第8話「迷子の白い子・漆」

 天海を見つけ、約束を取り付けた祐天は、晴明に携帯電話で連絡を入れた。

しゃがみ込んでぶつぶつと呟きながら携帯を操作して通話を開始した。


「晴明、天海を見つけた。良い人だったぞ。お話しして、手伝いも良いと言って貰った。代わりに終わったら天海の頼みを聞くと約束したから、後で言う。もう神具を渡してお前の所まで一緒に行っても良いか?」

祐天が電話の向こうの晴明に尋ねると、ぜいぜいと息を切らせた晴明の唸り声が聞こえてきた。


「何やら一生懸命だな晴明。直ぐに手伝いに行くから待っ…」

祐天が言い終わる前に、さっさと来やがれ馬鹿ガキと叫び、通話は終了した。


「祐天、お前さあ、その電話の相手に虐められたりしてないのか?ブチギレてたろ。大丈夫か?」

電話の向こうからの晴明の怒声が天海にも聞こえたらしい。

天海は祐天の隣まで浮き歩き、手を伸ばした。互いに死人であるので触れ合うことは出来る。天海は祐天の頭をぐいぐい撫でた。

「何かされてんなら、会った時、俺が代わりに言うから」

そのまま祐天の白と灰色の髪を緩く掴んで視線を合わせ、じっと見た。


「晴明は見た目と喋り方が鬼みたいに怖くて、すぐに怒るし怒鳴るし、壁とか蹴り壊すけど、とても良いやつだぞ」

祐天は天海の眼を見て笑顔でそう言い放った。

「待て、全部駄目な方向だろうが。会ったら絶対物申してやる」

天海が今度は両手で祐天の頭を撫で回した。

「……天海と晴明は仲良しになれそうだな。どっちも優しい」

髪を撫で回されながら祐天が笑う。


「お前……俺の弟みたいなこと言うなあ、損ばっかしてるだろ?」

天海はため息を吐くと、祐天の髪から手を離し、眼鏡を外すとバーカーの袖でレンズを拭いた。


晴明の居場所は神具を出せば追える。

問題は天海を地面に降りれるようにしなければならないことだ。

「じゃあ、天海、まずは、お前が空から下へ降りれるようにする。そうすれば広く移動できる様になる。神様から「天海の神具」を借りて渡すから受け取ってくれ」

「……は?神様から何で俺に?」

天海が訝しげな視線を祐天へ向けた。

「天海は俺と晴明と同じ仕事をする権限がある死人だからだ。確か適正者がジュウオクブンノイチしか居ないとか聞いたな。だから特別なんだ。凄いな、天海」


「いや、その前に祐天がすごいんじゃねえの?その、なんだっけ「ハレアキ」さんもそうだけど」

天海が眼鏡を掛け直し、少々呆れた様に告げる。

死者でもそんな選ばれた特権を持つ者っているのか、と不思議そうに首を捻る。


「うーん。俺はなあ。適性があるにはあるけど、あまり役に立ってないからなあ。自分で判断する時に、メチャクチャ迷うから。お話しも下手だし……晴明は凄いぞ。直ぐに判断して、教えてくれるんだ」

祐天の言葉からは「ハレアキ」に対しての信頼が伺えた。

天海が危惧する様な、「虐め」だとか「嫌がらせ」だとか「理不尽な暴言、暴力」は全く無いように感じられた。


天海は「虐め、嫌がらせ、揶揄い、仲間外れ、無視」の類に多大な嫌悪感を持っていた。きっと弟に関することでそうなのだとは思うが、細かい記憶が繋がらない状態だった。


祐天は立ち上がると自らの眼前に右手をかざした。

「……えーと、借り受けで、本人に渡すから、急がない祝詞を使う。うん、よし、まず俺の神具から出す、」

天海は祐天の隣で身を屈め、突き出された右手を見つめた。


「追儺の神具乞い願う、其の名「死返法会まかるかほうえ」也」


突然出てきた桐箱に天海が仰け反った。

「う、あ、……何だそれ!」


祐天は中の槍を取り出すと天海に見せた。

「神様の槍だよ。これはな、悪い奴しか刺さらないんだ」

だから天海には刺さらないよ、そう言って笑うと、足元の樹に槍の先を押し付けた。


「十三王神へ願う、適合者確保。神具借用を乞う」

「令名「テンカイ」」


槍を中心に真っ赤な術陣が浮き出て光る。

その円状の光の中に黒い鎖が浮き出、真っ赤な術陣を覆った。

蛇の様に真っ赤な光の円上を揺らめく漆黒の鎖。

四角い輪の部分は指先で掴める程度の小ささだ。


「これが天海の神具だ、完全に使うことはまだ出来無いと、思う。今は仮で借りているだけの状態だから。けど、これを持ってたら、俺とおんなじに地面に降りて移動が出来る」

「………」

天海は目の前で起こった出来事を脳内で上手く処理出来ないで居た。

祐天は何でも無いような素振りだが、天海にとっては魔法使いか術使いを見た様なものなのだ。

死んでいるのでどう表現するのが正しいのかは不明ではあるが、生きている人間にできることでは無いのでは?と思った。


「名前はな、……ええと、左手に持つのが「忌色いしき」、右手に持つのが「壊色えしき」というんだそうだ。本当はもっと長くて大きくて太い鎖なんだって、今はまだこれくらいしか天海には使えないみたいだ」


ざりざりと音と共に二対の鎖が槍を昇り、祐天の身体へ巻き付いた。

「うん、ちゃんと動いてるな。天海とお友達になって貰いたいんだがな」

祐天は抵抗する事も無く、そのまま鎖の好きにさせていた。

長さは祐天の身体を易々と巻き付ける程度、二百センチは超えているだろう。

天海は鎖が祐天の首元のストールに届く前に反射的に捕まえた。

二対の鎖を片手の平で握りしめる。


「首に巻きつくのは駄目だろう?祐天が痛い思いをしたらどうする?」

冷えた天海の声音に鎖は祐天から直ぐさま離れ、天海に持ち上げられたままゆらゆら揺れた。


悪意は無かったようだ、そう感じたことに天海自身が驚いた。

しかし確かに自分は、掴んだ「鎖」が「物」ではなく「者」の様に思えたのだ。

そして、自分のを聞いている。

天海本人も鎖のを多分だが、聞いている。

祐天は「天海の」と言った。

意思疎通が出来た様に感じるのは、この鎖が天海専用のものであるからなのかも知れない。


「……何となく仲良くなれそうな気は…した」

会話が、できた様な気が、と、天海がポツリと呟いた。

そしてパーカーの袖を捲って右手首を出した。すると、鎖がひとつ巻き付いた。こちらが「壊色」だ。次に左手首を同じ様に出す。また、そろりと鎖が巻き付いた。こちらは「忌色」。


鎖はほんの少しの重みがある程度で、腕時計よりも軽かった。

「そうか、良かった」

祐天は槍を肩に担いで笑った。


そして二人同時に地面を目指して飛び降りた。


◇続

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