閑話 大好きな勇者のために sideクォン

「はぁ・・・はぁ・・・後少しの筈・・・」


 アタシは肩で息をしながら、ダンジョンを進む。

 このダンジョンは、『いにしえの迷宮』とよばれている所。


 アタシ達が勇者であるシューくんと魔王を討伐して、もう一ヶ月以上経過している。

 アタシは、討伐記念の式典なんかが終わってすぐに準備をし、このダンジョンに来た。

 アタシがこのダンジョンに来たのは誰も知らない。

 仲間も、知り合いも。

 

 アタシには親はいない。

 物心ついた時には、スラムにいたから。

 そこで必死に生き延びて、その後、たまたま拾われた武道家のじいちゃんに教えを請い武術を教わった。


 そんなじいちゃんも亡くなって、アタシは冒険者として世界を旅して・・・勇者であるシューくんと出会った。

 最初は、『なんでこんな子供が?』って思ったけど、シューくんは強かった。

 戦闘も強かったけど・・・それ以上に心が。


 そして、とても優しかった。

 

 アタシが今まで会った誰よりも。

 アタシは、一緒に旅した3年弱で完全にシューくんの事を好きになってしまった。

 だけど、パーティメンバーの誰もがシューくんを好きな事は明白だった。

 だから、シューくんのいないところで、協定を結んだ。

 それは、


『魔王を倒すまで、想いを伝えないこと』

 

 だった。


 魔王は、色恋に溺れた状態で倒せるようなヤツでは無い。

 現に、今までの歴史上、何人もの勇者が魔王に倒されていた。


 だから、アタシ達は、燃え上がるような恋心を持ちながらも、表面上はそういった面を見せず、シューくんを支え、共に戦ってきた。

 もっとも、見る人が見れば、すぐに気がつけるくらいには漏れ出ていたみたいだけどね。


 何度も指摘された事もあるし。

 

 でも、シューくんは鈍感だったから、最後まで気が付かずに向こうの世界に帰ってしまった。

 というか、帰らされた。

 

 まさか、あの時、魔王が送還の秘術を使用するとは、夢にも思わなかった・・・

 

 想いを伝えられず、結ばれなかった事は大きな心残りとなった。

 何をしても、何があっても喜べない。

 

 それは、式典の後のパーティでよく分かった。

 アタシも、聖女のリリィも、その騎士のラピも、大賢者のジェミ姉も、誰一人として、心からの笑顔を見せることは出来なかったから。


 だからアタシは・・・ここに来た。


 このダンジョンは、アタシ達が魔王を討伐する時は素通りした。

 なぜなら、この迷宮には大きなお宝は無いと言われているから。


 そして、難易度もとても高い。

 出てくるモンスターはどれも強力。

 

 だけどアタシは進む。

 目的があるから。


 ここは最下層。

 まもなくボスがいる最奥に到達する。

 すでに、回復薬なんかは、残り少ない。


 一から上を目指すには足りなくなると思う。

 ここからアタシが出るには、ボスを倒して、その奥にあると言われている扉をくぐるのみ。


 その扉には、とある言い伝えがあるの。

 それは・・・


 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 

 目の前の扉が開かれて行く。


 そして、その中に、悪魔の姿をしたモンスターが居た。


「こいつを倒せば・・・アタシは・・・アタシは!!」


 息を整え、戦闘体制を取る。

 ここまで来たら、コイツを必ず倒してみせる!!


 そして戦闘が始まる・・・













 ボスはとても強かった。

 そもそも、ダンジョンを一人で踏破しようなんて言うのは自殺行為だ。

 普通はパーティを組んで行う。


 アタシは満身創痍になりながらも、なんとかボスを討伐した。

 何回か死ぬかと思った。

 それでも、アタシの執念が勝っていたみたい。


 目の前で、ボスの身体が光となり消えていく。

 今にも意識を失いそうだけど、なんとか保つ。


 すると、最奥の壁がガラガラと音を立てながら崩れ、重厚そうな扉が現れた。

 アタシはよろよろと扉に近づく。

 

「・・・これが言い伝えの・・・これで・・・」


 アタシが扉にそっと触れると、重々しい音を立ててゆっくりと開かれて行く。

 扉の向こうは光り輝いており、何も見えない。


「・・・やっと・・・会える・・・」


 このダンジョンの言い伝え。

 それは、


『一人で踏破した時現れる扉。それは自らが望んだ他の世界へ通ずる扉である』


 というもの。

 

 このダンジョンの事は、武道家のじいちゃんに、言い伝えとして聞いたものだ。

 じいちゃんは、結構有名な武道家だったらしく、世界中を旅してまわった事があって、その時に、このダンジョンを見つけたらしい。

 でも、じいちゃんはこのダンジョンの奥までは行けなかったそうだ。

 

 いずれは踏破する、そう思っていたけど、とある事情で足を痛め、旅を断念したんだって。

 アタシはその後に拾われたんだ。


 アタシは、扉を前に息を飲む。


 この言い伝えが本当かどうかは誰も知らないから。

 何故なら、公的にはこのダンジョンを踏破した者がいると残された物は無く、また、ダンジョン自体の難易度もとても高いから、確かめる事も出来ない。


 そして、物語によれば、このダンジョンの扉は人生に一度しか使えないらしい。

 なにより、使用した者は、この世界から抜け出した者で、そこにはこの世界を離れようという明確な意思がある。

 戻ってくる方法も無ければ、戻ってくる必要も無い。

 証明など、出来るわけがないから。


 アタシの目的、それは・・・シューくんともう一度会い、そして・・・今度は離れない事。


「・・・シューくん。今から行くからね」


 正直、この扉がシューくんのいる世界と繋がっている保証は無い。

 それでも、もう一度会いたい!


 その為なら・・・アタシはどこへだって行くし、なんだって出来る。

 だってアタシは、シューくんを愛しているから!!

 伝えられなかった想いを伝えたいから!!


 もうシューくんがいないのには耐えられない!


 アタシは前に進み光の中に入っていく。


 今、行くからね?

 アタシの勇者。


『・・・安心しなさい。かの者はこの先に居る』


 ・・・誰かの為に声が聞こえた気がした。


*******************

これで第一章は終わりです。

第二章は、このクォンに焦点があたります。

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