第6章 胎動(1)

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 聖歴165年3月下旬

 人族の世界で革命的な出来事が起こる。

 ベイリール世界会議である。


 ベイリス王国の首都ベイリールにおいて、この世界に存在する6つの国の首領が一堂に会する会議が行われた。

 しかしながら、この会議の真の重要性について、公に語られることになるのは、ずいぶんと時が経ってからとなる。

 真の議題が深刻に世界情勢に影響する内容であるが故に、それを秘匿して進められたためだった。

 

 会議の発議人はシルヴェリア王国国王フェルト・ウェア・ガルシア2世。

 真の議題は、人族に迫る脅威について、だ。


―――――― 


 話はアルとケイティが解封の儀を行う少し前にさかのぼる。


 ガルシア王のもとに届いた一通の書簡から始まった。

 そう、イレーナが湯浴み直後にガルシア王の突然の訪問を受けたときの、「あの書簡」である。


 書簡は、隣国アーレシア共和国に送っている諜報員からのものだった。

 アーレシア共和国はシルヴェリア王国の南西に位置しており、その国土の大半が砂の大地に覆われた国である。南に行くにつれ気温は上昇し、また低下するあたりで行く手を大海に阻まれる。海の向こうは果てしなく続くため人族にはいまだ未踏の地である。

 そのアーレシア共和国内で、最近妙な噂があるという情報が入った。

 

 噂の内容はこうだ。

 ある日、国内の一つの村が忽然こつぜんと姿を消したという。

 正確には、人口10人ほどの村落に住んでいたはずの住人が、全員消息不明になったらしいというのだ。

 共和国軍の兵士たちがあたりを捜索したが全くその消息はつかめなかったという。

 もともと砂漠がちな国であるため、集落そのものの場所を移すということはごくまれに起きることなのだが、それにしても通常はもと居た場所からそう遠くないところで落ち着くため、どこに移ったのかの詳細はすぐに判明する。それに今回の場合は、生活資材や食料などがそのまま放置されていた。

 つまり、村の住人だけが消えたのだ。

 

 その数日後、極東のダイワコク政権領からも書簡が届いた。

 ダイワコク政権領はシルヴェリア王国の東の隣国ベイリス王国のさらに東に位置する半島の国である。その国土はさして大きくなく、緑で覆われた国土で、険しい山岳地帯である。人々はその山々の間の盆地に小さな集落をたくさん作って生活をしている。

 小国ではあるが、ベイリス王国との関係は良好で現在のところ大きな国家間問題は起きていない。なによりも、ベイリス王国はこの国の高い製鉄技術で生産される鉄鋼による武具や道具を、他の王国に流通させる窓口となっており、大きな恩恵を受けているためでもある。

 そのダイワコク政権領の諜報員からの書簡にも同様の、「集団行方不明」事件が発生したとの報告が上がってきたのだ。


「イレーナ。君はどう思う」

ガルシア王はダイワコクからの書簡を読み終えた王国参謀に問いかけた。


「これはおそらく、我が国で起きている状況と同じことが他国でも起きていると思って間違いないかと」

この小柄で清廉な参謀は、確信に近い表情を込めて国王に返答した。


「だろうな……。ことが大きくなる前に、各国の首脳たちに現状の話をせざるをえまい」

対応できなくなってからでは手遅れになる。魔法に長けた竜族でさえその国を追われようとしているのだ。

魔法すら扱えない人族が束になっても防げるものではない。

「イレーナ、急ぎ各国の首脳たちを集めて会合を開く必要がある。すぐに手配を頼む。時間的にもあまり猶予はないかもしれん。竜族の世界の期限まであと半年ほどしかないのだ」

ガルシア王はそうイレーナに命じた。


「かしこまりました。会合の場所はベイリス王国のベイリールがよいでしょう。あそこなら各国首脳が集結するにもその道程が容易であると思われます」

イレーナはそう請け負った。


「うむ、それがいいだろう。だが、ことはまだ公にはできん。世界中が混乱に見舞われる。あくまでも秘密裏に進めなくては、な」

そう言ってガルシア国王はソファの背にもたれかかって天を仰いだ。


――――――


 イレーナの手際はさすがの一言に尽きた。


 急ぎ各国の駐留大使を通じ、各国首脳へ会合の発起を伝えた。

 表向きは「東の大海の航路整理と海洋航海法の定期確認」という事だった。

 東の大海は各国が互いの物資の交易に際して行き交う航路が張り巡らされている。わかりやすく例えれば、この世界は、東の大海を中心に各国がぐるりと取り囲んでいるようなそんな形状をしている。

 厳密には、北のカルティア帝国がこの海に面しているのは極東のダイワコクの北あたりのみであるが、そこからぐるりと海岸線に沿って下って南のレトリアリア王国や、その先のアーレシア共和国との交易も少なからず行われているため、全く無関係とはいえないのだ。

 だがこれはあくまでも、「表向き」の名目である。書簡の開封は必ず首脳自ら行うと、先の領土確定戦以降の習わしとなっている。故に、内容の部分にはある程度本質的な部分の説明がつけられていた。


『人類存亡の危機が迫っている。これは虚誕きょたん(偽りや冗談)ではない。その証拠も持ち合わせている。急ぎ集結して今後の方針を決定せねばならない。事態は深刻である。一時の猶予もない。――シルヴェリア王国国王フェルト・ウェア・ガルシア』


 この書簡を受けた各国の首脳の反応は全員一致していた。


「是非もなし」


だ。


 この点について、これまでのガルシア王の品性、人徳によることが大きいのは言うまでもない。


 イレーナは早急に会合地の選定、各国から会場への道程の構築、その後、ベイリス王国の外務次官との打ち合わせなどをこなし、発議から2か月足らずで緊急会議の施行にこぎつけたのだった。


――――――


 そしてこの日、人類、いや世界にとって命運を分ける、ベイリール世界会議が開かれたのである。



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