憧憬
髙木 春楡
憧憬
私が送ったダイレクトメッセージ。SNSの中で、私はあなたを誘った。『一緒にアイドルしませんか。』あなたに惹かれていた。あなたとならやっていけると思った。たくさん応募していたアイドルオーディションなんて、どうでもいい。あなたと出来ればいいと願った。そんな私が、あなたの目の前から、逃げ出したことを、あなたはどう思っているんだろうか。私はアイドルを目指すのを辞めた。あなたという偶像から、逃げ出してしまった。偶像になるチャンスを失い、同時に友人まで失った。どうなんだろう。失ったと思ってるのは、私だけなのかな。答えはどこにあるの。私の答えは、どこにあるのか教えてよ。私は、普通の女の子になった。大学生らしい大学生に、なってしまった。
私の声がよく通るからって、注文をするのに使うなよ。そんなことを思ったりしながら、この喧騒を少しだけ楽しんでいる自分がいる。大学生、その人種は未成年だろうが、酒を飲むのに抵抗がないものだと思っている。本当は、抵抗がなきゃ駄目なんだけどね。それでも、楽しければいいって思えるそんな人種。私がそうなってしまうなんて、考えてもみなかった。私普通の人になってる。普通だ。普通が幸せ。
なんて心に穴を開けながら、言っても無駄なんだけど、酒を飲めば忘れられる。そんなに弱い方でもないと気付いたので、お持ち帰りなんてされないわ。そんなフラグのようなことを考えながら、相槌を打つ。そしたら、隣の男の子が、私の心を思考から現実に戻してくれる言葉をくれた。
「アイドル好きなんだよね。」
ぼそっと言った言葉、それに思わず反応して、顔を見てしまったから、その人は絡んできた。いや、話したいわけじゃないんだけど、アイドルって単語に敏感なだけで、そんな言い訳心の中でしても無意味なんだけど。
「え、
「好きでした!アイドル憧れてましたから!」
愛想良く愛想良く、そんなこと考えなくても私は、しっかりと笑顔を作っている。私の人柄だから仕方ないよね。笑顔が一番いいんだって思ってるから。
「ああ、女の子は一度は夢見るもんだよね!」
「そうですよね!一回は夢見ちゃんうんですよ!」
そんな軽い気持ちじゃなかったんだけどな。そんな軽い気持ちで、私はアイドルを目指してたわけじゃないんだけどな。そんなことを言っても無駄だよね。夢を持ってるなんて、言ったところで、適当に話の肥やしにされちゃうだけ。そんなことに、私の想いを使わせたくない。私とあの子の、少しだけの思い出だけど、大切な思い出だから、穢されたくないの。
私が言っていい言葉じゃない。私は逃げ出した側なのに。
「Flower Wink!!《フラワーウィンク》ってアイドル知ってる?」
「知ってますよ。最近知りましたけど。」
「俺も最近知ったんだけどさ、この新加入の子、なんかいいよね!」
「
「だよねー!めっちゃ話合うじゃん!いや、こんな話……」
一生懸命話してくれている、彼の言葉は、私の耳には届かない。多分、おかしくない程度には返答出来ている。でも、なんて答えたか、なんて聞かれても答えられないだろうな。彼の話なんてどうでもよかった。なんで、よりによって彼女の話をするんだろう。
私に彼女の話をしないでよ。
私が逃げ出した少女は、今話題のアイドルグループに新加入した。四人目のメンバーとして。
東雲 アオは、私の大切な友人。私はそう思っている。逃げちゃった顔向けはできない友人。そんな彼女を、こんな形で見つけるとは思わなかった。彼女は、私とは違い立ち向かった。アイドルになった。もちろん、様々な苦難があったことは想像出来る。それでも彼女は、持ち前の言葉で、センスで、そして努力で、その座を勝ち取っていた。普通になっちゃった私とは、こんなに格差が開いてしまった。でも、いいんだ。私は私。逃げちゃったけど、今はそこそこには楽しいよ。楽しいから、大丈夫。
私に彼氏が出来た。皆から祝福された。こんなに祝福されるようなものなんだ。高校の時は、冷やかされたりしたけど、大学ってこうなんだ。周りからは、羨ましがられる。良い彼氏じゃんって言われる。言われても、私彼氏なんて欲しくなかった。別にいらなかった。ただ、皆が欲しいって言ってるから、私も欲しいって言ってただけ。そしたら、告白されても断りきれなかった。私、流されやすいのかな。いや、考えなくてもわかる。流されやすいんだろうな。自分の芯くらいある。でも、今はその芯が折れてる。そんな気がしてるよ。私今、正常じゃない。でも、好きなはずだよ。付き合ったんだから好き。でもね、好きだけどね。なんか違う気がしてしまう。私は、多分どうしようもなく、身勝手な人間だね。こんな私と付き合ってしまった、不幸な彼は、幸せそうに、私にアイドルの話をしてる。私は聞きたくないなと思う、彼との接点になったアイドルの話。調べなくても、彼が話すから、大概の情報は入ってくるようになった。
ライブにも行こ!って誘われたけど、それだけは何としても断りたかった。実際、わざとそこに予定を入れて行けないようにした。ライブハウスには行きたくない。直接見てしまったら、私は駄目になっちゃうから。知らないでしょ、こんな想いで貴方の話聞いてるなんて、でもね、君の真剣に話してる顔は好きだよ。君は、いい人だよね。私にはもったいない気がしてる。私なんて、そんないい女じゃないのに。都合がいいのかな。なんてね。
彼が私を好きなのはわかってるの。わかっていても、いつもにこにこ笑ってる私は、都合がいいのかなって思っちゃうんだよ。いつもへらへらしてるなんて言われてしまう私が。それでも、私の人間性なんだから、仕方ないじゃない。彼も、私も青春がしたいだけ。普通を享受するのが、楽なだけ。結局逃げちゃってるのかな。私は、普通が嫌い。でも、青春はしたいんだから、困っちゃう。
クリスマス前、なんていう恋人がいればちょうどいいこの時期に、付き合っちゃうなんて、そういうことなのかな。クリスマス、どう過ごすか考えなくちゃ。なんて、幸せそうな彼を見てると、思ってしまう。現実なんて、意外と受け入れることが出来るものなんだね。
「おはようございます!」
元気よく挨拶して、私はホールに入っていく。大学に入ってすぐに始めたバイト。パン屋のホールは、ほどほどに忙しくて、無駄なことを考えなくていいから、よかった。焼きあがったパンを並べて、買っていく人のレジ対応をする。流れ作業のように、今日もバイトの時間が過ぎていく。バイト先の人と話なんてしちゃって、楽しいような時間を過ごしてく。恋人はいるの?って言われてから、随分と経って、私は恋人ができたことを話した。パートのおばちゃんから、色々聞かれる。若者の青春に、昔の自分を重ねているのかなと思うくらい、彼女達はその手の話題が大好きだ。私には分からない。いいものなのかな?歳をとったらわかるよなんて言われるけど、その時にならないとそんなことわからない。
バイトが終われば、劇団の練習に顔を出す。これは大学に入って、アイドルを目指すのを辞めた後に入ったところだ。毎回参加しているわけではないけど、誰かを演じるのは心地よかった。私じゃない私になれる。それに、現実を忘れられるから、好きだ。私なのに私じゃないなんて、不思議で、心地いい。それに、発声練習をするから、声がよく通るようになった。それが起因して、注文を頼まれるようになってしまったから、めんどくささは増えちゃったんだけど。
今は、次の公演を決めているところ。脚本が出来たとかで最近また練習が始まった。今日は、その脚本が発表されて、脚本を書いている人が、役を割り振るらしい。どんな内容だろう。割と楽しみだった。今日の為に色々なことを頑張れたと言っても過言だね。それは過言。それでも、楽しみなのは楽しみだったから、別にいいのかな。
配られた脚本、割り当てられた役を見て、脚本家を恨んでしまった。なんで私にこんな役を。そんなふうに、脚本家を見ると、彼が全てを見透かしたような目で、私を見てくる。嫌になっちゃうな。全てわかったような顔して、私にこんな役を押し付けるなんて。そんな話してないんだけど、なんで知ってるの?って言いたくなる。
劇の名前は、『偶像』
私の役は、ヒロインであるアイドルに憧れる女の子。アイドルになりたいわけじゃない。でも、その女の子の生き様に憧れてる。なんていう役。私は、アイドルになりたいと思ってたから、そこは違うけど、こんな今の私を苦しめてくるような役にするなんて、本当に恨む。なんでこんな役にしたのって、問いただしたいくらい。寒さで心も、寂しくなっていくというのに、私の心をもっと厳しい冬へと向かわせるんだね。こんな世界嫌いだよ。
でも、やるからには全力で望みたい。心情がわかるから、感情は込めやすい。きっと、今までで一番の演技は出来る。けど、込めすぎてもどうなんだろう。やっていけばなんとかなるかな。今度は、逃げずに立ち向かえるかな。不安に心が支配されてしまいそう。
頑張っている彼女、あの子が頑張ってる。冬は苦手なんて言ってたあの子が、クリスマスにライブをするなんていってるんだから、私も少しは頑張りたいな。ライブ見には行かないけどさ。
その日から、週三回の練習全てに参加した。忙しくすれば、余計なことを考えなくてすむし、私なりにこの公演に、全力をかけている。彼氏とのデートが疎かになってるから、なんか文句言われた気がするけど、クリスマスイブに一緒に過ごせれば文句はないでしょう。クリスマスは、ライブに行くって言ってたから、どちらにしろ会えないし。でも、この役本当に、私みたい。現実から逃げ出して、弱いところ見せて、でも、憧れのあの子は、頑張ってて。それを見て心を立て直していく。私は立て直せてないけどさ。
勝手に演技に熱が入っていく。褒められる。それは心地いい。脚本家の人はそんな見に来ないけど、私の演技に対しては特に何も言ってこない。一回言われたっけ。もっと、自分をさらけ出せだっけ。いっつもへらへらしてんだから、裏側全部出せよって言ってたっけ。腹立つ。なんで、そんなことを言われなきゃいけないんだ。私だって頑張ってます。精一杯生きてます。逃げてないじゃんか。それだけでも褒めてよって思うけど、いいよ。もう諦めてる。頑張るから、終わった後の拍手で慰めてもらうよ。拍手喝采にしてやろう。絶対ね。私は、偶像なんて信じない。私はそんなあやふやなものを信じてやらない。役が、偶像を敬愛しても、私は私として生きていく。
でも、そろそろ目を向けなきゃいけないな。私も逃げてばっかりじゃいられないんだな。あの子の輝きが増していく。そんな様子が、私の心に影を落とした。
彼に身体を許した。こんなものかっていうのが、私の感想。20歳になるまで、そんなことしたことなかったから、周りの言葉にちょっと焦ってたけど、私はなにも変わらなかった。クリスマスイブに初めてを捧げるなんて、青春って感じだけど、そんな生々しいもの、私は求めてなかったな。別に、特に感慨深くなることもなかったから、なんだかなって感じだった。終わったあとは、またアイドルの話してた。ライブ楽しみだって言ってたな。そんな話の方が、今さっきの行為より全然いいやって思っちゃった自分が嫌になる。はぁ。最近ため息ばかり吐いてしまう。私は何をしているんだろう。私は、何をしてるんだろう。なんで二回も言っちゃったんだろ。まぁいいや。
その後から、彼は会う度に私を求めてくる。アイドルの話をしてるか、学校の話をしてるか、身体を求めてくるか、毎回、同じような流れで辟易しちゃう。彼は、私を見ていない気がする。彼は、恋人を見ている彼女という存在を見てる。アイドルの話が出来る、恋人を見てる。私の事なんて全然知らないんだろうな。
演技してる時の私は好き。彼といる時の私も、好きな方になるのかな。演技なんてする気ないんだけどね。いつの間にか、私じゃなくなってる。そんな自分が嫌だけど、演技してる自分は好きだから、好きってことなのかな。そんなことないけど。いいや。彼の事を考えても仕方ない。私は、演技に集中する。公演を成功させれればいいや。演技してる私は、好きだからさ。
でも、今回の役で、私は自分をさらけ出してるから、最後だけ上手くいかない。前を向いた彼女を演じられない。私は前を向けてないもん。憧れたあの子を、乗り越えて前を向けてないんだもん。どうしても、その前の演技と、そこの演技と、乖離してしまう。そこを指摘される。でも、どうしようもないじゃん。嫌だ嫌だ。彼といる時の私は一貫してるのにな。あ、また彼のこと考えた。
最近会ってない彼と、今日会ってみようかな。少しくらい、いいよね。求めてみても。私と向き合う為だから。勘違いしないよね。勘違いしないでね。
なんだかんだ、彼といるのは心地いい。にこにこして、話をうんうんって聞いてれば、勝手に話してくれる。アイドルの話ばっかりしてる。普段隠してるんだろうな。アイドルオタクみたいな見た目してないもんね。精一杯、背伸びしてるもんね。そういうところは、愛おしいけどね。私も精一杯背伸びしてたからさ。今は、つま先が疲れてやめちゃったけど。
「このライターさんなんだけどさ。すげぇ、Flower Wink!!のことばっかり書いてるんだけどさ。意外と人気で、元々作家とからしいんだけどさ。クリスマスのライブについて書いてんの。」
彼から、ライターなんて言葉が出てくるんだ。大人っぽいなんて、くだらないことを考えてた。視界に写るのは文字ばかりの記事。彼女の姿を見なくてよかった。そんなことで安心しちゃう自分が、また嫌いになる。
「アオちゃんのこともインタビューしてんの。これがまたよくてさ。アオちゃんの言葉がいいの。友だち大切にしてんだなぁって思うと、そんなとこ見せないから、ギャップ萌えって言うのかな。最高じゃん?」
「そうなんだ。」
彼女の友だち。彼女のことを全然知らない。あれ、私って彼女のこともっと知ろうとしてたのに。友だちとして仲良くなろうと思ってたはずなのに。いつから、変わっちゃったんだろ。私、アオちゃんの友だちなのかな。わかんなくなっちゃった。元友だち?正解がわかんない。もう、関係ないことだけどさ。
「この言葉!見て!これ、『友だちとの夢のため、私はアイドルをしてます。大切な友だちを待ってるんです。と照れながら語った。』なんかめっちゃエモくない?最高だよねー。照れながらってその顔みたいんだけど!ってなっちゃってさぁ!」
待ってる……?アイドルとして待ってる。彼の言葉はもう要らない。私の思考に戻っていいやつだ。いや、ダメでも戻っちゃうよ。過去の言葉が、私の頭に帰ってくる。おかえり、言葉達。私こんなこと言ってたな。いや、私のことを言ってるとは限らないんだけどね。いや、でもきっとこれ、私のことじゃん。私を待ってるんじゃん。喜びたいはずなのに、喜べない。私は待たれるような人間じゃないよ。私は、アオちゃんのただの友だちでしかないの。今は、友だち未満とも言えるんだけど。エモくない?なんて言葉で片付けないでよ。私とアオちゃんの思い出。嫌だ嫌だ。こんな感情思い出したくなかったな。遠ざけてる方が、楽なんだって気づいた。そうやって、私またずっと逃げてたんだな。懲りないよね。でも、また挑もうなんて、考えてるのかな。なんだかな。ほんと、ドロッドロに溶けた金属のように、流動的だね。まだ冷えて固まらないや。アオちゃんに会いたい。会ってみたい。向き合ってみたい。なんか、今はそんな気分。今ならいける。
気づいた時には、メッセージを送ってた。彼女の返信は、思ってたより早かった。それに、タイミングも完璧だった。私は、彼が身体を求めてきたタイミングで、ママから連絡来たから帰るねって、その場から逃げ去った。
ママって最強だよね。私の逃げ場。でも、逃げるだけ逃げさせてくれるんじゃなくて、ちゃんと道も示してくれる。ママにも会いたくなったけど、私はその前に勝負に行かなきゃ。握りしめた携帯の振動は、私が今から向かう場所を、指示した。
いつもアイドルの話をしていた場所、あの子との思い出の地、私が普通になってから、近寄らなかったその場所に、彼女は居た。あの頃と変わらない姿で、きっと少しは変わってるんだろうけどさ、そんな違い感じさせない。過去に呼び戻されてしまうよ。私の葛藤なんて、どっか飛んでっちゃった。何も変わらない。窓際で、外を眺めるあの子は、私を見つけると笑顔を浮かべ手を振る。かわいいな。かわいい子だなぁ。私なんて、比べものにならないや。悲しくなっちゃうね。あの子は特別だ。私にとって、特別な女の子だよ。
入口を開けると、過去に呼び戻された。あの頃の私。まだお酒も飲めなくて、何者にでもなれるつもりでいて、輝いてるアイドル達に憧れていたあの頃に、戻った。あの入口は、タイムスリップの道具だったんだ。ダメダメな少年の机の引き出しみたい。
「久しぶり!」
「久しぶりだね。アオちゃんのこと雑誌とかで見てたよ。」
彼から見せられた雑誌。私が自ら見たわけじゃない。でも、見てたのは本当だよ。嘘じゃない。
「見てくれてたんだ。ありがとう。私もまさか、こんな感じになるとは思ってなかった。アイドルするなんてね。」
アオちゃんもアイドルに憧れてはいた。だけど、アオちゃんは、私と共にするアイドルを願ってくれてた。それこそ、色んなアイドルグループを調べてはいたけれど、結局どこにも所属せず、私とアイドルをしようと言ってくれた。
二人で計画した、セルフアイドルグループも計画のまま終わってしまった。それでよかったのかもしれない。アオちゃんは今輝いているんだから。
「凄いなって見てたよ。いつの間にか、輝いてた。あの頃から、ずっと輝いていたけど、私はアオちゃんが一番のアイドルだと思ってたよ。」
「美穂ちゃんの方がアイドルだったと思うけどね。私にとっては、そうだった。今は何してるの?大学行ってるんだよね。」
「演劇は続けてるよ。普通の大学生って感じかな。」
私はここでも、へらへらとすることしか出来なかった。立ち向かうはずだったのにな。いつもの私になってる。私は私だから仕方ないけど。さっきは、あの頃に戻れたのに。
「凄いよね。一歩ずつ進んでる。私は、そうでもなかったよ。したいことをしてるけど、私は一人じゃ生きてくのも精一杯。」
そんなことないでしょ。私より、凄いじゃん。そんな言葉を飲み込む。そんなこと言ってもどうしようもないもんね。ここで痛い言葉を投げても意味なんてない。羨ましいなんて言っても、私が望まなかっただけなのに。でも、羨ましい。
「ここで、よくアイドルの話してたの覚えてる?」
忘れるわけないじゃん。忘れられるわけないよ。
「あの頃は、毎日楽しかった。そこから連絡取れなくなったけど、ずっと美穂ちゃんは何してるのかなって考えてた。ごめんね。私のせいで。」
何を言ってるの?私のせい?美穂ちゃん《わたし》のせい?アオちゃん《わたし》のせい?なんで、私が悪いのに、なんでそんなことを言うの。
「ずっと、また話したいなと思ってたから、今日連絡くれて嬉しかった。また話せるんだって、久しぶりにスキップしてしまった。スキップ出来ないんだけど。」
スキップできなかったね。なのにあんなに踊れるようになっちゃって。現実は残酷だね。私は、普通を生きてきた。アオちゃんは、特別を生きてきたんだね。私とは違う貴女が、輝いて見える。嫌いで嫌いで仕方ないのに、好きで好きで仕方ないよ。また会いたかったんだ。ずっと、貴女と向き合いたかったんだ。そんな想いが、私の心を渦巻いているのに、なんの言葉も出せない。貴女はそんなに、言葉を自由に扱うのに。貴女ばかり話してる。私は、相槌を打つことしか出来ない。辛い。なんで、逢いに来てしまったのしまったんだろう。あの時は、向き合えると思ったのにな。なんで。なんで。
「今どんな作品演じてるの?」
どんな作品か。私にピッタリの作品だよ。でもね。でも、私はあの子みたいに、前を向けないの。それが辛くて辛くて仕方ないの。色んな私を演じたくて、演劇を続けてきたのに、私は私を演じることが出来ない。前を向けないんだ。そうやって、貴女に弱音を吐きたいよ。昔なら言えたのかな。私は、貴女にそれを伝えられたのかな。貴女の言葉に溺れている私は、人魚だと思っていた、普通の人間なんだ。
「今はね……楽しい役だよ。」
いつものように、ヘラっと笑った。ヘラヘラしてやった。でも、私の口角が上がっただけで、目からは涙がこぼれた。私の目からは、勝手によく分からないものがこぼれおちた。私の心が落ちた。私は、ずっと目を逸らしていた。私から、私自身から。そんな事を、知らされなくてもわかっていた、そんなことを貴女の前で、アオちゃんの前で気付かされたよ。
「嘘。辛い役なんだ。これは私なの。私自身のことなの。前を向いて歩いてるはずだった、たらればの私なの。私前を向けてないんだ。ずっとずっと、アオちゃんを、
「美穂ちゃんは、綺麗だね。」
「綺麗……?」
私が綺麗なんてそんなことない。私は醜いよ。私は、どんな独裁者より醜い。独裁者は美しいもんね。それと比べてはいけないか。私は、この世界の裏側より醜いんだよ。私はそれが許せない。それを知りたくなかったんだ。私は、誰より清廉な、偶像でいたかった。アオちゃんのように偶像になりたかったんだよ。
「私ね。美穂ちゃんが羨ましかった。女の子だなって思ってた。美穂ちゃんを女だなんて呼ぶのは、許せない。女の子なの。それが好きなの。だから、美穂ちゃんが呼んでくれてた、アオちゃんって呼び名、そのままをアイドルの名前にした。また、いつか美穂ちゃんと一緒にステージに立てる時、アオちゃんって呼ばれるように。」
なんで、貴女は私を待ってくれるんだろう。私が手を離したのに、なんで私を。
「私が、アオちゃんから離れたんだよ……?」
「手を離してしまったのは、私だよ。美穂ちゃんなら、戻ってくると思ったから、手を離してしまった。それは私の決断。だから、どちらかが悪いなんてない。私達が手を離したの。でも、手はいつでも握り返せる。」
貴女の言葉は、どうしようもなく私の心を揺さぶってしまう。あの時、私が貴女に惹かれてダイレクトメッセージを送った時のように。いつも、私は貴女に引っ張られる。
「私は、清廉なアイドルじゃなくなったよ。」
「アイドルなんて、結局は人だよ。キリストも人だったんだから、偶像も人でしかない。」
そんな言葉を私に向けて発しながら笑う彼女は、アイドル、東雲アオではなく、あの頃私と話していた、東条蒼だった。変わってしまった私と、変わらぬ心を持つ貴女。もしかしたら、変わったと思っているのは、私だけなのかもしれない。何も変わらず、その場にいる二人なのだろうか。ここであの頃から働く、マスターには私達は、あの頃と変わらぬ姿に映っているのかもしれない。私は、何を恐れていたんだろう。また、手を離すこと?逃げてしまうこと?それとも、夢を叶えられないこと?それとも、アオちゃんからだろうか。
私は、進めるのだろうか。進んでいいのだろうか。いいんだよね。きっと、アオちゃんは認めてくれるんだろうな。笑って許してくれるんだろうな。それに甘えていいかな。甘えながらも、それに縋って、アイドルになってもいいのかな。道は違えど、私とアオちゃんのアイドル生活を夢見ていいのかな。
「ずっと、この話をするか悩んでたんだ。でも、美穂ちゃんとアイドルをやりたい。ずっと待ってたから。FlowerWink!!の新規オーディションが来月にあるんだ。」
その日は、舞台の本番から、三日後だ。予定もなく参加出来る。
「連絡が来た時点で勝手に申し込んでる。入れてくださいって言った。私はずっと待ってる。でも、最後のチャンスだと思う。これから、新規メンバー募集しないと思うから。」
「わかったよ。少しだけ考えさせて。いや、気持ちを整理させて。私も、またアオちゃんの隣に立ちたい。だから、私はこの舞台を終わらせなきゃいけない。」
持ち歩いていた、私の舞台のパンフレット。題名は、『偶像』それを、完成させなければならない。私の偶像は、私自身になっていなければいけないから。そうだと思うんだ。
「見に行ってもいい?」
「見に来て欲しい。」
「うふふ。美穂ちゃんの演技みれるの楽しみ。」
「いい演技出来るかな。ちょっと不安なの。」
「出来るよ。美穂ちゃんなら出来る。だって、スキップ出来ない私が、アイドル出来てるんだもん。」
うふふ、とアオちゃんは笑う。あの頃と変わらない笑み。私が遠ざけていたものは、ただの女の子だった。私が勝手に描いた偶像だった。何も変わらない女の子じゃん。普通の女の子を選んだ私、普通になれないと悩んでた彼女。何も変わらないただの二人の女の子。怖がる必要なんてなかったんだね。私、臆病なだけだったんだ。
アオちゃんに演技見てもらうのが、楽しみになったな。私、わかっちゃった。何も変わってないんだ。私達は、何も変わらないんだ。
私は、人が変わったようだと言われた。
性格が変わったわけじゃない。へらへらしないわけでもない。ただ演技が変わった。変わった理由なんて分かりきってるよね。アオちゃんと会えたから。話せたから、また仲良しになれたから。そして、私と、この女の子は、違うんだってわかったから。私の全てをさらけだして、それでも、違う女の子を演じるんだ。今の私なら、なんだって演じれちゃうよ。どう?私を見て。私は、普通の女の子。
普通って退屈だよね。そんなふうに思ってたけどさ、意外と楽しい。どんな色にでも染る白みたいなもんだもんね。私は、どんなふうにでも輝けちゃうな。前までの私とは、全くの別人みたい。あんなに卑屈だったのに、こんなに変わっちゃうんてね。何も変わらないんだって思ったら、心が変わった。変わって、私は前に進み出した。矛盾して、矛盾して、私は前に進むよ。私にとっての、輝かしい女の子。
舞台の本番が迫る。私は彼氏と別れた。別れを切り出せるくらいには、強くなったし、時間も過ぎた。もう本番の朝になっちゃった。アオちゃんが見に来てくれる。それだけでも、心がドキドキしてしまうのに、私のコンディションまで最高なんだから、もう言うこともないね。私の芸名も決まったことだし、全てが完璧かもしれないや。どうしよう、こんなに浮き足立っていたら、変なミスをしてしまうかもしれない。人の字を飲まなきゃ。そんなことしても、気休めにすらならないのに、何度も人を食べた。人を食べるなんて、カニバリズムみたい。余計なことばっかり考えてるからか、少しずつ落ち着いて、私があの子と同化していく。心臓だけが、うるさくなっている。心臓だけ心臓だけ。私の思考だけは、ゆったりと海の中に沈んでいる。
幕が上がる。私の20年を賭けた舞台。それは大袈裟だけどね。私の全てをここに置いてくる。そして、私はアイドルになるよ。アオちゃん、私は貴女のアイドルになってるのかな。私は、貴女が好きな私でいれてるかな。
演技をしながら、客席が見える。端の席にいる彼女。真剣な顔をして、私を見つめる、舞台の上を見つめる。ちゃんと来てくれてたんだ。私の心は、更に輝いていく。私は普通の女の子だから、主役よりは輝かないかもしれない。でも、貴女には私が一番に見えるように、私の心が伝わるように、貴女の愛を私の輝きに変えて、私は演技する。この劇そのものになる。アイドルに憧れた女の子、私みたいだね。現実に打ちひしがれた女の子、私みたいだよね。そして、憧れたアイドルを見て、立ち直る女の子、私なんだよ。私の物語が終わってしまう。このあとも続いていくはずだけど、私の物語が終わってしまう。寂しい。寂しい。まだ私は、この子と一緒にいたい。でも、物語は物語の外で続いていくんだよね。私は、この子を背負って前に進んでいくんだ。さぁ、私はどう輝いてやろうか。この先、この物語の続きの私は、どう輝いていこうかな。普通の女の子、何度でも言うよ。普通の女の子が、輝いていくそんな姿を、私は皆に見せる。アオちゃんに見せる。私は、アイドルに憧れる普通の女の子だから。
幕がおり、皆揃って観客へ挨拶をする。私の目線は、アオちゃんに向けられる。アオちゃんが泣きながら拍手してるや。かわいいなぁ。やっぱり、アオちゃんはかわいい。ありがとうね。今日、楽しめたのはアオちゃんのおかげだ。この後、ご飯でも食べに行って話したいな。でも、それはまた今度だね。私が、貴女の隣に立てたら、またご飯食べに行こうね。そんな言わなきゃ伝わらない想いを、向けてみていたら、頷いたから、驚いちゃった。伝わったのかな。そんなわけないけど、伝わったんだろうな。うふふって、アオちゃんみたいに笑っちゃう。
アオちゃんと、次に会ったのはオーディションの日だった。オーディション会場に着いてドキドキしてたら、アオちゃんがこっそり近付いて、こっそり話しかけてきた。友だちなんて出来るわけないけど、特に何も出来ずにお菓子をボリボリ食べてたら、急に話しかけられたから、驚いてお菓子を落としそうになる。
「美穂ちゃん、やっとオーディションだね。」
「アオちゃん!そうだね。緊張する。」
「そういえば、この前の劇よかった。思わず泣いちゃったよ。私の中で美穂ちゃんはいつまでもアイドルだった。」
そんなこと言われたら、泣いちゃいそうになるよ。この後オーディションなのにさ。私にとってのアオちゃんは、憧れの人だった。私にないところを持ってる私と違う世界の人だと思ってた時もある。そんな人からさ、そんなこと言われたら、私喜んで泣いちゃうよ。でも、それはオーディションが終わってからにする。
「オーディション終わったら、ご飯食べに行って劇の感想聞かせてね。普通の女の子が輝くとこ、見せてくるから。」
「終わったら連絡してね。」
うふふって、彼女は笑う。そして、手を振りながら外に出ていった。
私、もう芸名決めてるんだ。アオちゃんには内緒だけどって言ってもこの前の劇から使ってるから、バレちゃってるかな。一文字貰っちゃった。私の背中を押してくれたのは、アオちゃんだからさ。私が輝けるのはその愛のおかげだからさ。
順番に、呼ばれていた応募者の皆。順々に人は少なくなっていく。そして、私の名前が呼ばれる。
さぁ、普通の女の子が、アイドルになる瞬間を見て。ここに居るのは、面接してくれる人だけだけどね。
私は、普通の女の子かもしれない。いや、多分そうなんだ。でも、ここからの私は、アオちゃんに誇れるアイドルの私になるんだ。私は、
憧憬は、偶像を産む。偶像は、誰でもなれる。私は愛されていたから輝ける。私の憧憬は、私を偶像にしていく。
普通っていいね。普通って輝いてるね。私は、普通の女の子な私を好きになれた。
「佐々木 美穂です。よろしくお願いします!」
今、あの物語の続きを物語の外で続けよう。
憧憬 髙木 春楡 @Tharunire
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