やはり、その恐怖、驚愕は並大抵のものではない。


「各位! ご覧になられたとおりである! 彼こそ真の竜である!」

ガルシア王が高らかに叫ぶと、竜は地表に降り立ち、また突風が吹き上げた。


 忽然と竜の姿は消え、そしてそこには先ほどの男ゼーデがたたずんでいた。


 ゼーデは、つかつかとガルシア王の隣の席に歩を運び、やがて到達すると、その席に腰を下ろした――――


 ――――――


 会合は滞りなく進んだ。

 

 竜族とガルシア王の邂逅出会った経緯から始まり、「異形のもの」の侵略による竜族の世界の壊滅的な状況と、世界の構造と「世界の柱」というものの存在について、そして、近くその「柱」確保のために竜族の世界へ特務部隊を派遣する用意が整っていること、その後「異形のもの」の侵攻が、人族に及ぶ危険性について――。

 さらに「異形のもの」がこの人族の世界にこと、各国ですでに異常な出来事が起きているものはおそらくこのものたちの仕業であること、村が忽然と消息を絶ったり、動物たちが消えたりしていることは、この前兆であることなど、これまでにシルヴェリア王国内で経験済みの原因不明の事件のほとんどがこの「異形のもの」たちの仕業であったことを、滔々とうとうと説明してゆく。

 各国首脳は自身の国内で起きた原因不明の事案にいくつか思い当たるところがあるようだった。


「まずは、各国、自身の国内でこのような事案の洗い出しを急いでもらいたい。このような事象の原因はやつらが現れる魔巣の発見と、その破壊によって被害の拡大は防ぐことができる」

幸いにして、いまだやつらの侵攻はこの世界には本格的な動きは見せていないと思われる。今からでもまだ対応は間に合うはずだ。ただし、これに対応するためには特別な「力」が必要になる。

「魔巣を探すための”目”だ。限られたものにしか宿っていない能力だが、これについては育成していく必要がある。急ぎ、各国から有志を募りたいと思う。それまでの間は、ゼーデが対応策を用意してくれている」

ガルシア王はそう言って隣のゼーデを見やった。


 ゼーデは、シブライト鉱石を球状に磨き上げた宝珠をテーブルの上に置いた。大きさは直径約10センほどの玉である。そうして語りだした。

「魔道石、だ。これを使ってある程度魔巣の場所を推し量ることができる。あとは人海戦術で探索する以外に方法はない」

 この宝珠を異常事件が起きたあたりへもっていけば近くの魔素を感知して魔素残量が濃いほど青い輝きを球内に走らせるものだ。魔巣はある一定の基準以上の魔素を発しているため、近づけば近づくほどその輝きは増すだろう。そうやって、探し出すしか現状のところ方法がない。発見したら、魔巣内部へ侵入し、内部の部屋にある魔巣コアを破壊すれば、魔巣は消え去る。魔道石の輝きが大きいほど内部にいる敵は強大なものとなるだろう。しっかりと訓練を積んだ兵士複数人――10人以上が望ましい――で突入すればおそらく駆除できる程度のものしか今のところ出現していない。それ以上のものがあれば、とうに目に見えてやつらの侵略が開始されているはずだからだ。

 しばしの間、この魔道石で対応しつつ、”目”の能力者の育成を推し進める。「診える者目の能力者」の育成がなれば、探索の進展も容易になるだろう。

 「診える者」の育成は、シルヴェリア王国エリシア大聖堂で行うものとする。そこで私もしくは魔法に通ずるものが育成にあたる。育成完了次第、各国へ帰還させ、魔巣の探索にあたってもらう。


「これは来たるべき、やつらの侵略に対抗する唯一の手段である。竜族の世界の二の舞になってはならないのだ――」


 各国首脳はことの顛末てんまつをすべて受け入れ、今後の方針について充分に議論を尽くし、この世紀の会議は終幕となった。


――――――


「というわけなんだ、アナスタシア。頼めるか?」

大聖堂の応接室にはアナスタシアが2人の男の訪問を受けていた。

一人は昔なじみの中年の剣士、もう一人はお調子者の青年。


「それって、お断りできる案件なの? ルシアス――。ふふっ。構わないわよ。これまでやってきたことが世界を救う一助になるのなら、断る理由などありませんよ」

そういってアナスタシアは薄く微笑む。

「じゃあ受け入れの準備が必要ね。ここにくる女性たちの宿舎が必要になるわ。ガルシア王によろしくお伝えくださいね」


 ルシアスは、もちろんだと請け負った。

 それから……彼女たちの食糧の手配もな、と片目をぱちりとやった。


「にぎやかになりそうだわね」

アナスタシアは少々楽しそうにも見えた。


――――


 私、ケイティ、チュリ、アリアーデの4名は、ルシアスとレイノルドとは別れて行動をしていた。

 ゼーデから預かった魔道石の試験運用とある目的のため、シルヴェリアを出て北へと向かっていた。

 

 

 

 

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